第17話

 生徒会長の指示で、とある廃工場にまで来ている俺とマナ。

 廃工場は二階層に分かれていて、一階部分にはかつての仕事の名残か、いろんな機械が放置されたままである。

 これからここで一緒に仕事をするのだが、俺たちの雰囲気は最悪だった。


「あー……ここがインプのいる場所か?」

「……」


 こんな感じで無視されっぱなしなわけだ。

 すると、マモンがそんな俺たちを見て、笑いをこらえる。


『プッ……貴様、相当に嫌われてるようだな……』

「ハッ倒すぞテメェ」

「……」


 俺のマモンに対する暴言を聞いて、マナは不愉快そうな顔をこちらに向けた。

 そうだ、今のマモンは体内に隠れているので、マナにはマモンの声が届かないんだった……それじゃあ今のは、マナに言った風に聞こえるのか。


「い、今のはマモンに言ったんだ。ようやくマモンの魔力を体内に受け入れられるようになったからさ」

「あっそ」


 慌てて弁明するも、マナは興味なさそうに顔を逸らした。

 神屋敷先輩にしろマナにしろ、俺が何をしたってんだよ。

 ……まあマナの方はなんか魔王関連であったみたいだが、それを俺にぶつけられても困る。

 そんなやり取りをしていると、マナが話しかけてくる。


「ひとつ忠告しておくわ」

「え?」

「アタシの邪魔だけはしないで」


 マナはこちらを忌々しそうに睨むと、そのまま廃工場へと入っていった。

 俺とマモンは顔を見合わせつつ、後を追う。

 そして……。


「おいおいマジかよ……」


 黒い煙のように絶えず形を変え、移動する『ナニカ』。

 その煙をよく見ると、俺のイメージする悪魔像というか……小さな二本角に、矢印のような尻尾。そして蝙蝠の羽をもつ、妖精のような生物が密集してできているのが分かった。


「これがインプなのか?」

『そうだ』

「……お前より悪魔っぽいな」

『うるさい!』


 思わず本音が出てしまうと、俺たちの侵入に気づいたインプが、こちらを襲い掛かって来る。


「キシャアアア!」

「うおっ!?」


 マモンが悪魔と魔物のゴブリンの違いを説明する際、知性や品性があるかどうかって話だったが、目の前のインプは魔物だからか、特別言語を話す様子もなく、ただ本能のままに目につく存在を襲ってるような印象を受けた。

 集団となって襲い来るインプの突撃を、何とか転がりながら避ける。


「こ、これ全部相手にするのかよ!?」


 どう考えても数百匹以上いるんだが……。

 あまりの数に頬を引きつらせる俺。

 それと同時に、あることに気づく。


「てか、これを全部逃がさずに倒すってどうすりゃ……」

「――――『封魔結界』」

「キシャ!?」


 その次の瞬間、突然廃工場を包み込むように半透明なドームが形成された。

 いきなりのことで驚きつつ、声の方に視線を向けると、そこにはつまらなさそうにインプを眺めるマナの姿が。


「はぁ……『人避けの陣』」


 するとさらに、廃工場の地面に何やら見たこともない文字の魔法陣らしきものが出現した。


「こ、これって……」

『フム……インプを逃さぬための結界と、人避けの魔法だな』

「つまり、周囲を気にしなくていいってことか?」

『そうなるな』


 幻想対策部の方針的に、この幻想種の存在は一般人に知られてはいけない。

 そんな中で、マナが使った魔法はそれらへの対策だった。


「人避けの魔法とかは資料の中にもあったが、封魔結界ってのは見てないな……」

『ならば、そこの小娘の独自魔法なのかもしれんな』


 マモンとそんなことを話していると、マナは俺の視線に気づき、顔をしかめる。


「何見てんのよ」

「いや、すげぇなと思って……」

「……何だっていいけど、アタシ一人に働かせる気?」

「あ」


 そうだ、俺は仕事でここに来てるんだ。

 慌ててインプの方に視線を向けると、インプたちも突然出現した結界や魔法陣に戸惑っていたようで、少ししてから落ち着くと、再び俺目掛けて襲い来る。


「また俺!? てか、何でマナの方にはいかねぇんだよ!」

『魔除けの魔法を使ってるからだろうな』

「はあ!?」


 つまり、このインプたちは俺だけを狙い続けるってことかよ!

 色々文句を言いたいところだが、結界なんかの下準備を整えたのはマナだ。

 俺もいい加減に働かないと……!

 襲い来るインプに向かい合うと、俺は全力で振り払うように掌を横に薙いだ。

 その瞬間、俺の手に何かが勢いよくぶつかる感触が伝わる。


「キシャアアアア!?」

「よ、よし! 捉え――――ぶへ!?」


 だが、所詮俺の一撃で捉えられる数など数匹程度。

 残りのインプの群れはそのまま俺の顔に衝突すると、凄まじい勢いで通り過ぎていく。

 特別痛いとか、ダメージを受けているわけじゃないが……なんていうか、自転車を全力で漕いでるときに飛んでる虫の群れの中に顔から突っ込んだような……そんな不快感があった。


「ぺっぺっ! こんにゃろぅ……」


 目の前の存在は無視ではなく、れっきとした魔物のインプなのだが、その行動や討伐方法のせいでやたら虫っぽく感じてしまった。

 インプたちの集団が一度距離をとったことで、俺は先ほど手に伝わった感触を確かめるべく手に目を落とすと、緑色の液体が手にべったりついていた。


「な、何じゃこりゃあ!?」

『インプの体液だな』

「うへぇあ……き、気持ち悪いぃぃぃいいい!」

『それはいいが、次が来てるぞ』

「うぇあ!?」


 手に付いた液体を必死に振り払っていると、再びインプの群れが俺目掛けて突っ込んでくる。


「これ、さっきの方法を何度もやらなきゃダメかな?」

『早速身体強化の魔法を使ったらどうだ?』

「こんな小さい相手じゃ意味ねぇだろ」


 個体として大きい相手ならともかく、今迫って来てるのはあくまで親指サイズの魔物の群れなのだ。

 この群れ目掛けて身体強化の魔法を使った状態で殴りかかったとしても、捉えられるのは結局数匹程度だろう。


『身体強化の魔法だろう? こう、拳から衝撃波くらい出せんのか?』

「無茶言うな!」


 結局、しっかりと身体強化の魔法を確かめることはできなかったが、マモンの言うような芸当ができそうな感じではなかった。

 鋼鉄を殴って拳の跡を付けるとかはできそうだが、衝撃波を放つとか無理だろう。何より衝撃波は筋力というより、速度や違う技術が必要になりそうだしな。


「これも昇給への第一歩! やれるだけやってやらぁ!」


 半ばやけくそになりながらも、俺は再び襲ってきたインプ目掛けて、手を振り回す。


「ほい! ふっ! は! ほ!」

『その間抜けな掛け声は止められんのか』

「間抜けってなんだよ!」


 俺はいたって真面目だぞ。

 ただ闇雲に振ってるだけだが、これだけ密集していると狙わなくても簡単に叩き落とすことができた。

 まあ……手に伝わる感触はすげぇ気色悪いが。

 こうしてインプを相手に四苦八苦しながら格闘を続けていると、不意にマナが声をかけてくる。


「ねぇ」

「ああ!?」


 こっちが必死にインプと戦ってる中、呑気に質問してきたマナについ荒い返事をしてしまう。

 しかし、マナは気にする様子もなく続けた。


「どうして魔王と契約したの?」

「どうしてって……俺の本意じゃ、ねぇよ!」

『我輩だって不本意だ!』


 俺はただ、月子たちのために金を稼いで、平穏な生活さえ送れればよかったんだ。

 それがこんなことに巻き込まれて……なんか思い返すとムカついてきた。


「妙な連中に襲われるしッ! いきなり魔王を差し出せとか訳の分からんことを一方的に要求してくるしッ! かと思えば母さんの形見にマモンが封印されてるしッ……!」


 私怨の籠った一撃が、インプに炸裂していく。


「俺だって好きでこの世界に来たわけじゃねぇよ! でも契約者になっちまったんだ。それなら開き直って、妹たちのために少しでも稼ぐ必要があるんだよ!」


 本当に俺の人生どうなってやがるんだ。

 神も存在するらしいが、俺をこんな運命にした神がいたとしたら、絶対にぶん殴ってやる。


「……アンタ、母親がいないの? 父親は?」

「何だ? デリケートな問題を気軽に訊いてくるじゃねぇか」


 普通はこういう質問って訊かないよな。

 まあ俺は特に気にならないからいいけどさ。


「母さんは幼いころに亡くなった。父親は知らねぇ」

「!」


 淡々と告げる俺の言葉に、マナは目を見開いた。


「だから俺が、月子と陽児を……妹たちを育てなきゃいけねぇんだよ」

「そう、なんだ……」


 一体、何の質問なんだよ。

 そんな質問をする暇あるなら、手伝ってくれって。

 しかし、マナはその質問をした後、急に大人しくなった。

 ――――そんなやり取りをしつつ、インプとの攻防が何度か行われ、百匹くらい仕留めた時だった。


「キシャアアアアアアア!」

「な、何だぁ!?」


 突然、インプたちが怒り狂ったような声を上げ、距離を大きくとったのだ。

 今までにない行動に驚いていると、インプの集団から赤色のオーラのようなものが立ち上り始める。


「何が起きてるんだよ……」

『凶暴化だな』

「なんだそれ?」

『魔物が怒り状態入ったってことだ。こうなると、今まで以上に攻撃が苛烈になるぞ』


 マモンの説明でひとまず何が起きてるのか理解した。


「ま、攻撃が苛烈になるって言っても、たかが知れてるだろ」


 なんせ、今のところ俺に被害はない。

 何度も正面からインプの群れに突っ込んで、気持ち悪い感触を体験するだけで、怪我すらしていないのだ。

 そんな風に舐めて待ち構えていると、インプの群れが急襲してくる。

 先ほど以上に速い勢いで向かってくるインプたちだが……何度でも叩き落としてやるぜ!


「おらあああああ……ああああああああ!?」


 だが、俺の平手打ちは、インプに通用しなかった。

 平手打ちに集団の先頭のインプが衝突したのだが、先ほどとは違い、そのインプは潰れず、逆に俺の手が弾き返されたのだ。

 突然のことに呆然としていると、集団はそのまま俺の顔面に激突する。


「ガッ!?」


 さっきまでそれこそ煙のように素通りできていたインプの群れが、まるで一つの塊と正面衝突したような衝撃が顔に伝わったのだ。

 あまりの衝撃に頭をのけ反らせると、その隙をインプは逃さず、空中で向きを変え、腹目掛けて突っ込んできた。


「お、おい、ちょっ……ぐほあ!?」


 凄まじい衝撃に体が浮かび上がると、大きく吹っ飛ばされる。

 幸い、魔力が活性化したことによる身体強化で、そこまでのダメージはなかった。


「ど、どうなってんだよ!?」

『これが魔物の凶暴化だ。今まで使っていなかった魔力による攻撃をしてくるようになるぞ』

「それを先に……いや、舐めてかかった俺が悪いな」


 一瞬、教えてくれなかったマモンに怒鳴りそうになったが、普通に考えれば警戒しなかった俺が悪い。

 どう見ても強化された雰囲気なのに、馬鹿正直に真正面から突っ込んだんだ。そりゃあダメージを受けても仕方ない。


「てか、さっきまで通用してた攻撃が弾かれたんだが……これ、どうすりゃいいんだ?」

『今こそ身体強化の魔法を使えばよかろう』

「あ、それもそうか。さっきは小さいヤツを一体ずつを相手にしてるようなもんだったが、今の状態なら大きな一個体みたいなもんだし、通じるかも……」


 はぁ……魔法や法律の資料は読み漁ったが、魔物や悪魔の方は後回しにしてたつけが回って来たな。前もって何らかの資料を読んでおけば、インプの凶暴化だって対処できただろうに……。

 そんなことを思いつつ、ここで身体強化の魔法を使おうとした……その時だった。


「はぁ……遅い」


 さっきまで黙って俺の様子を見ていたマナが、突然動き始めた。


「こんな雑魚を相手にどんだけ時間かけるのよ。本当に魔王の契約者なわけ? 何より魔王のマモンってのも弱そうだったし」

『なんだと貴様!』


 今までは俺を馬鹿にしていたマナだったが、今度はマモンも馬鹿にし始める。

 しかし残念ながら、今のマモンは体内にいるため、マモンの声はマナに届かなかった。

 キレ散らかすマモンをよそに、マナはインプの群れを見据える。


「――――『風刃旋ふうじんせん』」


 詠唱破棄して魔法を唱えるマナ。

 その次の瞬間、インプの集団を包み込むように、竜巻が出現した。

 ただ……。


「キシャアアア!?」


 それは普通の竜巻ではなく、風の刃による牢獄だったのだ。

 風の刃がインプたちの群れに全方位から襲い掛かる。

 その結果、インプの体は切り刻まれ、緑の体液が噴出すると、竜巻は瞬く間に緑色に染まった。

 あまりにも悲惨な状況に唖然としていると、やがて魔法が解除される。

 それと同時に、周囲にインプだったものの肉塊と、緑の体液がまき散らされた。

 呆然とそれらの光景を眺めていると、マナが呆れたように口を開く。


「昇給がどうとか言ってたけど、この程度で時間かけてるようじゃ一生かかっても無理ね」

「そそそそんなことないだろ!?」


 俺も自覚があるので、つい慌てて否定した。

 ただ……。


「……まあでも、アンタなりに頑張ってることは分かったし、少しは手伝ってあげる」

「へ?」


 今までとは違い、少し言葉の棘がなくなったのだ。

 突然の変化に驚いていると、マナは睨んでくる。


「何よ。なんか文句ある?」

「い、いや、手伝ってくれるのは有難いけど……」

「じゃあいいじゃない。とりあえず、依頼は達成したし、帰るわよ」


 な、何なんだ? 一体……。

 まあずっと無視されるよりはマシか。

 こうしてインプの討伐を終え、その場を後にしようとした――――その時だった。


「――――みーつけた」

「!」


 廃工場の二階に、見知らの男が立っていたのだ。

 今まで人の気配すら感じなかったこの場所に、いきなり現れた男。

 俺たちはすぐ警戒態勢をとると、男は笑みを深める。

 コイツは誰だ? てか、どこから現れたんだ……?

 疑問符が頭を支配する中、男は軽く体を解すように動かすと……。


「さぁて……狩の時間だ」


 ……次の瞬間、廃工場が炎の壁で囲まれるのだった。

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