第42話
阿久里さんとあたしは、これまで直接言葉を交わしたことも、こうして向き合ったこともない。彼女とこんなふうに顔を突き合わせて関わりを持つのは、これが初めてのことだ。
それは、紬にとっても同じことで。
その紬に腕を掴まれ、あたし達に囲まれるような形になった阿久里さんは、清楚な面差しをわずかに強張らせながら、助けを求めるような視線をあたしの後ろの蓮人くんへと向けた。
「蓮人くん、これ、どういう状況……!? この人達、突然何なの……!?」
「阿久里さん……その、オレもまだちょっと混乱していて、頭が追いついていない状況なんだけど―――」
困惑の残る表情でそう言いながら一度口を結んだ蓮人くんは、ひと呼吸置いてから、意を決したように阿久里さんに尋ねた。
「もし違っていたらごめん。小柴くんにオレが岩本さんのことを迷惑に思っているっていう話を阿久里さんがしたっていうのは、本当?」
すると阿久里さんは驚いたように、綺麗な目をいっぱいに見開いて、ふるふるとかぶりを振りながらそれを否定した。
「ええっ……!? 待ってよ、どうしてあたしがそんな―――」
「―――はぁ!? てめぇマジふざけんな!」
その様子を見た小柴が大声で詰め寄ると、阿久里さんは小さく悲鳴を上げて、紬に掴まれていない方の手で自分の頭をかばうようにしながら
「バカ、やめなって小柴」
紬が制止し、いきり立つ小柴を友人達が押しとどめる。
「だってコイツ、あんな意味深なこと言ってオレのこと煽りやがったクセに!」
「はぁ!? 知らないわよ! あんたとなんか話したことないし……! 変な言いがかりつけないで!」
紬に掴まれていた腕を振り払いながら叫ぶ阿久里さんに、顔を真っ赤にした小柴が怒鳴り返す。
「ああ!? お前の方からオレに話しかけてきたんだろうが! 喜多川が岩本に付きまとわれてて迷惑してるって! それを本人に言えなくて困ってるんだって!」
「さっきから何なの……!? だいたい、例えもしそうだったとしても、何であたしがあんたにそんなこと……! 何か勘違いしてんじゃないの?」
「はぁ!?」
「蓮人くんは自分が迷惑して困っているからって、そんなことを人に言いふらしたりするような人じゃないし、ましてやあたしが何の接点もないあんたに、どうしてそんなことを話す流れになるのよ!?」
阿久里さんは怒りと困惑を顔に刻みながら、ちょいちょい蓮人くんがあたしに迷惑している説を匂わせてくる。
その様子にあたしと紬は確信した。
―――やっぱコレ、絶対コイツじゃん!
「おっま……!」
怒りで肩をわななかせる小柴を見やった阿久里さんは、不意に何かを察したような顔になった。
「―――ふーん……あー……、何か分かったかも」
「……!?」
「あんた、あれでしょ。多分あたしが友達に話しているの、盗み聞きしてたんでしょ」
「……は!?」
愕然と目を見開く小柴に向ける強気な態度とは裏腹に、阿久里さんはきゅるんとしたあざとい表情を作り出すと、潤んだ瞳を蓮人くんへと向けた。
「ごめんね、蓮人くん。あたし、分かっちゃったかも」
「阿久里さん……!?」
「蓮人くんと岩本さんが急に親しくなった頃、蓮人くんがちょっとお疲れモードになっていた時があったよね? あの時心配して声をかけたあたしに、蓮人くん言ってたよね。『ちょっと人の相談に乗っていて、その件で色々考えることがあって、少し寝不足になってるだけだから気にしないで』って」
「それは……」
それ自体は本当のことだったんだろう、何か言いかけた蓮人くんは、その先の言葉を詰まらせた。
あたし達が親しくなった当初のことだというなら、それはあたしがノラオに取り憑かれたばかりで、ひどく混乱していた時期。
きっと蓮人くんに、たくさんの迷惑と負担をかけてしまっていた時期。
「蓮人くんは誰の相談に乗っているとは言わなかったけど、あたしは多分岩本さんのことなんだろうなって思いながら聞いていた。蓮人くんが『それが解決するまでのことだし、心配しないで』って言ってたから、これはその相談が解決するまでの間だけなんだなって、これからも続くわけじゃないんだなって思ったし、それなら二人が急に一緒にいるようになった理由も理解出来るなって、そう思ったから。そっかー、期間限定の関係なんだなって」
―――期間限定の関係。
「なのに、それから結構経っているのに未だに二人の関係は続いているし、むしろ、岩本さんがより蓮人くんに距離を詰めてきた感じになってるっていうか、気が付いたら呼び方も名前呼びに変わっているし、蓮人くんは一貫して岩本さんを名字で呼んでいるのに、そこの空気が読めないのかな、距離感近くて迷惑かけてるって気付かないのかな、蓮人くんはそれでしんどくないのかな、って心配になっちゃって―――それをこの間、友達にポロッと漏らしちゃったんだよね。それを多分、その人はどこかで聞いていたんじゃないかなぁって思うんだけど」
「―――んだとぉ!?」
「それは、阿久里さんが間違ってるよ!」
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