第11話 その時、彼女は
——喰らえ。
煌々と燃え盛る灼熱が、涼華の手のひらから放たれる。
『
リザードマンを足止めする谷を、涼華の手から降り注いだ炎が包み込んだ。他の誰とも違う輝きと活力に溢れた魔法は、いとも簡単にリザードマンを一掃する。
残る魔力を霧散させて、涼華は砂嵐の晴れた青空を仰いでいた。
「お疲れ様、二人とも。無事に戦闘終了だ」
エルフの少年を抱えながら、私は二人のもとに戻る。涼華たちは魔力を霧散させていることだった。
辺りのリザードマンは全て気絶していて、誰一人として死んでいない。完全詠唱によるコントロールは成功と呼ぶに値する素晴らしいものになった。
砂丘に少年を座らせて、手元の水筒から水分を摂らせてやる。
パニックから解放された彼を前に、ネリネはしゃがんで笑顔を見せた。
「ボク、どこから来たの?」
「えっと……集落から。オアシスに水を汲みに行こうと思ってたら、砂嵐とリザードマンに出くわしたんだ」
「そうなのね。なら、お姉さんたちが守ってあげるから、オアシスの場所に水を汲みに行かない?」
ネリネはいとも簡単に私たちの目的を聞き出して、辿り着くための最短ルートを生み出した。気がついた時には全てを終わらせているこの人物の強さに、たまらず心の中で苦笑する。
「涼華ちゃん、メリア。それじゃ、花を探しに向かいましょう?」
果てしなく広がる砂漠の中に、綺麗な道筋が見つかった気がした。
それから歩くこと十五分ほど。少年の道案内に従って進んでいるうちに、目的のオアシスに辿り着いていた。
「オアシス、本当にあるんだ……」
私の横を歩く涼華は、砂漠の中に見つかった緑を見て感嘆の声を上げる。
久しく見ていないような気がしていた、辺り一面に広がる一色の緑。オアシスの中心部には、灼熱照りつける砂漠の中でも乾くことのない透き通った水があった。
「魔法で結界が張られている。なるほど、文字通りのオアシスか」
全員が足を踏み入れたところで、ネリネは早速情報を引き出しにかかる。
「私たち、オアシスに咲くっていう希少な薬草を探しているの。心当たりはない?」
少年に問いかけるネリネは子供の目線に立って、絶対に笑顔を崩さない。そんな彼女の姿を見て大きくなった私だからこそ、気恥ずかしさと懐かしさを覚えるのだろうか。
ともかく、少年はオアシスの端を指して言った。
「よく使う植物とかはあのへんだけど、あんまり詳しくないからわからない」
「そう。ありがとうね」
少年の言葉を聞いて、私と涼華はオアシスの中心部へと向かっていく。
ネリネに子を任せ、我々は薬草を探し始める。危険溢れる砂漠の中だという認識は忘れずに、落ち着いた足取りで歩を進めていく。
そのとき、ちょうど足元で微小な魔力反応を感じ取った。
「む、この辺りから魔力が」
「わかるの?」
「私の魔法は雷属性だからな。魔法の知覚には過敏なんだ」
魔力の流れをうまく追って、私は緑をかき分ける。気を抜けばすぐに見逃してしまうほど微小な魔力——草の中に目的のそれを発見したとき、私は思わず感嘆の声を上げた。
ヴァンクールらが指定した薬草とその花は、それだけ綺麗なものだったのだ。
「綺麗……こんなに素敵なの、見たことないかも」
「同感だ。言葉にできない美しさだな」
「ありがとうね、メリア」
「礼なんて不要だよ。そもそも、キミとネリネ、少年の力があったから辿り着けたんだぞ?」
涼華は一輪の花にそっと手を添えた。ふとした瞬間、彼女は女王のように美しく振る舞うことがある。
発見を終えたところで、私たちは少し離れたところにいるネリネたちに花を掲げてみせた。
ちょうど水場で水を汲んでいた二人は、私たちに気がつくと、水の入った水筒を掲げて返事をしてくれた。
「互いに目的は達成したようだな。あの子を送り届けた後で、王都に戻るとしようか」
涼華の同意を確認してから、私はネリネの方を見る。中心部での休憩も兼ねようと奥まで歩いたところで、ちょうど彼女は水属性の魔法を展開し始めた。
「ここからどこに行くにしても、自然の落ち着きを感じられるのはここくらい。少し休憩しましょう」
「終わったら、まずはこの子を送り届けるところからですね」
「敬語なんていらないわよ、涼華ちゃん。さて——
ネリネが右の手を握ると、青色の魔法陣が綺麗な輝きと共に展開された。陣を軸に開いたフィールドから、この場にいる私たちに魔力が流れてくる。
「水を魔力源にしているのか。相変わらず器用だな、ネリネは」
「生まれつき繊細な属性なのよ、私」
「あ、それについて聞きたい。雷の魔法だから感知が得意とか、そういうの」
「了解した。まず、属性についてだが——」
かつて大英雄が切り開いた魔法区分のうち、大衆が使用できるものは、四つの属性から構成される。
炎、水、土、風。天上の者たちから与えられる魔法は四の柱を基準とし、その派生や特殊系として、雷や植物、
また、選ばれし者たちの場合は事情が異なり、——いわゆる天才と呼ばれる彼らは、光魔法や闇魔法、特異なものでいくと血に関する属性などを持って生まれる。
「魔法使いは基本的に属性の性質を自分の特性として持って生まれる。雷や風は空気を伝うから、空気中に存在する魔力を感知しやすい。炎や水は人によって左右されるが、繊細な作業を主とする者や、豪快に力を使うことを得意とする者がいる」
ちょっとした講義を終えると、涼華は満足そうにお礼を言ってくれた。エルフの少年——基本的に、見た目で年齢の判断ができない——彼も、思っているより若いのか、興味を持ったように聞いていた。
「君の属性は火だから、豪快に戦うタイプなのかもしれないな」
励ますつもりで精一杯の言葉を述べたつもりだったが、伝わっているかどうかを確認する術は今の私にはない。少なくとも、ここまでのいざこざを申し訳なく思う気持ちは込めたはずだ。
涼華は僅かに思考した後、屈託のない笑みと共に言葉を返した。
「うん。人に迷惑さえかけなければ、一つの個性としても扱えるもんね」
……どうやら、私の心配は無用だったらしい。
その後もしばらく歓談を楽しんだところで、ネリネがぱんと手を叩いた。
「さ、休憩はこの辺にしましょう。この子、送り届けないとね」
魔法陣が消え去ると、少し前に見たばかりのオアシスが再び現れる。
「場所はここからどれくらいだ?」
「すぐだよ」
少年が指したのは訪れたのと反対の側。ちょうどオアシスを通り過ぎることになる。
先頭は私が務めよう。そう言ってオアシスの外へ一歩踏み出したその瞬間、——銀閃が私の目の前を駆け抜けた。
「ッ!?」
咄嗟に後退したものの、避けきれずに私の額から真っ赤な液体が溢れ出る。
リザードマンのような愚直な攻撃ではなく、敵を倒すために練られた無駄のない刃。このレベルの力を容易く操る者は、この砂漠において候補二つ以外に考えられなかった。
「このオアシスに餓鬼が一人? どういうことだ」
「……お前たち、先の逆賊の仲間か」
現れたのはバイキングのような衣装に身を包んだドワーフたち。集落を襲った奴ら同様に血の気が多く、高い殺意を持っていることが見てとれた。
「然り。その呼び名、王都に与する人間か。では殺す」
瞬間、私の方に無数の刃と弓矢が向けられる。
涼華やネリネは結界の中。私がいかなる魔法を用いたとしても、集団で現れたドワーフを吹き飛ばし、無傷でいるのは不可能だろう。
一歩下がれば安全地帯。しかしその先にはエルフの少年がいる。限られた空間で少年を守りながら戦闘を行うのは、あまりに分が悪い。
どうする? この人数を相手取ってオアシス内で戦えば流れ弾は避けられない。であればここで戦う以外に手段はないが、今の私に使える魔法で正面突破が成功するか?
その脳裏を過るのは、涼華に厳しく当たった私の姿。
——私だけ甘えて誰かを頼るなど許されたことではない。
『
まず二人、ドワーフの意識を刈り取った。
途端に飛んでくる無数の矢。跳躍と共にそれの回避を試みた私だったが、そこにワンテンポの遅れが生ずる——右肩に二本、左腕に一本の矢が突き刺さった。
雷を纏う脚で追撃を弾いたのち、私は最速でドワーフの軍勢の中に突っ込む。雷撃で十人ほどを吹き飛ばしてやると、奴らは僅かに狼狽を見せた。
しかし、流石に武人——着地してインターバルを置く間に無数の閃光が私を襲う。皮膚が何度か切り裂かれた。
それなりの傷は追うことになったが、ターゲットを私に向けることには成功した。
「雷魔法とは厄介だが、この数を相手にあと何度同じ動きが取れる」
「貴様らを蹴散らすまで」
……これでいい。オアシス外で起こったことは知られずに、一人で敵を蹴散らすことができる。
魔力を調節するため深く息をつき、直後に右腕へ電気を集中させる。
弓矢が私を穿つより先、私は右手を地面に叩きつける。瞬間、地より現れた雷の柱がドワーフの攻撃を全て隔てる。
こんなところで奥の手のスペアを使うことになろうとは思いもしなかったが、少なくとも私は、これこそが最善の手段だと思った。
「喰らえ必殺」
胸元に仕舞っておいた魔道具が光り輝く。
あれ以来力をうまく使えない私が、追い込まれた時に使おうと思って練り上げた奥の手。最大の魔法に必要な魔力の一部を、今ここで解き放つ。
——その直前だった。
「メリア!」
体が誰かの手によって引き寄せられる。いや、それが誰かということくらいよく理解していた。
「……涼華」
必死の形相で、震える手を私の肩に置くその少女。この逆賊たちを前にして、計り知れない恐怖があるだろうに。ネリネに少年を任せて、何が起こっているのかもわからぬオアシスの外へ足を踏み出したに違いない。
「こんな魔力持ってたんだ。やっぱりすごいね、メリアは」
「……奥の手だった。あれだけの力、今の私には扱いきれない」
涼華にはまだ伝えていない事情がある。
この聡明な彼女のことだ。薄々と察してくれているのかもしれないが、私はまだ想いに応えきれていないということになる。
「大丈夫。いつまでも守られてばかりじゃいられないし、だからと言ってあの人たちを殺したくはない」
涼華は震える手を私から離し、もう片方の手で自分を制するように力強く押さえつけた。
「待ってて。いい加減、これ以上キミを傷つけさせない」
まだ魔力が残っている圏内から彼女は出ていく。
この程度平気だと、そう言おうとした。
でも、黒い装甲に包まれた背中を前にして、私は何も言えなかった。
「私の仲間に手を出すなら、許さない」
彼女の装甲が鱗に変わる。涼華の白い肌が黒と混ざり合い、粒子となり、巨躯を形成する。
その時、彼女は龍になった。
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