イケメン政治家・山下泉はコメントを控えたい

どっぐす

(1)担当者が不在なので

 全国最年少当選を果たした国会議員・山下泉は、議員会館内の事務所で動画サイトを観て暇を潰していた。


「山下さん! 大変です!」


 息を切らしながら部屋に入ってきたのは、外出から戻ってきた秘書・佐藤亀男だった。


「なんだい? 秘書一号くん」

「秘書一号じゃなくて第一秘書ですってば……ってのはどうでもよくて! 議員会館の前に詰めている記者の数、朝の二倍くらいになってますよ!?」


 なかなか振りほどけなかった、と亀男がうんざりしたように言う。


「特に一人、なかなかしつこいのがいまして」


 泉は席を立つと、事務所の窓のブラインドに人差し指をかけた。

 少し押し下げ、隙間から議員会館の門を見る。


 ざっと見て、メディア関係者と思われる人たちが二十人以上。多い。

 そして最も手前にいたのは、クロッシェ帽子をかぶった女性。彼女だけはこの部屋に向けてプラカードを掲げていた。

 そこには、達筆な文字で、


『山下議員、説明を』


 と書かれている。


「あのプラカードを持っている女の人か?」

「そうです。ずいぶん若かったですが、地元紙の記者みたいです」

「わざわざ東京まで取材に来る話かねえ」

「何かコメントを出したほうがいいのでは? このままですと党や他の議員にも迷惑がかかりそうですし」


 泉は腕を組み、首を垂れた。

 こんな状況になったのは、地元で出回っていた怪文書で泉の学生時代のママ活が暴露されたためだった。相手の配偶者が訴訟を検討しているようなことも書かれていたようである。


「……っくっ……」


 そして漏れる声。


「くくく……フハハハ……ハーッハッハッ!」


 やがて泉の背筋が伸びて大きな笑いになると、亀男が心配そうにのぞき込んできた。


「ど、どうしました? ご乱心というやつです?」

「いや違う。いよいよこの発言をすべきときが来たな、とね」

「どんな?」

「うん。『担当者が不在のためコメントは控えさせていただきます』だ。これでしのごう」


 亀男が首をかしげる。


「“いよいよ”と言うほどの発言とは思えませんが」

「そんなことはない。"政治家になったらやってみたいこと”ナンバーワンが『コメントは控えさせていただきます』と発信することだったんだぞ。そのために政治家になったと言っていい」

「意味わかりませんって。というか担当者って誰のことです?」

「知らん。とりあえずそれで頼む」

「え、僕が行くんですか?」


 またもみくちゃにされるのが嫌なのか、心底嫌そうな顔をしている。


「まあそう言うなって。秘書にしたからには『お前を一生面倒みる』からな。頑張って盾になってくれ」

「それもどこかで聞いたようなフレーズですね」

「ふふ。よろしく頼むぞ」


 今お前は無職で暇だろ? と言われ突然秘書に任命された、泉の中学生時代の部活の後輩である亀男。

 小さなため息をつくと、部屋を出て行った。

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