第6話 エルフの集落

 辺りに広がるのは中規模の村。

 日照りの暑さなどとうに忘れ、私たちは興奮のままに足を踏み入れた。

 一歩で景色がすぐ変わるわけではないけれど、長い旅路を超えた先への感動はあった。それはメリアも同じようで、先ほどまでの険しい表情はなくなっていた。

 

 砂の感触が続く村には点々と家が建てられていて、小窓から中に暮らす人の姿も見えた。

「人の家をじろじろ見るのもどうかと思うが……、あの女性はエルフだな」

 メリアと同じ方向を見てみると、家事をする綺麗な女性の姿が目に映った。金髪に碧の瞳を携えるその人が、わたしの眼には本当に美しく見えた。

 

 歩くこと五分ほど、広場に行き着いた。

 広場は長閑のどかで落ち着いており、のんびり過ごす人の姿がぽつぽつとあった。決して大きくはなかったが、公園のような雰囲気が心地いい。

「そこのお二人、旅のお方ですか?」

 メリアと広場を眺めていると、白い髭を伸ばした男性が声を掛けてきた。

「えぇ、そんなところです。ここは?」

「ただの集落ですよ。もとは数人のベースキャンプだったのですが、なにしろ辺りは砂漠ばかりでね。漂流民を匿ううちに、この規模に発展したのです」

 男性は自慢の長い髭を人差し指と中指で弄りながら、私の姿を一瞥した。

 私の脳裏に映るのは、先ほど対峙、撃退したリザードマン。あれだけ大きな敵がたくさんいる砂漠で、一人で生き残るなんてことは不可能だろう。

「砂漠は一体いつ頃から?」

「つい最近、五〜十年くらい前のことです。土の精霊と名乗る者が、魔法を使ってここら一体を砂漠に変えてしまったのですよ」

 土の精霊。またゲームで聴くようなワードが発せられたが、ここが現実であることは今までの体験が示している。

 私はメリアと目を合わせた後、土の精霊の居場所を訊いてみた。

「我々には興味も示さず、別の地にいるようです。詳しい情報は知りませぬが……お二人の目的は?」

「エルフの方々に用事がありまして。もしご存知でしたら、エルフの長がいる場所を教えていただけぬでしょうか」

 メリアが訊くと、お爺さんはその目をスッと細めてこちらを見つめる。年季の入った瞳には強い力がこもっており、私たちの実力ちからを見定めているような気がした。

「我々にもわかりませぬ。エルフの王は気まぐれに使者を遣わして、望む者だけを連れていくそうですから」

 ……いや、気のせいだったかもしれない。

 申し訳なさそうに告げるお爺さんの声には力がなく、先ほど見せた雰囲気はもう消えていた。

「なるほど。ありがとうございました」

「いえ。ゆっくりしていってください」

 お爺さんに頭を下げて、私とメリアは広場の方へと入っていった。


 ◇


 集落の雰囲気を掴みつつ滞在できればと思い、と涼華は辺りの散策を始めた。

 子供の数がやや少ない気もしたが、漂流者の集落ということを考えればこんなものか。それよりも、エルフの王が遣わす騎士がここに現れるまでどれくらいの時間がかかるのだろう。もし必要以上に時間を浪費してしまおうものならば、その瞬間に魔王が完全支配を決定してしまうかもしれない。涼華の掲げる目的が達成できないかもしれない。

「メリア、平気?」

「む……? ああ、すまない。考え事をな」

 相変わらず涼華は私の心をいとも容易く読んでくる。そのエスパーじみた力がどこから出てくるのかと一驚しつつ、頼られるよう気をつけなければと気持ちを入れ替える。

「このまま騎士が来なかったらどうしようかと思ってな。あまり長居はしたくないだろう?」

「そうだね。迷惑はかけられない」

 集落の中とはいえ暑いものは暑い。額を伝う汗に不快感を覚えつつ、自分のことしか考えていない太陽を睨みつけた。

 適当に日陰でも探してみようか。私が提案するよりも前、甲高い悲鳴が私の耳を襲った。悲鳴は人から人へと伝わり、だんだん恐怖を孕んだものへと変わっていく。

 私がその名前を呼ぶまでもなく、涼華はこちらを振り向いて言った。当然、同じ心持ちで行くつもりだ。

「行こう」


 広場から私たちが来たほうに戻る途中、エルフの女性が肩を抱いて震えていた。

「どうしました!?」

「子供がっ、子供がに連れ去られて!」

 

 攫ったのが誰なのかは知らないが、私は昂る感情を抑えられなかった。

「すまない涼華、先に征く」

 涼華が頷くのを横目で見て、私はたちまち全力疾走。見えない敵を追うように、襲撃地点へ引き寄せられた。

 烈しい炎と人の悲鳴がこだまする地獄の中で、私は生存者を探して駆けていく。

「やめろ、子供はやめてくれッ」

 耳が断末魔を聞き取った。

 頭の中に最悪のシナリオが浮かんでくる。涼華にこの音を聞かせてはならない。この光景を見るのは私だけでいい……!

 私は腹の奥に魔力を集中させ、爆発的に全身へと流す様子をイメージした。

稲妻の波エクレール・ヴァーグ

 煙を雷で裂いた私は、晴れた先から現れる光景に絶句する。

 子を攫う非道をするような相手、魔王の手下だろうと思っていた。それ以外に考え付かなかった。

 しかし、私が対峙した相手は予想の遥か外にいた。

「なぜお前たちがここにいる……ドワーフ」

 武器を携えたドワーフの集団がいた。

 確かに、エルフとドワーフは長年対立関係にある。しかし、魔王の支配に屈しないため、不戦協定を宣言したはずだった。

 奴らが持つ斧には血が滴っている。独特のそれが放つ臭いは惨状を何よりもわかりやすく示していた。

「裏切ったのか」

「最初から敵だったことを忘れるなよ、小娘」

 無精髭を生やした低身長のドワーフは、自分の図体と大して代わりない斧をこちらに向けて言った。

「さて、邪魔じゃな。死ぬがよい」

 有無を言わさず、ドワーフの男はゼロ距離から斧を振ってきた。

 間一髪で避けられたものの、判断が遅れれば頭を割られていたかもしれない。頬を伝う嫌な汗を振り切って、私はドワーフの首に蹴りを叩き込んだ。

「『電光脚ブリッツ・バイン』。子供を返してもらおうか……!」

 威力は調整したつもりだが、相手が相手。

 命を奪っても後悔はしない。

 途端に襲ってくる二人目の腹を蹴りで突き破り、雷の球を打ち込んでいく。

 ドワーフはぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるが、耳を傾ける暇はない。

「下郎の分際で煩い奴らだ——『稲妻の波エクレール・ヴァーグ』」

 敵の話に耳を傾けてはならない。

 私が魔王に敗北し殺されたあの時もそう……二度と容赦などするものか。

 私が十人ほどをまとめて片付けたところで、背後から斧が飛んでくる。

「チッ!」

 転がって避けた先に矢が飛んできて、私の腕を真っ直ぐ穿った。肩の皮膚を貫き筋肉に突き刺さる矢が久々に痛みを寄越してきたが、斧も矢も片手で意識を奪い取った。

 次々に襲い来る攻撃を避けた後、右腕の矢を引き抜き魔力を込めて、私はドワーフに投げつける。雷の速度を借りたそれは、奴の頭を爆発四散させた。

 しかし、流石に数が多すぎる。先のリザードマンは三十ほどだったが、奴らの総数は未だ掴めない。次々に飛んでくる斧や矢の雨を躱して魔法を発動するが、それが一体いつまで持つか。

「もらった!」

「甘い——」

 背後から斧が振り下ろされる。ドワーフの首を刎ね飛ばそうとした瞬間、それより先に奴を炎が包み込んだ。

「危なかった!」

 全身から汗を流して、涼華が現れた。

 私はドワーフたちから距離を取り、涼華と共に並び立つ。

「メリア、右腕……」

 痛ましい顔をする涼華を見た後、私は自分の右肩を確認する。かなり深く刺さったのか、貫かれた肩はどくどくと血を噴き出していた。この程度の傷で引き下がろうとは思わないが。

「ふん、小娘が一人増えただけとはな。じゃが、お前たちが、間に合わなかったのう」

 先頭に立ったドワーフは、悪魔のような顔つきでおのれの後方を指した。

 

 光景を視認すると同時、私は涼華の頭を押さえつける。

「ちょっとメリア、何するのっ……!」

「顔を上げるな! 言うことを聞け!」

 できる限り最大限の強さで言うと、何かを察した様子で涼華は動きを停止した。

 私が再び前を見ると、そこには見せてはならない地獄があった。——身に覚えのある子だった。……守れなかった。

 幼い子を串刺しにして殺すなど、鬼畜の所業もいいところではないか。許せない。しかし、自分の無力さと場の状況から、何も言葉を返せなかった。

 本当の外道がこんなところにいるとは想像もつかなかった。私にできたのは、奴らを睨みつけることだけだった。

「トドメと行くか」

 ドワーフは小さく呟くと、魔法の照準を私に合わせた。瞬く間に魔力が充填され、動くに動けない私を殺そうと凶器が迫ってくる。

 やむを得ない。

 たとえ涼華にこの景色を見せることになったとしても、今から出れば奴の魔法は防げる。しかし、この距離で魔法を受ければ、涼華の目は守れたとしても、衝撃で彼女までダメージを受けてしまうだろう。

 逡巡を繰り返す中で、私は行動をただ一つに決めた。


 その次の瞬間だった。

登竜星got star

 煌々と猛る炎が目の前のドワーフを焼き払った。

 私は炎の出どころに視線を飛ばす。

「メリア、なんなのよ……っ」

 力から逃れた涼華は、私を見てすぐ目の方向を切り替えた。


 間髪を容れず聞こえてくるのは、甲冑がガシャガシャと鳴り響く音。私がそちらの方を向くと、いなかったはずの軍勢が砂色の霧から現れた。

 ドワーフよりも更に屈強な姿の軍勢がそこにいた。

 彼らを率いるのは、兜を脱いだ赤髪の男だった。橙色の瞳で私たちを一瞥する其奴は、私の五分の六倍はあろうかという身長を携えていた。

「お前たち、覚悟はいいな」

 炎が迸った。

 魔王と対峙した己のような、猛々しい魔力が体に流れてくる。汗が出るほどの熱量にもかかわらず、体の芯が凍るような感覚と、そう言えば伝わるのだろうか。

 魔法の熱さをぐっと堪えて、私は横目で涼華を見る。無理もないのだが、彼女は顔を険しくして騎士の姿を見つめていた。

 私たちの視線に気がついた男は、ほんの僅かに目を細めて私たちを一瞥したのち、狼狽するドワーフに向き直った。

 それでも納得がいかない。これから強大な敵に立ち向かうというのに、こんなところで戦うこともできず終わるのは御免だ。私たちは戦える。

 そう言おうとしたところで、涼華の白い腕が私を遮った。目で訴えてくる様子を前に、無理やり頭を押さえつけてしまったことの代わりとして従うことにした。

 騎士たちが持ち場に着くと、奴らは瞬く間に包囲状態になる。

 慄くドワーフの声が聞こえてきたと同時、赤髪エルフの力強い声が辺りに響き渡った。

「我が名は熱砂の騎士サー・ヴァンクール。王の御心のままに、悪道の輩は我が剣を以て裁定する」

 エルフの剣は太陽のように輝いた。

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