第12話 開戦
パーティー会場につながる観音扉の小窓から中の様子を確認すると、進行役から紹介を受けた小川代議士が前方に設けられたステージ上へ登壇するところだった。
会場の照明が暗くなり、スポットライトに照らされた小川代議士が登壇すると、会場にいた全員が拍手で迎える。
全員の視線が小川代議士に向けられている今がチャンスと、俺はそ~っと扉を開けてパーティー会場に忍びこんだ。
扉のすぐ近くにあった使われていない中華テーブルの下に潜り込む。垂れ下がったテーブルクロスが、ちょうどいい具合に俺を隠してくれていた。
パーティー会場に集まっていたのは、ざっと見て100人程度だろうか…。いかにも金持ちそうな身なりをした男女が、いくつもの中華テーブルを囲って座っていた。
それ以外に、ステージを正面に左右の壁際に立っている黒ずくめの男が10人、おそらく小川代議士のボディーガード、すなわち裏組織のメンバーだろう。
限られた視界の中で、おおまかではあるが会場内の配置と人員はあらかた把握できた。
「倒すべき人数は10人…そしてスナイパー・ジョーだ」
しかし、肝心のスナイパー・ジョーの姿が確認できない。
そうこうしているうちに、ステージ上では小川代議士のスピーチが始まった。
「え~、本日は悪天候の中、これだけ多くの方々にお集まりいただき、誠に感謝いたします。わたくしの講演、そして美味しいお食事と歓談の前に、本日はわたくしの友人であり良き理解者である人物を特別ゲストとして呼んでおりますので、その人物から皆様へ向けてのご挨拶を先に行いたいと思います。皆様、どうか暖かい拍手でお迎えください。それでは、砂川丈一郎くん、ステージへ!」
小川代議士に促されるまま、会場は再び拍手の渦に包まれた。
そして、ステージ後方に設けられたパーテーション代わりの屏風の裏から、スポットライトを浴びて砂川丈一郎と呼ばれた人物が姿を現す。
「………!! スナイパー・ジョー!」
純白のスーツに身を包み、砂川丈一郎と呼ばれて登場した人物は、紛れもなくスナイパー・ジョーだった。
やがて、そのことに気付いた客たちの表情はひきつり、拍手も止み、一気に緊張が走る。
「まず、本日このような盛大なパーティーにお招きいただき、小川代議士には心から感謝いたします」
こわばった表情でステージ上を見つめる客たちをよそに、ジョーは坦々と話し始めた。
「皆様ご存知のように、小川代議士の掲げる理念や理想は、地球政府…いや、この星の未来にとって必要不可欠なものであり、その理想を実現するために、小川代議士は今や地球政府に無くてはならない存在なのです!本日お集まりの皆様は、私同様、小川代議士の理念理想に賛同される方だとお見受けいたします。ならば!子供達の将来のため、この星の未来のため、協力し合おうじゃありませんか!皆様の絶大なるご協力を期待します」
パチ、パチ、パチ…
客たちの怯えに彩られた拍手に、ジョーは片手を上げて応えていた。
「ジョーの野郎…狙撃の腕だけじゃなく、演説まで超一流じゃねーか(-_-) 子供達の将来?この星の未来?よくもまぁそんな臭いセリフ言えたもんだぜ…」
俺は心の中で悪態をついた。
「最後に一つ。私はその場限りの方便と裏切りは絶対に許しません。ご清聴ありがとうございました」
ステージを下りかけたジョーの背後から、ポンと肩を叩いて、満面の笑みを浮かべた小川代議士が握手を求める。
握手を交わした小川代議士の表情には、
「よくやった、上出来だ」
という意味が見てとれた。
「これは確かに丁寧な言葉遣いの恐喝だな…ジョーにあんなこと言われりゃ協力せざるを得ない…」
ジョーの饒舌な演説のあと、その演説がもたらす効果を確信した小川代議士は、かなり上機嫌に力の入ったスピーチを始めた。
「丈一郎くん、素晴らしいスピーチをありがとう! 皆様!わたくしの理想とする社会を現実のものにするためには、今の腐れきった政治の在り方を根本的に変えていかなければなりません!そのためには皆様方のご支援ご協力が必要なのです!」
どいつもこいつも役者揃いだ。
「お前が一番腐れきってんだろうが…」
政治家なんか辞めて、いっそ役者に転向した方がいいんじゃないか?と真剣に思った。
「わたくし小川一郎、理想実現のために政治家生命をかけて、いや、命をかけて今後も戦いぬく所存でございます!」
パチ、パチ、パチ…
小川代議士のスピーチは、ますます熱を帯びていった。
一体いつまで聞くに耐えない嘘だらけのスピーチが続くのか、俺は中華テーブルの下で頭を抱えた。
それからしばらく熱のこもったスピーチは続いた。
ある人物が一瞬でその場の雰囲気をブチ壊すまで…
バーン!
正面玄関から勢いよく入ってきたその人物は、水に濡れた動物のように頭や手足をブルブルさせて、水滴を払っていた。
周りの状況が見えていないのか、
「いやぁ、まいったまいった…店どこも閉まってるから、食べ物屋さん探し回ってるうちにズブ濡れになっちゃったよ…革ジャンと革パンツだったから体までは濡れずに済んだけど、完全に冷えきっちゃったな…」
と、ブルブルを続けながら独り言をつぶやいていた。
そして、おもむろに空いていた中華テーブルの一席に座ると、
「おやっさ~ん、チャーシュー麺とチャーハン、どっちも大盛で!それと熱いお茶もらえる?」
と叫びながら、テーブルクロスで顔や濡れた服を拭き始めたではないか。
この一連の出来事に、会場にいた全員が呆気にとられていた。
「ちょっと、そこの黒い革ジャンのお兄さん…」
「ん?黒い革ジャンて…僕のこと?」
壇上の小川代議士に呼ばれて、やっと状況を飲み込めたらしい。
「あれ??…これって何かのパーティーですか?」
「そうなんだよ。入口に本日貸切りの看板が立ってなかったかな?」
「いや~気付かなかったなぁ…。そうだ!何のパーティーか知らないけど、僕も飛び入り参加していいですか?もちろんご祝儀も弾みますんで☆」
「ハハハ…なかなか面白いお兄さんだな…」
さすがの小川代議士も、この丸っきり空気を読めない珍客に手を焼いているようだ。
「今夜のパーティーは会員制だから飛び入り参加というワケにはいかないが、こうして出会えたのも何かの縁だ、君を特別にVIP roomに招待しよう」
小川代議士は、黒ずくめの男に顎で指示を与える。その冷酷な目には、小川代議士の本性が現れていた。
「まずい!…VIP roomに連れて行かれたら、そこで待っているのは死だ!」
そんな運命が待ち構えているとは考えてもいないであろうその珍客は、こともあろうに
「え?!VIP roomに招待してくれるんですか?太っ腹なイイ人だなぁ☆ よし、じゃあギョウザも追加しちゃお☆」
などと呑気なことをほざいている。
黒ずくめの男二人に両脇を固められ、VIP roomに向かうべく、テーブルの下に隠れる俺の方へ近付いてきた珍客。
俺は、本来の目的と人命救助と、どちらを優先すべきか躊躇した。
その心の迷いが、これまでの集中を途切れさせていた…。
「ん?……小田切?!」
俺は、あまりに予想外の展開に思わず声を出してしまったのだ。
黒い革ジャンと革パンツのせいで気付かなかったが、どっからどう見てもその珍客は小田切だった…(-_-;)
さらに最悪なことに、声に気付いた小田切に発見されてしまう。
「あれ?先輩じゃないですか!そんな所で何やってるんですか?かくれんぼですか?」
当然ながら両脇にいた黒ずくめの男二人にも気付かれる。
「貴様ッ!」
「てめぇ!ダンディーだな!」
こうなってしまっては、討って出るしか手はなかった。
「チッ!!」
バン!バン!
一瞬で両脇の二人を片付ける。
「ちょっと先輩!なんて事するんですか!太っ腹なイイ人達なのに!」
「お前、どこまでお人好しなんだ…」
突然の銃声に会場の客たちはパニックを起こし、悲鳴を上げながら我先に会場から逃げ出す。
小川代議士も、黒ずくめの男たちにガードされて会場から出て行った。
会場に残った黒ずくめの男たち全員が隠し持っていた銃を抜き、テーブルの陰に隠れて銃を構えた。
「皆さん、なんでモデルガンなんか持ってるんですか?」
この期に及んで未だ状況を把握してない小田切。
バン!バン!バン!
その小田切の足元で、銃声とともに火花が散った。
「ちょっと!それ本物じゃないですか!」
「何を今さらアホなこと言ってんだ!死にたくなかったらお前もさっさと隠れろ!」
小田切は慌ててテーブルの陰に隠れる。
「ここに残ってるのは全員、どっかのマフィアのメンバーだ」
「マフィア?…ってことは悪い人じゃないですか!」
「そうだよ!だからお前もコレで応戦しろ」
俺はコルト1丁を投げて渡した。
「なんだ、こっちにも銃があるじゃないですか☆ こんな物、どうやって手に入れたんです?」
「詳しい話は後だ!今は奴らを片付けることに集中しろ!」
「わかりました!要は悪い連中を倒せばいいんですね?」
「そう言ってんだろ!奴らを倒すか、俺達が倒されるかだ!」
「だったら任せてください☆」
「任せろって…おい…」
小田切はテーブルの陰から突然立ち上がると、バン!バン!バン!バン!…と銃を連射した。
「……(; ゚ ロ゚)!!」
正直、圧巻だった。
小田切は、一度の連射で黒ずくめの男たち全員を倒していた。
「一網打尽てやつですね☆ま、脇役なんてこんなもんです(^O^)」
「お前…そんな射撃の腕…どこで…」
「子供のころゲームセンターで鍛えましたからね☆」
「ゲームセンター……」
「悪者も片付いたことだし、先輩も一緒にラーメン食べましょ☆」
「いや、まだだ… まだジョーが残ってる」
「え?ジョーって……まさかスナイパー・ジョーがココにいるんですか?」
「ああ。おそらく今もどこかからチャンスをうかがって…」
ズキューン!…
「ぐわッ!…」
「先輩ッッ!!」
=つづく=
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます