第15話

 ―――ウソッ……何でこんな簡単に!?


 愕然とするあたしの前で、不機嫌さ全開のノラオががなった。


「あーもう、人が意識を再構築してんのに、キュンキュンキュンキュンうるっせぇ! おちおち寝てらんねぇっつーの!」


 あまりにも唐突なノラオの登場の仕方に、喜多川くんが驚きの声を上げる。


「ノラオ……? 何の準備モーションもなく出てこれるようになったのか?」

「何だよ、お前までノラオって言うのかよ……」


 肩甲骨の辺りまであるあたしの栗色の髪を乱暴にかき上げながら、恨みがましげな視線を向けてくるノラオに、喜多川くんはひと呼吸置いて冷静に答えた。


「仮の呼称だよ、君が自分の名前を思い出せるまでの。……意識を再構築したと言っていたけれど、その辺りは思い出せたの?」


 そう問われたノラオはちょっと眉根を寄せた。


「んー……そこまでは。でもおいおい思い出せそうな気はするな。何つーか、この身体にも馴染んできた感あるし……てか、コイツ汗ばんでてあっちぃ!」


 無雑作にうなじの辺りに手を入れて、乱暴に髪をバサバサやるノラオにあたしは悲鳴を上げた。


 ぎゃー、汗ばんでるとか言わないで! てか、髪ボサボサになるからやめてよ! ゆるふわが台無し!!


「うっせえなぁ……」

「エージさんのことは? 苗字とか、何か新しく思い出せたことはある?」


 そう尋ねる喜多川くんにノラオはずいっと顔を近付けると、その整った顔立ちをマジマジと見つめながらこう言った。


「んー……お前、本当にエージじゃないんだよなぁ。よくよく見ると、エージに比べて幼いもんなぁ。目鼻立ちとか、スゲー似てるんだけどなぁ」


 ちょ、近い近い! 近いって! ノラオ!


 あたしの制止ガン無視のノラオは喜多川くんの眼鏡に手を伸ばすと、それをスッと外してしまった。


 知的な爽やかイケメンが現れて、あたしは思わずその顔面に見入ってしまう。


 うわー、やっぱりカッコいい! って見とれてるじゃなかった。ノラオ、やめなよ!


「……やっぱ違うんだな」


 喜多川くんの素顔を改めて確認したノラオは、少し悲しそうな声でそう呟くと、それを確かめるように喜多川くんの頬に指先で触れて、ゆっくりと撫でた。


 きゃあぁぁぁ! 待って! 待って! それ、あたしの指だから!


 勝手なことしないでぇぇぇ!


「うん―――似ているけど……違う」


 自分を納得させるようにもう一度呟いたノラオは、静かに喜多川くんから手を離した。


「……君とエージさんは、どういう関係だったの?」


 ためらいがちに尋ねる喜多川くんに、ノラオはぶっきらぼうにこう返した。


「友達。学生時代の」


 ! そこは思い出せたんだ!?


「その学生時代っていうのは……高校? それとも……」

「大学……だと思う、多分。エージの制服姿って、記憶にないし」


 大学!


「どこの大学かは……」

「分かんね。ボンヤリしてて」


 そっかぁ……。


「他に思い出せたことは?」

「さーな。ところどころ点はあるけど線で結ばれてねー感じっていうの? それよか……おい、お前レントっていったっけ?」

「あ、ああ。そうだ。蓮人」

「レント、オレ行きたいところがあるんだよ。ちょっとそこまで付き合ってくんね?」

「オレが連れて行けるようなところであれば構わないけど……どこに?」


 戸惑い気味の喜多川くんにノラオはニカッと笑ってこう言った。


「本屋! なるべくでっかいとこ!」


 ―――本屋!?

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