前のエピソード――第143話　クレイを取り込みたいダイナドー

トニノフ　「おい！　それでそのクレイという冒険者は今どこに居る？」

見張り　「それが……」

街にクレイが戻ってきたとの連絡を受け、トニノフはヴァレットの街に飛んで行った。（王都からヴァレットの街まで馬車で６時間という距離である。馬車を使わず馬に直接乗り、馬を使い潰す勢いで走らせれば１時間ほどで移動できる。）

だが、見張りは何故か、肝心のクレイの居所を見失ったというではないか。

自宅にも居ないし、クランの拠点にも居ない。

まさか領主邸に行ったのかと探りを入れてみたが、領主は王都に出かけたと言う事で不在であった。

実はトニノフが王都でダイナドー侯爵に報告している時、クレイもまた王都に居たのだが。

クレイは転移で簡単に移動してしまうため、見張り達も足取りが追えないのだ。

ルルとリリの奴隷解放手続きを終えたクレイ。二人は解放された後もクレイと一緒に活動する事を希望したが……

クレイ　「家に帰らなくていいのか？　確か、家の窮地を救うために借金をして奴隷になったと聞いたが？」

ルル　「連絡とってみたにゃ。家はなんとかなったらしいにゃ」

リリ　「家にはもう一人妹が居たにゃ。その妹がどこかの貴族と結婚して、資金援助を受けたって聞いたにゃ」

ルル　「家族に奴隷に堕ちた者が居ると、貴族にとっては不名誉な話になるので、もう戻ってくるなと妹に言われたにゃ」

クレイ　「もう奴隷じゃないから大丈夫では？」

リリ　「たとえ解放されたとしても帰ってこないで欲しいと言われたにゃ」

ルル　「だからもう戻る気はないにゃ」

クレイ　「そうか……なんだか酷い話だな」

ルル　「仕方がないにゃ」

リリ　「正直、実家にはあまり良い思い出もないにゃ。だからこのまま冒険者をするにゃ」

クレイ　「そうか…

…だが、俺はしばらく冒険者は休業するつもりだ。お前達も少し自由を満喫したらどうだ？　せっかく王都に居るんだし、ゆっくり観光でもしてみたらいい」

ルル　「…クレイはヴァレットに帰るにゃ？」

クレイ　「そうだにゃ、いや、そうだな」

リリ　「じゃぁ一緒に帰るにゃ」

クレイ　「別に帰ってもやる事はないぞ？　ヴァレットは無骨な冒険者の街だから、王都ののように華やかな店とかないしな」

ルル　「別行動するのはなんか抵抗があるにゃ」

リリ　「別れて行動している間に居なくなったりしないにゃ？」

クレイ　「そんな事はしないさ」

ルル・リリ　「……」

クレイ　「わかったよ、じゃぁ俺も残る。王都観光した事ないのは俺も一緒だしな。それならいいだろう？」

と言う事で、三人揃って王都の高級宿に泊まる事にした。

ダンジョン購入の分割払いの最初の振込もヴァレット家からあったし、ダンジョンで手に入れたレア素材もいくつか売却したので、資金は豪遊しても使い切れないほどある。

特に予定もなく行き当たりばったりで、のんびり街を散策するだけという贅沢をする事にした。

クレイ　「そのうち王都に家を買ってもいいかも知れないな」

ルル　「王都に拠点を移すにゃ？」

クレイ　「いや違うよ。拠点は拠点でも、転移用の拠点さ。だから小さくていい」

転移は人目を避ける必要があるため、色々と気を使うのだ。王都に家があれば、ヴァレットの家から人目を気にせず直接転移で移動できるようになる。

ヴァレット家の屋敷を使わせてもらう事も不可能ではないのだが、家を出た身なのでそれはしたくないクレイであった。

そうして三人の休暇が始まったのだが…

…結局クレイとルル・リリは別行動をしている。

クレイが言ったように、王都には華やかな店がたくさんある。そこでルルとリリがショッピングをしはじめてしまったのだ。奴隷のままでいいと言っていたルルとリリであるが、やはり解放されて文字通り開放感はやはりあった。貧乏冒険者から奴隷落ちという経験しかなかった二人であるが、資金も潤沢にあるし、王都で服とか靴とか女性らしい買い物を始めたら、止まらなくなってしまったのであった。

女の買い物は時間が掛かる。男性はそれをただ待っているしかないものである。すっかりクレイは手持ち無沙汰になってしまったのであった。

だがクレイも自由人。ルルとリリの買い物を待ってやるほど堪え性もなく、別行動を始めてしまったのだ。

もちろん、一応ルルとリリに声は掛けたが。ルル・リリも、クレイを待たせた状態で落ち着いて買い物もできないので、夕方には宿に戻るという約束で、別行動を承諾したのであった。

そして何故か……

気がつけば、クレイは王都のダイナドー侯爵の屋敷に居たのであった。