第167話 ちょ待って!

王 「どうした、早く命令を伝えに行け」


マルス 「陛下……その…、学園の、人質の中にはアイラ姫もいらっしゃるとの事なのですが…」


クレイはアイラ姫の事は知らなかったが、姫というからには王族なのだろうとは想像できる。


王 「分かっておる……。それでもじゃ!」


宰相は、姫が居ると聞いても驚く事もなく、ただ口を結び目を閉じるだけだった。


姫が在学中である事は宰相ももちろん知っていたが、王の心痛を慮り、あえてその事には触れず、身代金を払ってでも人質の安全を優先しようと言ったのだ。


王が黙ってさえれば、そのまま押し切るつもりであった。


だが…ミト王はそれをよしとはしなかった…


王 「確か前回、同じような事件があった時、人質もろとも犯人を殺して解決したはずじゃ」


マルス 「ですが、前回の人質は平民でした。今回は…」


王 「バカモノ、平民なら殺しても良いなどと騎士が考えるな! 貴族・王族は国を守るためにその地位に居るのだ。いざという時には命を捨てるのが仕事だ。それを忘れるでない」


マルス 「…申し訳…ありません!」


王 「王の娘が居たからといって方針を違えるようでは、国を守る王として失格じゃろうて。


アイラも王族の端くれ、覚悟はできているじゃろう…」


ルル 「王道は非情なんにゃね…」

リリ 「立派な王様にゃ…」


王 「さぁマルス、早く行ってジャクリンに伝えよ」


マルス 「はっ!」


クレイ 「ちょ! 待って! 待って!」


堪らず、クレイは口を挟んでしまった。


ジャクリンの実力と性格を知っているクレイには、この後の結果が容易に想像できてしまったのだ。


ジャクリンは(もちろん騎士団の精鋭たちも)十分な実力がある。彼らにそのような命令を下せば、問題なく実行し、迅速に解決するであろう。


だが、命令を忠実に実行し、人質の事など考慮しない容赦ない攻撃で、大量の被害者が出るだろう。


テロには屈しない。例え人質もろともであっても、犯人を殺す。それが、この国としては正しいやり方かのかも知れないが……


クレイ 「……私に…やらせてもらえませんか?」


王 「……騎士団の代わりにお主が突入するというのか?」


クレイ 「正面からではありません。私ならおそらく、犯人に気付かれずに学園内部に侵入する事ができます」


王 「ほう?!」


クレイ 「政や戦争、事件などに首を突っ込むつもりはありませんが……私は冒険者ですから、依頼を出してくれれば引き受ける……事も検討いたします」


宰相 「どうやって侵入する? 実は学園の内部に転移ゲートを既に持ち込んであるなどとは言わんよな?」


クレイ 「それは…冒険者としての私の能力に関わる事なので、手の内を明かす気はありません。方法については一切問わない追求しない。それが依頼を引き受ける条件です。約束して頂けないなら引き受けられません」


王 「……本当にできるのだな? 生徒達を無事に救出する事が?」


ブランドとワルドマはハラハラしながらも、王とクレイのやりとりを見ているしかできなかった。確かにクレイならできるかも知れないが……二人共そこまでクレイの能力を把握しているわけではなく、何とも言えない。


クレイ 「あ~すいません、正直、どこまで上手くやれるかは保証はできかねます。ただ少なくとも、正面から騎士団を突入させて力尽くで解決を図るよりは、被害を少なく押さえられそうな気がしますが…」


ルル・リリ 「私も手伝うにゃ!」


クレイ 「いや、今回は俺一人でやる。大勢で行けば却って目立ってしまうだろう?」


ルル 「そ、そうにゃ?」

リリ 「大丈夫にゃ?」


クレイ 「大丈夫だ!」


王 「…よかろう。約束する。方法・能力については委細問わぬ。


…ゼロとは言わぬ、被害を少しでも減らしてくれればありがいたい。


――頼む、どうか子供達を、そしてこの国を救ってくれ」


深々と頭を下げるミト王。


クレイ 「引き受けました。報酬については後で相談という事で!」


クレイはそう言うと廊下に走り出した。




  * * * *




飛び出したはいいが、実はクレイは学園の場所を知らなかった。


だが問題ない。クレイは走りながらエリーに連絡をとり、王都の地図を左眼の義眼の視界に表示してもらったのだ。学園の場所を教えてもらい、さらには学園の内部の間取りについても表示してもらった。


※直近の事象の記録が取り出せない問題点が判明したザ・ワールドレコードであるが、建物が建ったのは昔の事なので情報を取り出す事が可能なのである。(直近に改装されたり破壊されたりしていた場合、その情報は表示されないが。)


身体強化を使い、猛スピードで走っていたクレイだったが、地図を見て冷静になり立ち止まった。


最初は学園まで【加速装置】を使って走って行くつもりだったのだが、【転移】を使ったほうが早い事を思い出したのだ。【加速装置】つまり魔導具フル稼働による高速移動も肉眼で見えないほど速いが、転移による移動はもっと速い。


クレイは、今度は “今現在、学園内部に居る人間の位置” をマップの上に表示させた。これはザ・ワールドレコードの情報ではない。物理的な物や人の位置関係を走査スキャンして表示させる事は、転移魔法の機能の一部として組み込まれているのである。(これができないと、転移先に何があるか分からず、壁や人と重なった位置に転移してしまいかねない。)


ただ、クレイが個人的に使える能力では転移先の周囲だけしか見えない。そこで、リルディオンに学園内全域の走査スキャンを行ってもらったのだ。


これらの情報を街や建物の地図マップと重ねれば、学園内部の人間達の位置もすべて分かる。


表示されたマップの中に生物が小さな丸印で表示される。統計情報も表示できるので、学園内に現在五百余人が存在しているのが分かる。テロリストは十数人、それ以外は生徒か学園職員であろう。


できればその全てを傷つけずに解決したい。クレイは奥の手を使う事にした。勝算が、それもかなり高い確率での勝算があったから、クレイもやれると名のりをあげたのだから…


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