第7話

「幻想対策部に……ですか?」


 予想していなかった提案に驚いていると、生徒会長は真面目な表情で頷く。


「そうだ。元々、魔王の存在が明らかになれば、その所有者と接触するつもりではいたんだ。そして、出来ることなら勧誘したいともね」

「い、いきなりそんなこと言われても……」


 今日、急に天使だの悪魔だの訳の分からないことに巻き込まれ、混乱しているのだ。

 なのに、ここにきてその訳の分からない存在を相手にする組織に入れって言われても、簡単に頷けるわけがない。

 何より、俺はこれ以上、妙なことに巻き込まれるのはごめんだ。


「すみません、俺は普通に生きていきたいんです。だから……」

「残念だけど、それは無理だよ」

「え?」


 はっきりとした口調でそう言われ、俺は呆ける。


「君はもう、強欲の魔王であるマモンの契約者となった。そして、君の存在はすでに【饗宴】以外の組織にも伝わっているだろう。知識も力もない、魔王の契約者なんて、周囲が放っておくはずがない」

「そ、それなら! 俺とマモンの契約を解除すれば……」


 俺の言葉を聞き終える前に、生徒会長は首を振る。


「君とマモンが結んだ魂の契約は、一度交わしたら二度と解除することはできないよ」

「そんな……」

『どうしてこんなことになったのだ……』


 落ち込む俺と同時に、マモンも頭を抱えていた。


「まあ、たとえ君がマモンのコインを持っていなかったとしても、契約できるのは君だけなんだし、遅いか早いかの違いさ」

「え? それはどういう……」


 すると、マモンが忌々し気に俺を見た。


『……魂の契約なぞ、したくてもそう簡単にできるものではない。なんせ、魂の同調を行うのだ。そして魂の契約ができた我輩と貴様の相性は、誰よりもよいことになる。つまり我輩の魂の契約者となれるのは、貴様だけ……だが、だとしても! どうして我輩の唯一の契約者が、よりにもよってこんなに弱いのだ!?』

「んなこと知るかッ!」

「まあまあ。ともかく、魔王クラスにもなると、契約者は唯一無二になってくるのさ。一応、普通の契約もできるけど、魔王を縛る契約としては弱い。魂の契約くらい強力じゃないと、魔王は好き勝手に暴れるだけで、協力してくれないだろう」


 生徒会長はそう言うと、お茶を一口飲み、一息つく。


「ふぅ……さて、君はもう、契約者としてこちらの世界に足を踏み入れてしまった。これから先、君を狙って色々な勢力が押し寄せるだろう。その影響は、君だけに留まらない。例えば……君の家族とか、ね」

「何だと!?」


 俺は思わず立ち上がると、先輩相手にもかかわらず、思わず口調が荒くなる。


「月子と陽児が狙われるってのかよ!?」

「当然さ。こんなにも分かりやすい弱点を、狙わない組織はないよ。私たちだってね」

「アンタ……」


 生徒会長は、暗に俺を脅してるのか?

 ここで俺が断れば、月子たちに手を出すって……。

 ついカッとなって睨みつける俺を見て、生徒会長は苦笑いを浮かべた。


「そんなに睨まないでくれ。あくまで私が敵対組織ならって話だよ。幻想対策部は表には出てないけど、公務員みたいなものでね。国に所属している。だから、君たちに危害を加えるつもりはないし、出来れば保護したいんだ」

「そんなもの、そう簡単に信じられるかよ」


 幻想対策部が本当に公務員みたいに国の組織なら、【饗宴】とか意味の分からない組織に比べればマシだろう。

 とはいえ、今聞かされた話のすべてが本当かどうかも分からない。

 できることなら、俺はこの世界に足を踏み入れることなく、安全に過ごしたい。

 月子たちの将来のためにも、ここで俺が怪我とかするわけにはいかねぇんだ……!

 すると、生徒会長は何かを思い出したように語り始める。


「おっと、そう言えば……まだ幻想対策部に入った際の待遇を話してなかったね。毎月五十万円振り込まれる上に、家賃無料の幻想対策部が管理しているマンションの一室を提供しようと思ってるんだが……」

「ぜひ入らせてくださいッ!」

『金仁!?』


 さっきとは打って変わり、元気よく頭を下げる俺を見て、マモンが目を見開いた。


『何を言ってる!? そんな簡単に決めるな! これは貴様だけでなく、我輩の問題でもあるんだぞ!? 分かってるのか!?』 

「月五十万に家賃無料のマンションも提供してくれるんだぞ!? それだけあれば、月子たちへの貯金も増えるし、苦労させずにすむ……!」

『訳が分からん! さっきまでの慎重さはどうした!?』

「金の前では無意味だ!」

『くそぅ……否定できん……!』


 いや、否定できねぇのかよ。

 とはいえ、俺も熱くなってる自覚はあるので、一度冷静になるべく深呼吸をする。

 慌てるな、俺。月五十万と言っていたが、何をやらされるか分かったもんじゃない。

 それに、税金や今まで削って来た部分の金を考えると、まだまだ月子たちに余裕を持たせてやるには程遠い。


「ちなみにさっきも言ったけど、幻想対策部は国の所属でね。色々優遇されてるんだけど、その一つとして幻想対策部の隊員はあらゆる税金が免除されるんだ」

「さあ、早く! 早く詳細な条件を決めましょう!」

『金仁ぉ!?』


 税金も考えなくていいって? 最高じゃないか!


「う、うん。誘っておいてなんだが、ここまで態度が変わるのも驚きだね……」


 再び熱くなった俺の反応に引いてるようだが、今更ノーとは言わせねぇぞ!

 すると、生徒会長は咳払いをする。


「んん! とりあえず、金仁君が前向きに検討してくれてよかったよ」

「いやあ、前々から入りたいと思ってたんですよ」

「……今日の出来事があるまで、こちらの世界を知らなかった人間が何を言ってるのやら……」


 神屋敷先輩が何か言ってるが、知ったこっちゃない。できる限り媚を売るぞ、俺は!


「それで、入ることは確定しましたが、どんな仕事をするんです?」

「あ、確定したんだ……え、えっと、仕事の内容だけど、さっきも説明した通り、私たち幻想対策部は幻想種を相手にしている。例えば、まだ契約されていない幻想種とかね」

「契約されてない?」

「そうだ。時々君のようにどこにも所属していない契約者をスカウトすることもあるが、それは稀だ。基本的に問題があるのは、未契約の幻想種で、放置しておけば一般人に被害が出るかもしれないし、何よりこちらの世界のことが露呈してしまう。だから、一般人に知られないよう、我々が接触するんだ」

「さっき、交渉とか言ってましたけど、何を交渉するんです?」

「主に契約の交渉さ。君のように魂の契約じゃなく、もっと軽い相互協力の契約だが……」

『我輩もそれがよかった……』

「……その契約じゃ協力する気もねぇくせによ」

『当然だ』



 生徒会長の説明を聞いて、いじけたように空中で何かを書くマモン。俺だって嫌だが、この際仕方ないと諦めた。

 まあ俺はいいとしても、魔王のマモンからすれば、貧弱な俺とクソ重い契約したのは最悪でしかないだろうな。


「ただ、必ずしも契約を結べるわけじゃない。というより、拒絶されることがほとんどだ」

「え?」

「考えてもみてくれ。交渉相手は悪魔や神だ。我々人間なんて、見下して当然だと思わないかい?」

『当たり前だな。何故人間どもに合わせねばならん』

「そうなのか……」


 マモンだけが上から目線なのかと思ったが、案外そうでもないんだな。

 確かに力を持ってる悪魔や神々からすれば、いちいち協力関係の契約なんて結ばず、一方的な搾取の契約をしたっておかしくはない。


「そう言うわけで、すべての幻想種が友好的とは限らないわけだ。そこで次に行うのは、封印、そして最後に討伐さ」

「なるほど……」


 どうやるかは分からないが、幻想種を封印する手段があるんだな。


「とはいえ、そうそう幻想種が現れるわけじゃないし、対応するときも君一人で行うわけじゃないから、安心して」

「はぁ……」

「他には、幻想種と契約を結びながらも、犯罪に手を染める連中を相手にすることもある。それこそ【饗宴】なんかもその一つさ」


 なるほど……確かにあんなふうに問答無用で襲い掛かって来るなんて普通じゃないわな。

 しかも、この幻想対策部は幻想種を一般人に知られないように動いてるみたいだが、他の組織がそうとは限らない。

 当然、その力を悪用する連中だっているだろう。


「ちなみに、この支部の廊下とかに使われてる魔聖鉱を市場に流すのもアウトだからね」


 廊下のやり取りがバレてた。

 そこまで話したところで、俺はふと気になることが出てきた。


「えっと……その月に仕事が一つもなかったら、お金はどうなるんです?」

「そこも心配ないよ。どんなに仕事がなくても、必ず月五十万支払われるから」

「おお……!」

「それと、月五十万って言うのは、下級隊員の給料だ。君がこれから先仕事で何かしら成果を挙げたり、試験を突破して中級隊員になれば、また給料も上がる上に待遇もさらに良くなるよ」

「最高ですね!!」

『クソッ……危険なのは分かっていても、金が貰えるとなると魅力的に見えてくる……! いや、不労所得が一番だがな!』


 それは間違いない。

 働かずして金が得られるなら最高だ。

 しかし、そううまくいかないから働くわけで……ともかく、俺は月子たちに楽させてやれるだけの金が貰えればそれでいい。


「さて、ここまで下級隊員の待遇さ。君がこの組織で頑張って行けば、中級隊員への昇進もあり得るし、当然お給料もアップするからね」

「おお!」

「とはいえ、君は魔王の契約者だ。他の下級隊員より、ある程度優遇しようとも思ってるんだが……どうする?」

「え? そ、それってお給料を上げてもらったり……」

「君に提示した月五十万というのは、私の権限で与えられる最高額なんだ。だから、これ以上は昇進してもらわないと難しいかな」


 何だよ、期待させやがって。

 こちとら魔王がついてんだぞ。もっと寄こせ。


「現金だったり、お給料は上げられないが、高額なものを要求してくれても構わないよ」

「それって家とか車が欲しいって言ったらくれるってことですか?」

「そうなるね」


 マジかよ。でも、そこまでしてくれるんなら現金や給料アップでもいいじゃねぇか。

 家を貰っても家賃無料のマンションに引っ越すわけで……いや、そこを人に貸し出すのもアリか?

 でも、こっちは税金とかの面倒を見てくれるとは限らない。貰ったままなら、維持費とか面倒見てくれそうだけど、人に貸し出す想定はしてないだろうし。

 他に高そうな物って言えば車だが、運転しないし結局売り払うくらいしか使い道がない。

 うーん……いきなり言われても難しいよなぁ。

 とはいえ、ここで何もないって言うのは絶対にありえないし……。

 あれこれ考えた俺は、ふとあることを思いついた。


「あの、それじゃあ一つお願いが……」


 ――――最終的に俺の願いは聞き届けられ、幻想対策部に入ることになった。

 そのあとも細かい話し合いやこの場所の施設説明をしてもらう予定だったが、月子たちに無断で外泊する形となっていることと、明日の授業もあるというわけで、一時帰宅するのだった。

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