第6話 スナイパー・ジョー
ポ~ン…♪
エレベーターが5階に到着すると、何人かの屈強そうな連中と、それに比べてひときわ貧弱そうに見える流しの龍と、最後にスナイパー・ジョーが降りてきた。
「本当にダンディー刑事を捕らえたんでしょうね?」
言葉と口調は穏やかだが、ジョーの発する一言一言は、まるでカミソリの刃のような鋭さと冷たさを感じさせる。
「もちろんですよ☆そうでなきゃ、わざわざこんな所までお呼び立てしませんて☆」
龍は、かなり上機嫌だった。
「こんなこと言うのも何なんですが…言われてた報酬の方、ヨロシクお願いしますね☆」
龍は軽く腰を曲げ、揉み手をしながらそう言った。
「もちろん約束しますよ。このドアの向こうに本当にダンディー刑事が捕らえられていれば…ですがね」
「へへへ☆どうぞ御覧ください☆」
ガチャ!
満面の笑みでドアを開けた龍だが、その表情は見る見る焦りと困惑の表情へ変わっていった。
「私が知っているダンディー刑事は、そこに倒れてるゴリラでもなければ、隣の部屋で裸で吊るされてるお兄さんでもないんですがね…」
「こ、こんなはずは…」
ジョーは、スーツの下のホルスターから、やたら銃身の長いリボルバーを抜いた。
「いや、ちょっと!待ってくださいよ!仮にココを抜け出せたとしても、まだそう遠くへは行ってないはずなんで!」
ズキューンッ!
冷めた眼で龍の顔を見据えたまま、狙いもつけずに放った銃弾は、龍の頬をかすめ、小田切が吊るされてる太さ2cmほどしかないロープを切断した。
もちろん、ジョーの手元が狂ったわけではない。
次は殺すという警告と、見苦しいものを見たくないという思いで撃った一石二鳥の一発だったのだ。
焼けた鉄を押し付けられたような熱さと痛みが襲った龍の頬には、横一文字に血が滲む。
龍はヘナヘナと尻もちをついた…。
「痛~い…」
脳天から床に落ちた衝撃で、小田切はやっと気がついた。
「ん?何で僕ロープで縛られてんだろ?しかも裸だ……それにお尻の穴も少しヒリヒリする…」
小田切は、記憶の断片を思い返す。
「先輩と尾行してた男が姿を消して…ビルの間の狭い隙間を調べてたときに突然何かに捕まって…変な匂いのする布を口に当てられて………おかしいな…その後の記憶がない…何で裸なんだろ?何でお尻が痛いんだろ?」
記憶がない方が幸せなことがあるってことを小田切は知る由もなかった…。
周りを見回すと、そこは生活感のない空間で、中央に設置された対面式スチールデスク以外には家具もなく、曇りガラスが嵌め込まれた明かり取り用の窓と、一つの壁に大きな鏡が付いているだけの殺風景な場所だった。
その鏡の中心近くに、ジョーの撃った弾丸が貫通した直径1cmほどの穴が空いていることに、小田切はもちろん気付かない。
「先輩はどこ行っちゃったんだろ?…てか、その前に、まずは服を見付けないと…こんな姿を誰かに見られたらマズイし……」
しかし、部屋の中に服は見当たらない。
「困ったなぁ…ひとまず廊下に顔だけ出して助けを呼ぶしかないか…」
小田切は、両手両足を縛られた状態のままドアのところまでピョンピョン跳ねて進んだ。
そのまま後ろ手でドアノブを回そうとしたとき、ドアノブが老朽化していたことと、後ろ手で力加減をあやまったせいで、バキッ!とドアノブが根元から折れてしまった。
「うわっ!折れちゃった!…どうしよ…どうしよ…」
どうしたら良いか思考が定まらない小田切は、部屋の中をピョンピョン飛び跳ねて慌てふためいていた…。
「やはり無駄足だったようですね…」
龍の眉間に銃口を向けたまま、ジョーは冷たく言い放った。
「す、すぐに手下に探させますんで!」
「当然です。服を着たゴリラの死体と、裸で縛られたお兄さんが部屋の中をピョンピョン飛び跳ねてる光景を見せられただけでは、ここまで来た価値がありませんからね」
「飛び跳ねてる?」
「早くしないと、もう一人の刑事さんまで逃げられてしまいますよ?」
「あ!あの野郎!」
ガラス越しに小田切の姿を確認した龍は、大慌てで部屋を出ていく。
しかし、肝心の小田切がいる部屋のドアは開かない。
「野郎、中からカギかけやがったな!このオカマ野郎!おとなしくドア開けやがれ!」
開かないドアに怒鳴りつけながら、どれだけガチャガチャやってもドアノブは動かない。
するとドアの向こうから、
「すみませ~ん!入ってま~す!」
と、だいぶ場違いな返事が返ってきた。
「バカにしてんのか!この野郎!」
龍の焦りと苛立ちは頂点に達し、八つ当たり気味に開かないドアを何度も蹴り飛ばした。
「…つくづく失敗続きですね。ガラス越しとは言え、私の顔を見られた以上、あの若い刑事さんにも死んでいただかなければなりませんのでね」
「それは大丈夫、顔は見られてないはずです!この部屋は、元々は警察の取調室なんでマジックミラーなんですよ!こっちからは見えても向こうからは見えてませんから!」
「…そうですか、それなら良かった。しかし、この手でダンディー刑事を始末出来なくなった苛立ちと、貴重な時間を無駄にした代償は誰かに支払ってもらわないと…」
「え?」
ズキューン!…
またもや狙いも定めずに放ったジョーの弾丸は、今度は動かなくなっていたドアノブを撃ち抜いていた。
ガタガタ震える龍の足に温かい物が伝わり、ズボンにはシミが広がっていく。
「これでドアは開きました。それとも、部屋の中の若い刑事さんの代わりに、龍さん、あなたが苛立ちの代償を支払ってくれると言うのですか?」
「そんな!とんでもない!」
「だったら早く動いた方が良いですね。間違ってもズボンと下着を換えてるヒマなどないと思うのですが…」
「は、はい!もちろんです!このオカマ野郎ぉ~!」
ガチャッ!
龍は勢いよくドアを開けた…。
「どうしよ…どうしよ…」
小田切は思考が定まらずオロオロしていた。すると、ドアの向こうで話し声が聞こえてきた。
「うわ!誰か来た!…ヤバイ…どうしよ…」
身を隠す場所もなく、ますますオロオロする小田切。
「このオカマ野郎!おとなしくドア開けやがれ!」
「??…オカマ野郎?それって僕のこと?」
対応に困っていると、相手は、さっき自分が壊してしまったドアノブをガチャガチャし始めた。
「もしかして、ここをトイレと間違えてんのかな?…」
ドアを開けようとしている人物は、かなり焦っている様子でドアをガンガン叩いているようだ。
「すみませ~ん!入ってま~す!」
諦めてくれることを願ってそう答えたのに、
「バカにしてんのか、この野郎!」
相手は諦めてくれるどころか、焦りが怒りに変わってしまったようで、
ズキューンッ!…
と、ピストルでドアノブを破壊した。
「そんな!そこまで我慢の限界だったの?…でもヤバイ、こんな姿を見られたら警察に通報されちゃう!」
ガチャッ!とドアが開く音と、ガチャーン!とガラスが割れる音が、部屋の中に同時に響いた。
脳ミソがパニクった小田切は、そこが何階かを確めることもなく、明かり取り用の曇りガラスを突き破り、窓の外に飛び出した…。
「ははは…あの野郎、ビビって窓から飛び降りやがった☆」
部屋に入った龍は、小田切が飛び降りたことを知って少しホッとした。
「ジョーさん、あの野郎、自分から死を選びましたぜ☆」
「確めた方が良いのでは?予期せぬことが起こる時は、立て続けに起こるものですよ?」
「確めるも何も、両手両足を縛られた状態で5階から飛び降りたんですぜ?脳ミソぶち撒けてるシーン見るのは、あまり好きじゃないんですがね…」
龍は、そう言いながら、割れたガラス窓から下を覗きこんだ。
「………あれ?」
真下にあるはずの小田切の死体がない。
よく見ると、少し先に、荷台に何頭ものブタを乗せたトラックが走っている。
ひしめくブタに混じって、ときおり人間の尻が見え隠れしていた。
「あ…あの野郎…」
龍は、遠ざかるトラックを眺めるしかなかった。
「やはり、また予期せぬことが起こったのですね…」
「すぐに追いかけま…」
振り向いた龍の鼻先に、ジョーの銃口があった。
ズキューンッ!…
ジョーの手によってカスタムされた弾丸の破壊力は、龍の首から上を吹き飛ばしただけでなく、体まで窓の外に放り出すほどのすさまじい威力だった。
「計画性もなく、先も読めず、思いつきだけの言動……私は大嫌いなんですよ…そういう愚かな人種のせいで今日は貴重な弾丸を3発も無駄にしてしまいました」
本来、小田切の死体があるはずだった場所に、首から上を失くした愚かな人種の死体が横たわっていた…。
=つづく=
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