第65話 マシンガン炸裂
クレイ 「ふん、卑怯者め」
罵りの言葉を呟きながら、しかしクレイは不敵に笑った。
何が卑怯かというと、ダードは実はフライングしていたのだ。と言っても、普通なら問題にならないほどのごく極めて短い時間であるが。コウガイの「ハジメ」という掛け声の「ジ」が終わり「メ」を言う直前に移動を開始していたのだ。
早く戦いを始めたいというダードの急いた気持ちがそうさせてしまったのだが…クレイの攻撃の気配を察知したためという事情もあった。開始前から発射準備を完了した魔導砲の気配に、ダードの【回避】スキルはビンビン反応しており、その銃口の真正面から移動したくなるのを押さえるのが大変であったのだ。
スキルによる高速移動は、常人では捉えられないほど速い。離れた距離だから見えたが、至近距離だったら消えたと錯覚していただろう。
だが、クレイもダンジョンに入ろうというのだ、準備は万端であった。模擬戦の開始に合わせて身体強化の魔道具を全てオンにした。クレイは身体の加速だけでなく、視力と思考速度を加速する魔道具も常に身につけている。オンにした瞬間、世界の動きがスローに変わる。おかげでダードの動きもちゃんと見えていたのだ。
…実は、『ハジメ』のジのところで魔道具をオンにしたのでギリギリのタイミングであったのだが。なぜギリギリにしたかというと、魔道具のエネルギー切れを心配し、直前までオフにしていたためである。
クレイが身につけている身体強化用の魔道具は、動力源である魔石からの魔力の供給量を絞る事によって使用モードを分けている。
モードCは省エネモード、30%の効率モードで40~60分効果が持続できる。
モードBは60%の効果で活動時間は15分~20分というところ。
モードAはフルパワーモードで3~5分しか持たない。
(さらにその上にブーストモードも用意してあるが、極端に活動時間が短くなってしまうのでここぞという時の緊急用である。)
ダードが実はAランクの冒険者であり、しかも特殊なスキルを持っていると聞いたクレイは、最初からモードAで起動した。活動時間は限られるが、手加減して勝てる相手ではない。
ダンジョンアタックに向けて、クレイは交換用の魔石も大量に用意してきている。マジックバッグの中にあるそれを出して交換すれば長期継戦も可能である。だが、さすがに戦闘中に魔石を交換する時間をダードは与えてはくれないだろう。
それに、これまでの模擬戦を見ても、それほど長期戦にはならないはずだ。
開始の合図と同時に発射された魔導砲の弾丸は、轟音を立ててダードの居た場所の後方の地面を大きく抉り、クレーターを作った。だが、ダードは余裕でそれを躱し、距離を詰めてくる。攻撃が直線的、かつ、発射にタイムラグのある魔導砲などダードの敵ではないのだ。
ただ、クレイの予想に反して、ダードの進撃の速度はそれほど速くなかった。なるほど、ダードのスキルは横方向の回避に特化されているという事を理解した。
つまり、ダードは基本、高速で敵の攻撃を回避しながら、横へ横へと回り込むように徐々に距離を詰めてくる戦法なのである。
だが、スキルを使わなくても身体強化は使える。それもAランクの冒険者である、動きは決して遅くはない。むしろ一般人からしたら見えないほど速い。30メートルほど離れて開始した模擬戦であったが、ダードとクレイの距離は一瞬であと5メートルまで近づいていた。もちろん回り込みながらである。
これでは、脚付きの魔導砲の銃口を横へ横へと逃げるダードに向けて二発目の魔導砲を撃つ事は無理であった。
* * *
クレイは、地球に居た頃、ネットチューブで “銃を持った警察官よりナイフを持った犯人のほうが強い” という動画を見たことがある。
5メートルくらいの距離であれば、警察官が銃を抜いて構えるよりナイフで襲いかかってくる犯人のほうが速い、という内容である。
だがそれは、犯人がすでにナイフを抜いているのに警察官が銃を収納した状態という条件であった。
同時に構えた状態でスタートなら、やはり銃のほうが圧倒的に強いはずである。
クレイは魔導砲が躱される事は織り込み済みで、短銃を準備していた。(というか、魔導砲が当たらないと思っていなかったら、さすがに人に向かっては撃てなかっただろう。)
短銃も構えていたというわけではない、あくまで気持ちの準備の問題である。魔導砲で二撃目三撃目が撃てる可能性に期待して、手は魔導砲のグリップを握っていたからである。
だが魔導砲の二発目は無理と判断したクレイは即座に短銃を取り出して構えた。クレイは手の平の収納魔法陣から瞬時に銃を取り出して構える事ができるのである。
側面に回り込んできたダードに対し、クレイは既に短銃を両手持ちで理想の射撃体勢を取っていた。
躊躇なく引き金を引くクレイ。
だが、ダードには至近距離であっても攻撃は当たらない。魔導銃の弾丸は音速を超えるが、発射するまでのタイムラグで横へと移動されてしまうのだ。
慌ててダードを追って銃口を旋回させるクレイであったが、ダードのほうが常に一歩速い。とんでもないスキルである。明らかにクレイの “銃” とは相性が悪い。
* * *
ダードはこれで決着するつもりであった。クレイの反応の速さには少し驚かされたが、弓士や魔法師などの遠距離攻撃が得意なタイプにはほぼ負けなしのダードである。接近してからの第二撃目を躱し、踏み込んで腕を切りつけて戦闘不能にする、いつも通りの作業である。
だが、クレイは弓士でも魔法士でもない。そして使っているのは新開発のオートマチック銃である。
リボルバーにこだわりのあったクレイであるが、魔物と対峙するようになって、やはり弾数と連発性能の必要性を感じ、結局マシンガンの製作に踏み切ったのだ。もともとリボルバーにクレイが拘っていたのは、『格好いいから』という以上の理由は何もないのだから。
通常、弓士や魔法使いは連発が苦手である。魔法使いは呪文の詠唱が必要だし、弓は一本ずつ矢を番えて射る必要がある。先程のジョンのように高速連射技術を持った弓士も居るが、速いと言っても所詮は弓矢、たかが知れている。だが、クレイの機関銃は予備動作もなく、弾が尽きない限りは高速連射を続けられるのだ。しかも実態はレールガンなので連射の熱による不具合等も発生しない。
危険を察知したダードが連続で横移動を続けるが、それをクレイの連射が追ってくる。
ダードも速いがクレイも魔道具による身体強化で加速しているのだ。そして、いくら高速で横移動できるとは言え、円周上を移動するダードよりより銃で円の中心で回転するクレイのほうがやはり有利である。しかも、ダードは【回避】を発動中にさらに【回避】を二重発動する事はできなかった。
短いような長いような攻防の間に数発の弾丸がダードの身体を掠った。そのダメージでダードの動きが鈍り始める。鈍った結果、さらに弾丸が直撃し、さらに動きが鈍っていく。結局、数発の弾丸が直撃し、ダードはたまらず後退せざるをえなくなったのであった。
チャンスである! そのまま一気に追撃して押し込みたかったクレイであったが……
残念ながらクレイの銃もそこで弾切れになってしまっていた。
仕切り直しである。
ダード 「…くそ、やるな…だが俺もAランクの冒険者だ、この程度で引き下がるわけにはいかんのだよ…」
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