109、幻想種の王

『生命再構築』

 黒い影のまゆから声が聞こえてきた。その声にはじかれるように、俺は後退する。

 黒い影の繭が罅割ひびわれ、少しずつはがれてゆく。ぼろぼろと、まさしく卵のからが割れていくかのように。黒い影の繭ががれ落ちてゆく。そして、その中からアインだった者が現れた。

 そう、アインだった者が。

「……まさしく、異形いぎょうだな」

「これが俺の本気ほんきモードという奴だ、遠藤えんどうクロノ」

 それは、全体的に見れば直立二足歩行の半人半竜とでもぶべき姿だった。

 首から下はまるで全身鎧ぜんしんよろいのように白い竜のうろこに覆われ、巨大な竜の翼と竜の尾をそれぞれ生やしている。頭部こそ人間ヒトのそれに近いが、頭髪は白く色が抜け落ち、後頭部からは黒の短い双角そうかくが生えている。

 異形の進化をたした竜王ゲオルギウスよりも、より異形いぎょうの姿だった。その全身からはゲオルギウスがもちいていたエネルギーより尚、正体不明かつ理解不能なエネルギーをまとっている。

 そのエネルギーが周囲の空間をゆがめてしまう程に強く、そしてほのかに金色こんじきの燐光を放っているのが分かる。その姿は、まさしく神々こうごうしい。

 文字通り、それは生命いのちを再構築する力だったのだろう。おそるべき変容だ。

 その威容に、身動みうごき一つ出来ない。そんな俺の姿すがたを見て、アインは口の端を大きく吊り上げた。人差し指をくいっと軽い動作どうさで動かす。

 その瞬間、

「っ‼」

 俺は、咄嗟に全力での跳躍ちょうやくをして横に回避する。その瞬間、根源こんげんの空間が真っ二つにけた。

 それは、恐らく空間次元を概念がいねんごと切断する技なのだろう。それも、この根源の空間を切断してしまう程の強力な威力。

 恐らくは、アインの動作どうさそのものが純粋な概念を伴って全てに優先ゆうせんされるような力なのだろう。もはやこれは、アインにとって特殊とくしゅな力でもなんでもない。これは云わばアインにとっての通常攻撃だ。

 恐らく、制御せいぎょしなければ軽い視線しせんだけで人を殺害出来るだろう。それ程までに圧倒的なかくの違いがあった。今の俺でも、恐らくは勝てる見込みがほぼ零に近しいだろう圧倒的な力の差だ。

 だが、それでも……

「やはり、素晴すばらしいな。お前はこの圧倒的な力のを見せつけても何一つ諦めはしないのか……」

「それが、俺だからな……」

 そう、それが俺だ。俺は絶対に諦めない。何もすくえず、全てを諦めてしまうなんて事は絶対にしない。俺は俺だ、絶対に途中でげ出したりはしない。

 それに、俺にはみんなが居る。ずっと傍に居てくれる仲間なかまが居る。なら、きっと俺は孤独なんかでは断じてない。

 それに、絶対に勝てない訳でもない。

 そう信じて、俺は口の端を僅かに歪めて笑う。そして、一気にけ出した。

 ・・・ ・・・ ・・・

 さて、此処で一つ補足ほそくを入れよう。

 遠藤クロノの異能は反エントロピーの完全制御による時間の遡行そこうだった筈だ。しかし現在の遠藤クロノは明らかにべつの異能を行使している。それも、並外なみはずれた強力無比な異能の行使を。

 その正体しょうたいは、遠藤クロノに内在ないざいしていた潜性遺伝子にある。

 遠藤クロノには、生来潜性遺伝子を有していた。その潜性遺伝子が作用した結果として、遠藤クロノに反エントロピーの生成と完全制御という強力な異能が宿ったのだろう。

 だが、事はそれだけではない。

 そもそも、反エントロピーの生成と制御の能力が潜性遺伝子由来の異能ちからだとしたら遠藤クロノの本来発現していたであろう異能は何だったのか?という話につながってくるだろう。

 つまり、今まで遠藤クロノは架空塩基由来の異能がまだ未覚醒みかくせいだったのだ。そしてその覚醒した異能こそ、今回行使していた異能だ。

 遠藤クロノは、その異能を仲間とのきずなの証だと言った。つまり、その異能こそが今回の戦いの勝敗を分ける分岐路ぶんきろとなるだろう……

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