第57話 治療完了
目論見は失敗に終わってしまった。どうやら魔力を吸引する魔法陣が、保護膜の魔力を吸いとってしまうようなのだ。
魔法士 「魔力が吸われていきます、すごい勢いで……無理に維持しょうとすると、とんでもなく魔力を吸い取られてしまって…とてもじゃないですが、持ちません…」
結局、魔法でコーティングする方式は失敗に終わってしまい、魔法使いは金を受け取って帰っていった。
ケリー 「……魔法陣の上から包帯で保護したらどうかしら?」
クレイ 「包帯なら魔力の吸収を妨げる事はないでしょうが、上から擦ったら消えてしまう可能性はあるでしょうね…ヘタに魔法陣の一部だけが消えてしまった時に何が起こるかは、ちょっと保証できかねますので…」
ゲオルク(ラーズ子爵) 「つまり、また
魔法陣を焼印方式で火傷として刻んでしまえば確かに擦れて消えるという事はなくなるが…それには痛みが伴う。
クレイ 「それでは、麻酔が掛けられる魔法士を呼んで下さい」
ゲオルク 「それが…その…」
クレイ 「?」
ゲオルク 「麻酔ができる魔法士は呼んでいないんだ。保護魔法の案を思いついて、舞い上がってしまってな…」
クレイ 「ならば、待ちますから、これからすぐに呼んで下さい。え? 領内に居ない? 王都まで呼びに行かないといけない? であれば、魔法師の準備ができるまで、また後日ということに~」
ケイト 「いえ! 大丈夫です!」
ケイト自身が大丈夫だから今日やってほしいと言い出した。
ゲオルク 「しかし…」
クレイ 「かなり痛みがあるよ? 大丈夫かい?」
火傷というのは地味に長く痛むものだ。ケリーは泣き言は言わなかったが、しかし実は結構痛そうにしているのを皆見ていた。大人のケリーは我慢できるが、まだ子供のケイトには酷であろう。
だが、ケイトは大丈夫だと行って譲らなかった。ケリーもその様子を見て、よくぞ言った、それでこそ自分の娘だと、一緒になって大丈夫だと言い出す。
結局、クレイは施術する事にした。
ケイトは意志の強い眼を見せていた。まだ幼いながらも、ラーズ家の次女として、母と父に迷惑をかけたくないという強い思いを持っていたのだ。
熱が加わるのは一瞬である。特に、長持ちさせなくてもよいならば、皮膚の表層だけ浅い熱傷を残す程度でも良いのではないかと一瞬思ったクレイであったが、幼いが故に高い自然治癒能力を持っているかも知れない。成長とともに身体も大きくなる。それで魔法陣が歪んだり消えたりする可能性もある事を考えると、やはりキッチリ深く
幼女の真っ白な下腹部にそんな事をするのは抵抗があったが、意を決してクレイは魔法陣をケイトの柔肌に刻む事にした。
施術は一瞬で終わった。ケイトは黙って耐えていた。強い子だ。
消す必要が出た時には治癒士に頼めば消す事もできるだろう。逆に、魔法陣を刻んだまま生きるなら、時々成長による歪みがないか確認して、場合によっては再度施術し直す必要があるかも知れない。
数日様子を見た後、クレイはヴァレットに戻った。またしばらく様子を見る必要があるが…
経過は良好だという報告がラーズ家からは届いた。ケイトはその後、ケリーと同じように魔力生成器官が働き始めたらしい。
それから三ヶ月ほどして、再びラーズ子爵に呼ばれたクレイ。ケリーの時より早いが、ケイトの魔法陣は先日、治癒師によって消されたそうだ。
クレイは、ラーズ子爵の屋敷に着いた途端、ケイトに飛びつかれた。ケイトは嬉しそうに初級魔法を見せてくれた。
クレイが呼ばれたのは何か問題が起きたという事ではなく、治療が成功したお礼をしたいと言う事であった。
ゲオルク 「わざわざ呼び立ててしまって済まない、礼を言うのならこちらから出向くのが筋なのだが…」
クレイ 「いえ、大丈夫ですよ。閣下は領主、お忙しいのは分かっていますから」
ゲオルク 「閣下か。昔のようにゲオルクおじさんと呼んでくれないか?」
クレイ 「いえ、私は既に平民となった身ですから、線引きはきちんとしておかないと」
ゲオルク 「…そうか。ブランドも息子の態度がよそよそしいと嘆いていたぞ?」
クレイ 「大事なところでボロが出てしまう事がないようにしているのです。なぁなぁにしていると、気が緩んでしまいがちですから」
ゲオルク 「しかし、本当にありがとう、ケリーとケイトも魔力が回復して、貴族としてなんとかやっていけそうだ。それなのに君は逆に平民か…」
クレイ 「平民のほうが気が楽ですよ。貴族は大変だと思います」
ケリー 「その気持は分からなくもないです。クレイ……本当にありがとう、ケイトもすっかり元気になって、嬉々として魔法の勉強をしていますわ」
ゲオルク 「しかし画期的な治療法だな。枯井戸から水を引き出すための呼び水のように、魔力で満たしてやる事で器官が目覚めるのか…」
ケリー 「これは、同じような症状の人に新たな治療法として救いになるかもしれないわね」
クレイ 「この事は秘密にして頂けるという話だったはずですが」
ゲオルク 「分かっている、ブランドともそう約束した。約束は守るよ」
クレイ 「すみません、私は冒険者ですので。手の内はなるべく秘匿しておくのがセオリーでして」
ゲオルク 「クレイなら、立派に冒険者としてやっていけそうだな」
その後、謝礼に結構な大金を貰って子爵の屋敷を辞したクレイ。
クレイ 「しかし……やっぱり、俺の体には、魔力を生成する臓器そのものがないって事だよなぁ……」
その魔力を生成する臓器というのが体のどこにあるのか、実はこの世界ではまだ明確に解明されていなかった。それは心臓だと言う者も居れば、胃だという者も居る。中にはそれは腸だと主張する学者も居るらしいが、結局、心臓の下、胃の裏あたりにあるというのが定説となっているそうだ。
ただ、腸説がクレイには気になった。話を詳しく聞くと、腸の途中に突起のようにくっついており、場所は腹部の右下あたりだと言うのだ。
それはもしかして、地球の人間で言うところの盲腸に当たる場所ではなかろうか? 実は、クレイが気になったのは、クレイは過去世の地球で盲腸を取ってしまっていたからであった…。
もしかしたら、盲腸を残していたら違った結果になったのかもしれないなどと思うクレイであったが……そもそも、クレイは転移ではなく転生である。この世界の母から普通に生まれているのに、前世の病歴がそこまで影響を与えるという事もありえないとクレイもすぐに思い直したのであった。
結局、ケリーとケイトの件で十ヶ月も待たされたが、その御蔭で? クレイの魔導具製作も随分捗った。魔導銃も十数種類作ったし、弾丸も数千発準備できた。
また冒険者としてもそれなりに経験を積む事ができた。
そこで、しばらく街に戻らない旨をマスターに伝えて貰えるようギルドの受付嬢に託けて、いよいよクレイはヴァレットの街を旅立つ事にした。
目指すは古代遺跡型ダンジョンがある迷宮都市リジオンである。
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