第26話 がんばれ私、負けるな心
『私に冒険者なんて無理だったのよ。もう、帰ろう。私には【無】のギフトがある。くず肉を我慢して食べれば生きて行けるはず。そうよ、コミュ障の私なんか町の裏路地でひっそりと暮らすのが似合っているのよ』
私はまだ痛む胸を抑えながら常夜の大樹に向かってゆっくりと歩きだす。もう2度と魔獣の世界に来ないと心に誓って。
『なんで、なんで涙が止まらないの』
私は自分の実力を悟り冒険者になることを諦めたのだが、瞳からはとめどなく涙が溢れ出る。
『私は美味しいお肉を食べるために、半年間無我夢中で冒険者になる為に努力をしてきた。デュピタンの依頼を通して様々な事を学んだし、魔銃の練習も励んできた。本当にここで諦めていいの。サミュエル君達のような冒険者に成れなくていいの』
私は自問自答するが、瞳から流れ落ちる涙が答えを物語っている。
『なんで私は泣いているの?何がそんなに悲しいの・・・』
私は手で顔を覆い隠してふさぎ込む。
『違う・・・違う・・・この涙は悲しいから溢れ出たのじゃない。悔しいからよ。1度の失敗で逃げ出す自分の不甲斐無さに悔しくて泣いているのよ』
私の人生は逃げの人生である。人と関わるのが嫌でコミュニティーから逃げて1人でこっそりと生きてきた。このまま逃げてばかりの人生でいいのか自分に問いかける。
『嫌だ・・・もう逃げたくない。私が人との関わりから逃げたせいで、孤児院や町に迷惑をかけてしまった。これ以上誰かに迷惑をかけたくないし、もっと強くなりたい』
涙が私に逃げるなと気づかせてくれた。
『ラパンを倒そう。でも、肋骨が完全に治癒してからよ』
私は万全の体制でラパンにリベンジすることにした。
30分後。
『もう完全に痛みはないわ。でも治癒に魔力をそそいだからもう少し魔力が回復してからラパンに挑まないと』
※魔力は体力と同じように休息を取ると回復していく。
そして1時間が経過した。
『もう万全の体制で挑めるわ。次は絶対に失敗しない』
私の視界には2体のラパンの姿が映し出されている。1体は草を食べていて、もう1体は平原を散歩するようにゆっくりと歩いている。
『食事をしているラパンは警戒心が強い。散歩をしているラパンを狩ろう』
前回は地図の注意事項を無視して、食事中のラパンを狙って失敗したので、今回は安全を期するために散歩をしているラパンを狙う事にした。ラパンの散歩の速度は人間の歩行速度とさほど変わらない。なので、ラパンとの距離が10mになるまでは速足で近寄り、その後は抜き足差し足走行で距離を縮める。
『ラパンまでの距離は8m、まだまだ射程範囲ではないわ』
※対象物までの距離を測る方法は目測とスコープの2種類ある。目測は自分の腕の長さをイメージして、対象物まで腕が何個分になるかで測定する方法。すこしアバウトになってしまうが、距離感は、実戦の射撃ではかなり重要なので、普段の生活で耐えず距離感の練習をしなければならない。(目測は射程距離が短いルージュには必須)
ブロン(アサトライフル)とブル(スナイパーライフル)は、スコープを付けるので目測は必要ない。
スコープには3種類あり魔道スコープ、望遠鏡型スコープ、ドットサイトである。魔道スコープは、スコープから照射されたレーザー(魔力)が対象部にぶつかると距離を教えてくれる便利なスコープである。しかし、直接魔獣にレーザーを当てると感づかれてしまうので、近くの石や地面などに照射する。望遠鏡型スコープは、スコープを覗いた時にレティクルという目盛りが見えるので、距離や風を計算して目標に合わせる。ドットサイトは倍率などなくレティクルの代わりに光の点や、印が表示されている。ドットサイトは無倍率のために素早くエイム(標準)を合わせる事が出来る。
『ダメ・・・足が震えてこれ以上近づけない」
頭では恐怖心に打ち勝ったつもりでいたが、実際にラパンに近づくと頭に刷り込まれた恐怖心が再び私を襲う。
『やっぱり帰ろう・・・ダメよ。もう逃げないと決めたのよ』
私は歯を食いしばって両手を握りしめる。
『がんばれ私、折れるな心!』
私は自分を鼓舞して、深く息を吸って深呼吸をした。すると、心が軽くなったような気がした。
『大丈夫。私はこの日の為にがんばってきたのだから』
半年間の努力と苦労が私を後押しする。
『近づくわよ』
鉛のように重たかった足がスムーズに動き出す。
『よし、もう問題はないわ』
私はじわりじわりとラパンとの距離を縮める。
『ラパンまでの距離は3mよ。首の繋目に射撃して動きを鈍らそう』
エタンセルではラパンの魔核を一発の魔弾で破壊することは出来なかった。だから、首の繋目に魔弾を撃ち込み動きを鈍らせてから魔核を破壊することにした。私は慎重を期すために両手でエタンセルのグリップを握りしめ、アイアンサイトをラパンの首の繋目に合わせてトリガーを引いた
「バン」
首の繋目に魔弾は的中した。ラパンは驚きのあまり猛ダッシュをしようと前足と後ろ足を激しく動かそうとするが、魔力の供給が少なくなったので、思ったように前後の足が動かずに躓いて転んでしまう。
『射程距離内よ。もう一発魔弾を首の繋目に当てるわよ』
私はあわてずに確実にラパンの動きを封じるために再度ラパンの首の繋目を狙う事にした。ラパンが躓いてこけたので、腕を少し下げて銃口の角度を下げる。そして、アイアンサイトとラパンの首の繋目に合わせてトリガーを引いた。
「バン」
二発目の魔弾もラパンの首の繋目に命中し、ラパンは地を這うように移動をし始めた。気持ちでは走っているつもりだが、魔力の供給が間に合っていないので上手く前後の足を動かせない。
『今だわ』
私は全速力でラパンの正面に立つ。ラパンとの距離は1m。あまり近寄り過ぎてラパンが反撃する事に私は警戒していた。
『大丈夫。外さないわよ』
私は再び両手でエタンセルを構える。右手でグリップを握りしめ左手で右手を抑え込む。肘は伸ばさずに少し緩めて肩に力が入らないようにする。両足は肩幅程度に開き背筋を伸ばしてアイアンサイトをラパンの額にある魔核に合わせる。
「バン」
「バン」
「バン」
エタンセルはリコイル(反動)がないので間髪入れずにトリガーを引いた。
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