第41話

 ―――あたしが、小柴にちゃんと向き合わずに放置してしまっていたから。それが今回の根本の原因だ。


 だから、ちゃんと話さなくちゃ。


 向き合って、伝えなくちゃ。


「……蓮人くんとはそれまで単純に接点がなかったから話したことがなかっただけで、別にタイプが違うからとか、そういう理由で距離を置いていたわけじゃないんだよ。ただ単純に、きっかけがなかっただけ。ひとつきっかけが出来て話してみたら、スゴく気が合って、そこから自然と仲良くなれたんだ。フィーリングっていうのかな、それが合ったんだと思う。一緒にいて自然体でいられるし、何をしてても楽しいなって、そう思えるんだ。だから一緒にいるんだよ。

でも蓮人くんとあたしは違う人間だし、何もかもが同じ基準ってわけじゃないから、そこはそれぞれ尊重し合っているっいうか―――名前呼びがまさにそれかな。あたしは仲良くなったら名前で呼びたい派だし、蓮人くんもいいよって言ってくれたからその瞬間から名前呼びにしたんだけど、蓮人くんはそういうのにちょっと抵抗があって慣れるまで時間がかかるっていうから、じゃあ蓮人くんのタイミングで、あたしの呼び方を変えてもいいなって思えた時に、そうしてもらえたらいいよって伝えてあるんだよね。そういうのは、別に無理して合わせることじゃないと思うから」


 だから小柴のことを「小柴」って呼んでいるのは、彼に対するあたしの距離感そのままなんだ。


 親しく話せるクラスメイトだけど、それ以上でも以下でもない。


 それが、小柴に対するあたしの気持ち。


 伝わるかな。分かってもらえるかな。


 別に嫌っているわけじゃない。クラスメイトとして仲良くやっていけたらいいなって、ただただそう思っているんだってこと―――。


「―――小柴さぁ、そんなに色々抱え込んでいたんなら、さっさとあたしにあの時のこと謝って、直接聞いてくれたらよかったのに。こんなことしているの、らしくないよ。小柴はさ、そうやって難しい顔して押し黙ってるんじゃなくて、能天気に明るく笑ってクラスを盛り上げてくれてるのが、らしくていいところなんだからさ」


 目元を赤らめたまま黙ってあたしを見つめている小柴に冗談めかしてそう言うと、とっさに言葉の出ない彼の代わりに、左右に立つ彼の友人達が無言でその肩や腰を叩いて、後押しをしている様子が見て取れた。


 ―――ちゃんといい友達がいるんじゃんね、小柴。


 何度か口を開きかけて、その度に声が出ないのか、口を開いたり閉じたりしていた小柴は、しばらく間を置いてから、少し震える声でこう言った。


「……。そっか……。バカだな、オレ―――我ながら痛ぇわ……。何であんな話、真に受けて―――。ごめん岩本、色々……この間のことも―――」


 最後の方は消え入るような声量であたしに謝罪を伝えた小柴は、ためらいがちに蓮人くんの方へも視線を向けると、気まずそうにすぐに視線を逸らしながら、言いにくそうに、でもキチンと頭を下げて謝罪した。


「喜多川も……悪かった……。変な言いがかり付けて、呼び出したりして……」

「うん。分かってくれたならいいよ」


 気を取り直したように蓮人くんが頷いて、ちょっと表情を和らげた小柴に、彼の友人が左右からツッコんだ。


「何だ、結局全部お前の勘違いってコトかよ」

「ダッセ。オレらまで巻き込んで何やってんだよー」


 あえての軽い口調でこれ見よがしに溜め息をついてみせる彼らに、小柴はばつが悪そうな顔でがなり立てた。


「―――悪い、オレが悪かったよ! 今度何かオゴっから!」

「じゃあオレ、特上牛丼大盛な!」

「オレはそれにトッピング付きでー」

「うぐ……まぁしょうがねぇ……」


 ちゃっかり小柴からお詫びを取り付けた彼らは、それから申し訳なさそうな視線をあたし達へ向けて謝ってくれた。


「つーわけで、何かごめんなー、喜多川、岩本。牧瀬にも迷惑かけちまったな」

「ホント、全部小柴こいつのせいだから。悪かったなぁ」


 そんな彼らに、紬が苦笑混じりにこう返した。


「最初は何やってんのってあせったけど、まぁ誤解が解けて良かったわ。結果的にあんたらが小柴についててくれたおかげで、下手なことにならずに済んだし―――ま、寛大な喜多川と陽葵ひまに感謝しなよー」

「うーい」

「おー」


 緊張感が和らいだそんな空気の中、あたしは蓮人くんに駆け寄って声をかけた。


「ごめんね蓮人くん、何か変なことに巻き込んじゃって」

「岩本さんのせいじゃ―――……。あの、さっきの小柴くんの話、本当なのかな。阿久里さんが……」


 伏し目がちにそう言いながら、彼は言葉を濁らせた。


 阿久里さんの気持ちを知らない蓮人くんからしたら、彼女がそんな行動に出た理由が分からなくて、どうにも腑に落ちないんだろう。


 その時だった。


「! やっぱりいた!」


 辺りに視線を配っていた紬が鋭く叫んで、駆け出した。反射的に彼女が向かった先へ視線をやったあたしは、校舎の陰から立ち去ろうとしている阿久里さんらしき後ろ姿を視界に捉えて、慌ててその後を追いかけた。


 体育が得意な俊足の紬は、みるみるその人物の背中に迫っていく。追いかけた先でしっかりとその人物の腕を掴んだ彼女は、驚いて振り返った相手をこう一喝した。


「逃げんなよ!」

「―――!?」


 長い黒髪がひるがえり、振り返りざま紬を映し出したその双眸が、あせりと敵意に彩られる。


「―――痛っ……急に何!? 離してよ!」

「とぼけんな! 絶対近くで隠れて見てると思った!」

「は……!? 急に何なの!?」


 ―――やっぱり阿久里さん!


 追いついてその顔を確認したあたしは肩で息をつきながら、紬と対峙する彼女の前に足を進めた。


 そのあたしの後ろから蓮人くんや小柴達も駆け付けてきて、それに気付いた阿久里さんが、清楚な面差しをわずかに強張らせるのが分かった。

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