87、解放

貴女あなたが、ガイアですね?」

「うむ、別に其処そこまでかしこまる必要はないぞ?今は無価値むかちなどと名乗るあの者に操られている身よ。其処まで大層たいそうな存在でもない」

 そう言い、自嘲の笑みをこぼすガイア。そう、ガイアはヨゾラにしばられていた。だからこそ俺達とたたかう事になったのだから。しかし……

 ガイアのその言葉に、俺は静かに首をよこに振った。

 それはちがう。そう、素直に断言だんげんする事が出来る。そうだ、ガイアは決してヨゾラに操られているからこそ俺達とたたかっていた訳ではないだろう。

「ガイア、貴女は本当はヨゾラの支配しはいを脱しようと思えば脱する事が出来たのではないですか?」

「む、そんな事は無いぞ?私とて、あのようにあやつられていなければただの傍観者に徹していたくらいだしな。世俗せぞくの事になど一切の興味きょうみも無い」

 断言してみせるガイア。その言葉には、一切のまよいも虚飾きょしょくもない。

 まあ、そうだろう。事実じじつ、ガイアは別にヨゾラの味方みかただった訳ではないし味方をする義理ぎりだって存在しない筈だ。ガイアはたんに無理矢理ヨゾラに呼び出され、無理矢理ユキという器にしばられただけ。

 しかし、それでも俺は断言する事が出来る。ガイアは途中から、自分の意思いしで俺達と戦っていたと。

 何故なぜなら……

「ガイア、貴女は途中からわらっていましたよね?それも、割と自然しぜんに。思うに、貴女は俺達に何かを期待きたいしていたのではないですか?例えば、俺達が明確な脅威に対し抗う姿を見て安心あんしんしたかったとか……」

「ほう?何に安心したかったというのだ?」

「そうですね、貴女ガイアは地球という惑星ほしの意志そのものだ。そして、人類の歴史は常に環境破壊と隣り合わせだった。資源しげんを食いつぶすだけ食いつぶしてきた。貴女はそんな俺達の前に脅威きょういとしてちはだかる事で、改めて人類にその事実を提示するつもりだったのではないですか?」

「ほう?」

「そして、俺達が改めて地球という惑星と共存きょうぞんするに値する生命いのちかどうかを確認したかったんだ。確認して、安心あんしんしたかったんだ」

 まるで見てきたように言う……

 そう、ガイアは笑みをこぼした。その姿はまさしく神話に語られる女神そのものでとても美しく、神々こうごうしかった。

 やはり、彼女は本当のところ人類ヒトを愛していたのだろう。いや、地球上に住まう全生命の事を彼女は愛していた。きっと、心の底からガイアは人類をにくむ事が出来なかったのだろう。

 だからこそ、ためす事にしたのだ。本当に、人類はほろぼすべき存在なのか否かというものを。

 そして、人類の覚悟かくご勇気ゆうきを見て安心したかったのだ。

「して、貴様はどうやってこの状況じょうきょうを脱するつもりだ?どの道、私が居る限り奴が諦めるとも思えんが」

「でしょうね。ですが、其処はまかせて頂きたい。俺が、いや……必ず何とかして見せます」

「む?俺達……?」

 そこで、ようやくガイアは気付きづいたようだ。俺は決して一人ヒトリではない。一人なんかじゃ断じてない。俺の傍にはみんなが付いている。

 ヤスミチさんが、ツルギが、マキナが、エリカが、アキトが……

 キングス=バードが、フィリップ=クロスが……

 クリシュナが、アルジュナが、カルナが、インドラが、アーカーシャが……

 王五竜が、飛一神が……

 そして、旧日本どころかあの世界せかいに生きていた皆が俺に力をしてくれる。俺は一人ではないと、皆が背中をしてくれている。

 だからこそ、俺は此処でくじける訳にはいかない。ああ、そうだ。俺には傍にいてくれる皆が居るから。だから、此処で諦めるわけには絶対にいかないんだ。

 それを見て、ようやく安心したのかガイアが笑みを零した。だが、

「だが、先ずはそのむすめをどうにか説得するのが先決せんけつみたいだぞ?でなければ、今にもこの小娘は自害じがいしかねん」

「……………………」

 そう、後はユキだ。ユキは先程からずっとうつむいたままだまり込んでいる。

 ずっと、意気消沈したまま黙り込んでいる。

「どうした、ユキ。黙っていては何もからないぞ?」

「どう、して……どうして、私をほうっておいてくれないの?どうして、私を殺してくれないの?あの時だってそうだった……。私を殺せば、きっとすべてが救われる筈だったにも関わらず。なのに……」

「どうして、か……」

 ユキと改めて向かい合う。ユキは今にも決壊寸前だ。もう、きっと限界げんかいだったのだろうと思う。彼女は色々と背負せおい込み過ぎていたのだろう。

 でも、それも仕方がない。彼女はそれだけのつみを犯したのだから。ある意味ではそれも当然のばつだったのだろう。

 でも、それでも……

 それでも俺は、ユキに……

「それでも、俺はユキにきていて欲しい。ユキと一緒いっしょに居たい」

「でもっ‼私は人類文明を滅ぼしたんだよ!今の人類のてきとして立ちはだかっていたんだよ!なのにっ‼」

「けど、それでも俺はきみに生きていて欲しい。結局の所、それがすべてだったんだと思うから。それこそが全てで、それこそが俺の真実しんじつだったのだろうな」

「そんなの……そん、なの……っ」

 ああ、間違まちがいなく自己満足じこまんぞくだ。けど、

「結局、俺は誰よりもあいする人を失ってそれでしと言える程の精神性なんて持っていないんだよ。それでハッピーエンドに出来る程、俺は英雄ヒーローに徹しきる事なんて出来はしないんだ」

「そん、な……」

 ふがいないよな。なさけないよな。でも、それこそが俺なんだよ。

 ああ、だからこそ……

「だからこそ、俺はそんな俺をき詰めて俺が求める英雄像えいゆうぞうを追い求める。俺が求める理想りそうを追い続けるのみだ」

「クロノ君が求める、理想……?」

 ああ、と俺は満面の笑みでうなずいた。

 そう、これはあくまで俺のわがままだ。俺の理想の為に、俺自身がを通しているだけに過ぎないんだ。

 感情は理屈や道理をえるものだから。世界せかいという枠に縛られない物だから。だからこそ俺は理屈や道理ではなく、ただユキをもとめているんだ。ユキが死ぬという現実を受け入れる事が出来なかったんだ。すでに、俺にとってはユキ個人と世界が同質量だったから。かけがえのない存在そんざいだったから。

 だったら、それを俺はつらぬき通してやる。俺は俺の我を何処どこまでも通す。

 例え、俺のわがままに世界をき込む事になろうとも……

「俺の理想……それには俺のとなりにユキが居て、みんなが居て、皆で一緒に認め合い笑い合う事が出来る。そんな何気ない日常まいにちこそが俺の理想なんだ」

 そして、

「その為にはユキ、君が俺の隣に居てくれなきゃ意味いみがないんだよ」

「っ、うう…………ぅぅうううううぅぅううっ」

 そうして、俺はユキをきしめる。今度こそ、はなしはしない。絶対に、放してたまるものかよ。俺の理想りそうの為には、俺の隣にユキが居てくれないと意味がない。俺の隣にユキが居てくれないといけないんだ。

 でなきゃ、俺は容易くれてしまうから。それ程に俺は、もろいんだ。

 それ程までに、俺はユキの事をあいしてしまっているんだ。だから、

「俺の傍に居てくれ。そうすれば、俺はきっと何処どこまでも行く事が出来る」

 君が居て、初めて俺は自分の信じた英雄道えいゆうどうを進む事が出来るから。

 そんな俺の胸元に、ユキは顔をうずめてきじゃくった。そうだ、俺の進むべき道にはユキがどうしても必要だ。

 ユキが、隣に居てくれなきゃ意味がないんだ。

 俺の隣にはユキが居て、皆が居て。それでこそ俺はきっとすすんでいく事が出来るんだとそう信じているから。だからこそ、俺はきっとこうして自分をしんじる事が出来ると思っているから。

 そんな俺に、ユキはきじゃくりながらぎゅっと俺の背中に腕をまわした。

「ごめん、なさい……ごめんなさい……ごべん、っ…………」

「ユキ、君の事をあいしている。ずっとずっと、愛している。だから、俺の隣に居て欲しいんだ。俺のとなりに居続けてしいよ」

「うっ、ん……私も、クロノ君の事が……大好だいすきだよ……愛してる」

 そうして、ようやくユキは満面の笑みで笑ってくれた。とてもぎこちない笑みだったけれど、それでも俺にとっては極上ごくじょうの笑みだった。

 だから、

「さあ、此処からが反撃はんげきの始まりだ。全てをり戻すぞ!」

「うむっ‼」

「うんっ‼」

 そう、此処からが反撃の始まりだ。俺達の、全てを取り戻す為のたたかいだ。

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