病魔暴走編

33、急変

 深夜しんや、00:12……

「がはっ、ごほっ…………おえぇっ‼」

 洗面台にしがみ付き、俺は大量のを吐いていた。寒い。身体に触れる空気が途轍もなく冷たい。こごえるようだ。まるで、巨大な冷凍室れいとうしつにでも入っているような冷たさが俺の身体を襲う。

 血を吐いても吐いても、いっそ胃袋いぶくろごと吐き出しそうな嘔吐感が押し寄せる。気持ちが悪い。まだ、気分が悪くて吐きそうだ。

「うぐっ、おえぇっ……」

 部屋のドアの向こうで、ドタバタと慌しい音が聞こえる。恐らく、俺の異変いへんを察した誰かが様子を見に来たのだろう。

 だが、ドアをノックする音も今の俺には気にならない。気持ち悪い。気持ち悪い。

 途轍もない寒気と嘔吐感が一気に襲ってきて……

 気付けば、俺の意識はそのまま暗転あんてんして……


 ・・・ ・・・ ・・・


 気付けば、俺は精神世界に居た。まだ、少し気持きもちが悪い。気持ちの悪さが後を引いているような感覚だ。だが、それでも随分ずいぶんとマシにはなった。

 目の前には、アインが気難きむずかしい顔をして立っている。おこっている?

「えっと、アイン?怒っているか?」

「そう見えるか、ならそうなのだろうよ。それより、お前はいまの自分に起こっている事が正しく理解出来ているか?」

 今の自分に起きている事?

「えっと、気分が悪くて血をいた?」

「……やはり、よく理解出来ていなかったようだな。お前は今、白川ユキに多くの血を提供した影響で抵抗力ていこうりょくが極限まで弱まっている。その状況下で、お前は色々と無茶をしただろう?それが原因げんいんでお前は倒れたのだ」

「倒れた……やっぱり、あの寒気と吐き気は」

「ああ、抵抗力が弱まった結果だ。今、そとがどうなっているのか理解出来るか?」

「えっと?」

 外、というと精神世界の外側か?つまり、俺がたおれた後どうなったのか?

 順当じゅんとうに考えて、この後どうなるのか?倒れた俺の身体からだがどうなっているのか?

 ドアをたたく音が聞こえたと言う事は、外に誰かが居たという事だ。そして、その誰かが俺が全く返事へんじをしなかった場合どうなるか?

「……どうやら気付いたらしいな。そう、今お前の身体は医療施設にはこび込まれている状態だ。身体の方はかなり弱っているらしい、栄養剤の点滴てんてきを受けているな」

「……どうしよう?」

「どうもこうもない。言っておくが、皆かなり心配しんぱいしているようだぞ?白川ユキに関しては診察の結果を聞いて自責じせきの念に囚われているようだ」

 ユキがそんな事を……

 全部、俺のせいか。俺のせいで、皆に迷惑めいわくが掛かる。皆の為にと俺が必死に頑張った結果、皆に迷惑が掛かるのか。どうして、こうも……

「どうして、俺はこんなに……」

「無理してあせる必要はない。それでも思う事があるなら、少しは皆のおもいに耳を傾けてみる事だ。そうすれば、何か見えてくる物があるかもしれんぞ?」

「皆の、想い……」

「ああ、別にたたかっているのはお前一人ではないだろう?だったら、皆の想いに耳を傾けてみる事だ。そうする事で、見えてくる世界けしきもあるだろう?」

 ああ、そうか。俺は、皆の為に必死ひっしになりすぎるあまり、逆にその皆を心配させていたのか。本末転倒だな。

 そう思い、俺は少し肩の力をいた。すると、意識が浮上ふじょうする感覚が。

 どうやら、そろそろ目をます頃らしい。

「ありがとうな、アイン。お陰で目が覚めた」

「礼を言うなら、もっと行動でしめせ。お前は焦りすぎなんだ宿主あるじよ」

「ははっ、そうだな……すまない」

 そう言って、俺は意識の浮上する感覚に身をまかせた。


 ・・・ ・・・ ・・・


「ん、ぐっ……!」

 目を覚ますと、其処そこはやはり医療施設の一室だった。俺の右腕には点滴の管が通っており、口元には酸素マスクが装着そうちゃくされていた。

 そして、そんな俺を涙にれた顔で見下ろしているユキ。俺が目を覚ましたのを理解したのか、その表情がくずれて……

「クロノ君、ごめんなさい。私のせいで……私が、全部私、が……」

「それ、は…………」

 違う。そう言おうとしたが、言えなかった。俺の胸に顔をうずめ、泣きじゃくるユキに俺は胸が痛くなる気分きぶんだった。

 ああ、そうか。俺が無茶むちゃをすればこんなにも悲しむ人が居るのか。こんなに悲しませてしまうものなのか。胸に顔を埋めて泣きじゃくるユキ。そんな彼女はとても痛ましく……つらい。

 皆の為になりたかった。皆をすくいたかった。問答無用で皆を救えるような英雄になりたいと思っていた。けど、その結果俺は大切な筈のユキをかなしませた。皆を、悲しませてしまった。かせてしまった。

 それが、辛い。胸がくるしい。

「ごめん、ユキ」

 それだけしか言えなかった。それだけしか言えない自分に、罪悪感ざいあくかんを感じた。

 上手うまく動かす事の出来ない身体。それを無理矢理動かして、俺はユキの背中に右腕を回してき締めた。一瞬、ユキが俺のかおを見た。そして、再びくしゃりと顔を歪めて泣きじゃくる。ごめんなさい、ごめんなさいとり返し謝る。

 ああ、俺は本当に何をやっているんだろうか?

 こんなところで、大好だいすきな筈の人をかせてどうするんだ?悲しませて……

「本当に、ごめん」

 今は、それしか言えなかった。それしか言えない自分自身がなさけなかった。

 本当に、どうしておれはこうも……

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