そこに100円の人間がおるじゃろ?

平山美琴

第一話「お前の価値100円な」

「いい加減出てこい!」


 太くて低い、怖い声。

 外から鍵を壊そうと、ドアを蹴って、蹴って、蹴り続けている。

 ドアの隙間から見える瞳。──私を探しているんだ。


「は、働けないです。私の耳と尻尾を見て、気持ち悪がられて……」

「金が無いとこっちも生活できないんだよ、着いてこい」

「どこに、いくんですか……」

「働きに行くんだ、拒否したらバールでこじ開けて追い出すからな」

「はい……」


 鍵を外し、扉を押し開ける。大家さんは私を連れてどこかに行くけど、探ってはいけないと言われていたから何も言わなかった。


「………………」


──温かいご飯をくれた母も、生き方を教えてくれた父もいない。私には、家族が居ない。救いを差し伸べる天使も聖母も居ない。でも、壊れた陶芸品の山が私に似ている気がして、寂しい気持ちを埋めてくれた。


「お肉、お野菜、パン……美味しそうだなぁ」


 獣人しか持っていない野生の動物の耳と尻尾。髪の毛に見える毛皮。私がどんなに頑張っても、悪いものを見たかの様に気持ち悪がれるんだ。だから、いつも耳と尻尾が隠れる様に布をかぶっている。


「まだ続くぞ」

「はい」


 話し相手になったり、3人くらいでボードゲームを一緒にやったり、麻雀を何局か遊んだり……大家さんとその友達さんの相手をしていた。でも、こんな路地裏も、郊外も、見たことない。また別の遊びなのかな、と思いたかった。


■■■


 夢みたいに甘い匂いが部屋中に漂う中、傷だらけの椅子に座って着替えて欲しいと言われた。白くて綺麗な可愛い服。私にはちょっと似合わないだろうな……


「俺も馬鹿じゃないからな、ただ甘えさせるだけじゃダメだなって思ったんだ」

「えっと、はい……」

「家賃を払わず飯を他人から分けてもらう、いやしい馬鹿犬を競りに出せば解決するのではないかと思ったんだ」

「せ、せり……?」


「お前をんだよ」

──!?」


 大家さんが入り口から出ていくと、状況を把握しないまま幕が上がる。……人を、売る。そんな様子を見たことがなかったから、周りに見える人達を眺めることしかできなかった。


──私、人じゃないんだ。


「今回の競りは青髪の少女、身長148cmの小さな体です。メイドにも観賞用にも、ご自由に使用してください!」

「1万だ!」

「私は3万で売るわ」

「小さくて可愛らしいな、20万」


 素敵な洋服だなぁ。フリルがたくさん付いたワンピースとか、かっこいい帽子とか、泥の付いたTシャツとか。……20万かぁ、私の夕ご飯何日分かな。そのお金でもっと可愛い洋服を着れたら嬉しいな。


「さぁ、他の方!8万、20万、40万が出てきました!」


 また誰かが手を伸ばしている。かっこいい灰色のコートの隙間から見える白いシャツと赤いネクタイがこの場に溶け込んでいる筈なのに、本能が異常な存在感を感じ取っていた。


「100円」

「……え」


 食べ物一つ買える値段じゃない。馬鹿なんじゃないかと他の人たちも視線を集めたが、何一つ疑わずに彼は表情を変えなかった。


「…お客様、これは競りですよ?」

「だから、100円だ」

「この人は小綺麗で体力があり、大変価値があると考えられます。それなのに100円!?」

「はぁ……あー、触ってもいいか?」


 こいつ、話がわかってないな……と呟きながら彼は私に近づく。不機嫌そうだけど姿勢良く歩いている。なんだこの人……。

 司会は疑いも無く頭を縦に振って、男性を壇上に上がらせた。


「背と腹は綺麗だが、香水の匂いがやけに強いんだ。普段から風呂とかシャワーとか浴びてない……いや、浴びたことがないのかもしれないな」

「言われてみればいい匂いが……」

「しかも競りに出されてる時に一切抵抗してない。高くなっていく金を聞いて微動だにしてない。こんな奴買った所で、顔色一つ変えないだろうな」


 着替えてる時、少し気になる程度に部屋が甘いなと感じたのはそれだったのだろうか。でも、お風呂は入った事あるよ。最近は入れてないけど……


「金の価値もわからない愚民以下だ。芸の一つも覚えられないんじゃないか?飼い犬拾って番犬にした方がいいくらいの野郎だ。こんな奴誰が欲しい?」

「そんな酷い事言わなくても良いのに……」


 人生の中でここまでボロクソに言われたのは初めてだ。母も父も優しい言葉を掛けて育ててくれたから、こんなにショックを受けるのも初めてだ。最悪…でも世間的に見ればこれが普通なのかもしれない。そう、両親が優しかっただけ。


「……他の方!」


 視界は客に視線を集めるが、私を害虫を見るような目で睨んでから一人、また一人といなくなってしまった。静まり返った小屋の中、男性の吐き捨てた100円で競りは終わる。司会の人もいつの間にかいなくなっていた。


「あーあ、俺以外誰もいなくなっちまった!最悪だな」

「私を虐めて嬉しかった? 酷いよ……」

「あー。ちょっと黙ってくれ。」

「ふぇ……ふぇえ……」 


 できる限り声を抑えても、震える声と小さな涙が抑えられない。今までの孤独とか、辛い気持ちとかが一気に流れてきて自分では抑えられなくなっている。


「お、おい。泣くな……ドロップ、いるか」

「たべる……」


 こんなに甘い物を食べるのは数年振りだ。手を繋いでくれて、おんぶもしてくれる……いやいや、この人は優しい人じゃない。私に悪口を沢山投げてきた人だ。私を騙そうとしているかもしれない。


「よーし、よしよし……ごめんな、あんな酷い事言って。ハンカチ使うか?」

「うん……」


 いきなり優しくされて変な気分になる。自分に向けていた小さな悲しさが抑えられてきて、小さな疑問が出てきたので聞く。


「何であんなに酷い事言ったの?」

「そりゃ、競争相手を減らすためだ。当然だろ」

 私はこの人を最悪な人だと思っていたが、案外そうじゃないのかも?嬉しいけど、あんなに言う必要はあったのかな……。


「とりあえず、その身体綺麗にしようぜ。涙で凄い事になってるぞ」


 オレンジの味がして甘かったな、って思いながら手を引かれて歩いているけど、”あれー、ここだった気がするんだけどな”って呟きながらずっと同じところを歩いている。

 方向音痴……らしい。



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