88、無価値の魔物

 光が一気に炸裂さくれつし、燐光りんこうのように散ってゆく。それはまるで幻想的で、とても美しかった。そして、その中を俺はユキを横抱よこだきに抱えていた。

「ちょ!何で私、クロノ君にお姫様抱っこされているの!?」

「まあ、其処そこは気にするな。一種のノリというやつだ」

「何でっ!?」

 現在、俺はユキを文字通りお姫様抱っこしている。うん、まあずかしいといえば恥ずかしいけど。此処ここはもうこのままき進むとしよう。

 けど、直後俺達の頭の中に直接響くように笑い声がこえた。

『あはははははは!お前達も中々やるな!随分ずいぶんと見せつけてくれるではないか‼』

 ああ、そう言えばガイアも居たんだったっけ?うん、急に恥ずかしさが爆増ばくぞうしてきたような気がした。

 ユキも同じらしい。顔を真っにしてあうあうとうめいている。

 そっと、ユキを下ろす。そんな中、いの一番にオロチがユキのそばへ寄る。続いて他の王達も……

「母よ、我らが女王あるじよ、よくぞご無事ぶじで……」

「オロチ、今までごめんなさい。ありがとう」

「っ、いえ……」

 ユキの言葉に、オロチを含めて王達は全員涙をながした。そうだ、王達は全員、この時を待っていたんだ。ずっとずっと、王達はこうやってユキがすくわれる日を待ち望んでいたんだ。

 きっと、本当はそれだけでかった筈なんだ。ユキさえ救われてくれれば、ユキさえしあわせでいてくれたらそれだけで良かった筈なんだ。

 果たして、何処どこですれちがってしまったのだろうか?

 そんな事を、かんがえていたら……

「何だ、それは……?」

「「っ!?」」

 地のそこから響くような声、俺達は一斉にり返る。其処には影倉ヨゾラが、無機質な表情で怨嗟えんさを滲ませながら立っていた。その背後からは、彼の怨嗟から成る精神的エネルギーが無尽蔵にき出ていた。

 その光景は、とても禍々まがまがしい。見れば、それと同時に彼の姿も一変していく。

 肌には鈍色のうろこが覆い、髪は真っ白に色がけ落ちた。白目は黒くなり、黒目だったそれは赤く輝いている。その後頭部からは二本のじれた角が生え、背中からは鈍色の怨嗟が一対のつばさのように吹き出していた。

 その姿は、まさしく異形。魔物まものと呼ぶにふさわしい姿すがただった。彼から放たれる禍々しいまでの威圧感いあつかんに、ユキは思わず一歩退いてしまう。だが、そんな彼女の背中に俺は手をえた。

「クロノ、君?」

「奴はお前の父親だろう?奴にお前の価値かちを示すんだろう?だったら、此処で怖気づいているひまなんて無いんじゃないか?」

「…………うん、そうだね」

 そうして、俺達は改めて影倉ヨゾラへとき直った。

 そんな俺達に、ヨゾラは深く深く亀裂きれつを生むように口の端をいて笑った。それだけで、俺達の内を伝播でんぱするように言い知れぬ威圧感が湧いてくる。

 だが、それでも俺達は一歩だって退しりぞかない。もう、退いたりはしない。

 ―――さあ、決戦けっせんの始まりだ。

 そう、俺は自分を鼓舞こぶするように笑う。

 俺は、先手を打つようにさけぶ。

「クリシュナ!アルジュナ!」

 名をぶ。その名は、あの滅びた世界でともに戦った双子。

 俺が叫んだ瞬間、世界はその姿すがたを変えた。現実げんじつが全く別のカタチへと上書きされ変容してゆく。神の御業みわざと言っても過言ではない光景だが、決して世界の創造とは似て非なる力だった。簡単かんたんに言えば、それは仮想世界の展開だ。物質化されたデジタル情報と定義された仮想現実空間。それを世界の上から重ねて現実世界を保護。

 即ち、仮想現実による世界の上書うわがきだ。

 これぞ、あの滅びた世界において旧インドの代表二名が行使する異能の正体。

 共鳴同調型と呼ばれる唯一の異能を宿やどした双子の力だ。

 その世界には俺達のみ。俺とユキ(ガイア)、そして王達とヨゾラのみ。

「っ、これは!?」

「……下らない。その程度ていどか?」

 ユキがその光景に愕然がくぜんとする中、ヨゾラはそれでも嘲笑ちょうしょうする。だが、それでも俺はまだ続ける。まだ、この程度ていどではない。

 だから、

「まだだ!ヴォーパル、い‼」

 瞬間、俺の手元にあらわれるヴォーパルソード。竜を狩る白兎はくととも呼ばれた、純白の刀剣をにぎり締める。

 ヨゾラは背中にある大翼たいよくから幾千幾万、幾億とエネルギー弾を生成しながら自ら名を名乗り上げる。

「我がはヨゾラ。影倉ヨゾラ……この世界を滅ぼす無価値むかちの魔物なり。名を聞こうか小僧」

「……遠藤クロノだ」

 瞬間、全てを無価値へととす鈍色のエネルギー弾が俺達へと放たれる。殺到するエネルギーの魔弾。それに対し、王達は各々が異能を駆使くしして魔弾を防ぐ。

 無論、ユキや俺だって黙って立っている訳ではない。ユキも不可視のやいばを放ち魔弾を撃ち落としてゆく。

 俺も、ヴォーパルソードを。そしてもう片方の手に炎を収束させて炎の太刀を生成し魔弾を切り落としてゆく。

「ははは、そうだ!もうガイアの力にたよる必要など何処どこにも無い!俺一人で、世界に戦争を仕掛しかけてやる‼」

 そう言って、ヨゾラは更に魔弾を放つ。それを、俺達は撃墜げきついしてゆく。

 だが、それでもまだりない。飛んでくる魔弾の数はかなり膨大ぼうだいだ。そして、その魔弾の一つ一つが全てを無価値へ堕とすという概念がいねんの塊だった。だからこそ、その想念をも超える意志おもいの力を見せなければ撃ち落とす事すら不可能だ。

 だが、それでも俺はあきらめない。俺達は諦めない。

 ユキが、天空そらへと指を差し高々とさけぶ。

召喚コール、其は星の海をくだく王の雷―――ケラウノス‼」

「っ!?」

 天の星々すら砕くような、強烈無比な雷霆らいていがヨゾラを襲う。しかし、それでも一瞬だけひるんだだけだ。彼に明確にいた様子は全く無い。どころかさもうっとうしげに腕を横薙よこなぎに振るう。

 それだけで、星々すら打ち砕く神の雷霆は意図も容易く霧散むさんしていった。文字通りの意味で、紙に描かれた絵を素手でやぶるような容易さでだ。

 しかし、これが効かない事は既に織り込み済み。故に、次へとうつる。

「キングス=バード‼」

 名をぶ。同時に、ヴォーパルソードに超高密度のプラズマが宿る。

 青白い放電現象と共に、刀身をプラズマがおおった。それはまさしく、あの滅びた世界で旧アメリカの大統領を担っていたキングス=バードの保有ほゆうする異能だ。大陸すらも溶断する刃を振るう。

 その光景に、流石のヨゾラも目をいた。驚愕にその表情がまっている。

「っ、何だ貴様の異能は!?一体どういう能力ちからだ‼」

「王五竜‼」

 ヨゾラのいに答えず、俺は続けて名をぶ。

 それは、旧中国の代表護衛を務めた男。彼の持つ技能だった。神域しんいきと呼んでも差し支えないような剣技で、ヨゾラへと接敵せってきする。超速で循環する意思のエネルギーが身体全体を駆け巡ってゆく。

 ありえない。おかしい。どうにかしている。ヨゾラから、あせりと焦燥しょうそうの感情が流れ出てくる。

「答えろ!一体どのような原理げんりでそれを行使している!それは、小僧自身の異能では無いのだろう‼」

「……所詮、俺には誰かをり捨てるような真似まねなんて出来なかった」

 ヨゾラの問いに、俺はぽつりぽつりと答える。その間も、俺はその手に持った灼熱の太刀とプラズマを纏ったヴォーパルソードをるう。

 振るい、切り掛かる。

「だからこそ、俺は覚悟かくごしたんだ。全ての命をはかりに掛けるのではなく、全ての命や世界そのものすら背負せおう覚悟を」

 その言葉に、ヨゾラはようやく俺のやった事を理解りかいしたらしい。

 しかし、ありえないものを見るような。或いは単純たんじゅんに理解出来ないものを見るような恐れすらにじみ出ていた。要するに、訳のからない物でも見るような顔だ。

「……正気か?小僧、お前は自分のやった事を本当に理解りかいしているのか?」

「世界をほろぼそうとしている人間やつの言う言葉ではないな」

「ふざけるなっ!世界を、全ての命を背負せおうという事の意味を本当に理解出来ているというのか!それはつまり、全ての命が持つ絶望ぜつぼう憎悪ぞうおすら受け止め背負うという事に等しいんだぞ‼」

「ああ、理解しているさ」

 平然へいぜんとした顔で、俺はヨゾラの放った怒りの波動はどうを切り伏せた。

 ああ、文字通りその程度ていどの事は理解出来ている。今も、俺のなかを渦巻く憎悪や怒りや絶望などのの感情が、嵐のようにれ狂っているのだから。けど、だからそれがどうしたと言うんだ?

 その程度、受け止められなくて何が英雄えいゆうだ。その程度出来なくては、全てを救うなどと言ってはいられないだろう。

 そうだ、俺は英雄になるんだ。全てをすくう、英雄になるんだ。

 そして、俺の目指す場所。其処にはユキが居て、俺が居て、みんなが笑っているような最高の世界でなくてはならない。こんな所で、くじけてたまるものかよ!

「っ、バケモノが……」

「バケモノで結構。俺は、俺のもとめる世界を手にする為にこの手をばす!だからこそ全力を出すんだよ!ユキ!みんな!」

召喚コール、其は奈落ならくを司る神々の監獄―――タルタロス‼」

 ひびき渡る、んだ声音。

 瞬間、ヨゾラを取りかこむように数多の鎖が疾駆しっくした。その鎖は文字通り、神々すらも拘束して地の底へと引き摺り落とす奈落の縛鎖ばくさだ。

 数多の鎖はヨゾラへとからみ付き、次々と拘束してゆく。しかし、それで簡単に拘束されているような存在ではない事を俺はすでに理解出来ている。

「神野アキト‼神野エリカ‼」

 名をぶ。アキトの異能を、サイコキネシスの力をりて行使する。

 名をぶ。エリカの異能を、テレポーテーションの力をりて行使する。

 今度こそ皆で笑う為に、そんな世界をつくる為に……どうか力を貸してくれ!

 そして、王達も……

「お、おお……おおおおおおおおおおおおおおおおおっっ‼‼」

「おおおおおおおおおおおおああああああああああああああっっ‼‼」

 降りそそぐスペースデブリの豪雨ごうう。それが、エリカのテレポートの異能により不規則に降り注ぐ。其処へ王達の異能のかさね掛けがされる。

 大陸が破壊はかいされる程の威力を超え、優に星のカタチが変わりかねないレベルの威力だった。だが、それでも奴はわらない。影倉ヨゾラは終わらない。

 ヨゾラは、鈍色の大嵐たいらんを発生させる。次々とくだけるスペースデブリ。その様はまるでミキサーのようですらあった。

 王達の異能も、全くいた様子すらない。だが、それでも俺は諦めない。そのままヨゾラへと単身飛び込んでゆく。

「影倉ヨゾラっ‼」

「っ!?」

 ヨゾラは、俺に向かって鈍色のエネルギー弾をつ。その数は優に千を超えて俺一人でさばける数では到底無いだろう。

 だが、それでも俺は駆け抜ける足をめない。真っ直ぐ、ヨゾラへ向けて駆け抜けてゆく。その姿に、影倉ヨゾラが、王達が息をんだのが理解出来た。

 背後はいごで、叫び声がこえる。あれはユキだろうか?

「クロノ君っ‼」

 だが、それでも俺はおそれない。ただひたすらに突き進んでゆく。そんな俺へとエネルギー弾が直撃した。だが、

「っ!?」

「っっ!?」

「「「「!?」」」」

 ヨゾラが、ユキが、そして王達が。絶句ぜっくした。まるでエネルギー弾がすり抜けたかと錯覚さっかくしてしまうような光景こうけいだった。

 だが、ちがう。エネルギー弾が俺の身体を貫通かんつうするその瞬間には既に、俺の身体が再生さいせいしていただけの話だ。

 唯一、オロチ一体だけが何処か納得なっとくしたような表情でつぶやく。

「やはり、あいつはそうだったんだな」

「オロチ?」

 ユキの疑問に、オロチはこたえる。

「あいつは殺せないんだよ。どうあっても、殺せなかったんだ」

「殺せなかった……?」

 そう、オロチは俺をころせなかったんだ。あの時、人類文明がほろびたあの世界でオロチと戦った時。オロチは俺を殺せなかった。

 殺さなかったのではなく、殺せなかったんだ。

 考えてみれば、おかしい話だったんだ。オロチには、俺を生かしておく義理ぎりもなかった筈なのだから。にも拘らず、俺を生かしてらえた。

 それはつまり、俺を殺せなかったという事に他ならないだろう。

「おおおおおおおおおおおおおおっっ‼‼」

「あ、ああああああああああああああああああああっっ‼‼」

 そうして、俺とヨゾラの視線が交差こうさして。

 俺はヨゾラを。二振りの太刀やいばで交差するようにり伏せた。

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