第4話 このゲームのヒロイン、重くない?



 ワーグとの戦いが終わり、やっと入学式に戻れる……、


 と、そう思った、


 ――その時だった。





「――これは一体、なんの余興だ?」


 瞬間、

 声が、響いた。


 ただ、それだけで――

 その場にいた者全員が、巨岩を乗せられたかと錯覚しそうになる程の、絶大なプレッシャーに押しつぶされそうになった。

 実際に、膝をついてしまっているものもいた。

 

 ――現れたのだ。


 ソルティル・ヴィングトール。

 Sランクの勇者。

 《神装七家デウス・セプテム》第一位、ヴィングトール家の筆頭。

 一年生にして、既に学園で最強。

 世界を救う可能性も、世界を滅ぼす可能性も秘めた少女。



 オーケストラを使った荘厳なBGMが聴こえてきそうだ。

 というか、ゲームだと実際にそんな感じの専用BGMがある。


 周囲の生徒達が、ソルティルに圧倒されている最中。

 

 生きてる……生きてる、生きてる、生きてる……、ソルが、生きてる……!!

 俺の頭の中は、ソルティルのことでいっぱいになっていた。


 思い出すのは、ゲームをプレイしていた時のことだ。



 パッケージで凛々しい表情をしている彼女を見た時から、もう俺の心は奪われていたと思う。

 シナリオの中で最初に出会った時、彼女は敵として出てくる。

 

 ソルティルは、グリスやエイルとは別のパーティーを組んでいて、彼女独自に世界を救おうとしている。

 序盤、まだソルティルに強さを認められていないグリスは、彼女に見下されている。

 グリスは、そんな彼女に対して、対抗心を抱いている。

 だってそうだろう?

 グリスにとって、ソルティルは、この世界の『魔術至上主義』の象徴。

 そうでありながら、グリスと同等レベルの剣技まで持っている。

 それは、グリスの存在意義の否定だ。

 彼女だけは、グリスが全存在を賭けて、超えなければならない。

 そして、ソルティルもまた、グリスに敵意を抱いている。

 ソルティルは、自分が世界を救おうと考えている。

 だから周囲は全て『道具』。

 ただ、自分をサポートすればいい。

 なのに、グリスは『対等』になろうとしてくる。

 それが、目障りだった。

 互いに内心では力を認めあっているけど、表向きはいつも敵対している。

 そうでありながら、互いへの執着もある。


 …………この関係性! これだよこれ!


 そして、ソルティルとグリスの関係には、もう少し秘密があるのだが……。

 まあ、このへんはまたいずれ。


「ソル!」


 あ、

 やばい、かも。

 ……感極まって、思わず一周目での呼び方をしてしまう。

 瞬間、その場にいた生徒達に凄まじい緊張が走る。

 皆が思ったはずだ。


 『こいつは一体、どれだけ無謀なのだ?』と…………。


 ソルティルは、一年生ながら既に学園最強。

 その彼女に対して、気安く話しかけるなどありえないことだ。

 異様な雰囲気を感じ取り、俺もすぐにやらかしたことに気づいた。。


 

「……ティル……様!!」


 かなり苦しいが、強引に誤魔化そうとした。

 『ソル…………ティル……』様、と明らかに不自然になっている。


 この頃のソルは、グリスに対して好感度などない。

 それに、彼女が尖りに尖りまくっていた時代だ。


 この粗相だけで彼女を怒らせ、退学に追い込まれてもおかしくない。


 しかし、そのことよりも……、ソルのことを、知らないフリをするのが、つらい……!


 こっちはゲームでソルティルルートに入ってたんだ。

 彼女との思い出が溢れてくる。

 学園にだって、彼女との思い出が溢れている。

 学内の景色を一望できる塔の上で、一緒に夕日を見た。

 彼女は真面目な生徒だったが、一緒に授業を抜け出して街へ買い物に出たこともあった。


 ――それでも、やり遂げなければならない。


 ソルへの想いを隠し通しながら、もう一度彼女との関係を作る。

 そうしなければ、彼女を救えない。

 どれだけの辛さを飲み込んででも、彼女を救いたい。

 ここで変な態度をとれば、予測不能な方向にシナリオは壊れていく。

 ソルを救うためにシナリオをねじ曲げるのなら、どうやって変えていくかは正確に把握しなければ。


 そのためには、ある程度はシナリオ通りに進めなくては。

 どこを変えて、どこを変えないか。

 そのコントロールをしていた方が、望む方向にいけるはず。


 そんな決意を固めた時だ。


 悠然と周囲を見渡した後に、ソルがこちらを見た。

 視線を向け――そして、一瞬で、視線を外した。


 ……そうだ。

 今はまだ、こういう関係なんだ。 


 次に、ソルはワーグへ視線をやる。

 先程まで居丈高にグリスを見下していたワーグが、いたずらの見つかった子供のように震え上がる。


「リュスタロスともあろう者が、下らん揉め事一つまともに始末もつけられないか……貴様はもういい。処罰は追って出そう」

「し、しかし……ソルティル様……私は…………」

「……おや? やはりここで私から裁かれたいか」


 瞬間。 

 まるでテーブルの上の紙屑にでもするみたいに、ソルティルは軽く指を弾いた。

 それだけだ。

 たったそれだけで、


 バチィ!! と……指先から雷撃が迸り、ワーグの体は地に伏せる。



「そ、そそ、るるるる、ティル……、さまぁ……」


 まともに言葉を発することもできず、芋虫のようにのたくるワーグ。



 隔絶。

 次元が違いすぎる。

 グリスのように、ワーグの攻撃をかわす必要などない。

 攻撃を出させる暇などない。

 『無詠唱』。さらに、杖すら必要としない。

 ただ、一瞬で、彼を制圧してしまった。

 技の速度、精度、全てが別格。 


「片づけろ。私の学び舎に、道理を弁えない獣はいらない」

「直ちに」


 ソルティルが命じると、脇に控えていたメイド服の少女が、ワーグの体をどこかへ運んでいってしまう。

 医務室の方角であることは確かだ。

 俺は、知っている。

 ソルは滅茶苦茶に見えるが、ただワーグを痛めつけたいわけではない。

 彼女の言っている通り、入学式を前に秩序を乱したワーグを処罰しないのでは、示しがつかないというわけだ。

 そして――それは当然、グリスにも当てはまる。


「……で、貴様は?」

「グリスニル・ヴェイトリーです。一つお願いなのですが……俺の処罰も、ワーグと同じにしていただけませんか?」


「面白い挑発をしてくれたものだな」


 周囲が騒然となった。

 先程、ソルと馴れ馴れしく呼びかけた時を越える動揺が、その場を満たしていく。


 ワーグと同じ。

 つまり、自分にも電撃を放ってみろと、グリスはソルティルに挑戦しているわけだ。


「その蛮勇……どれ程のものか、試してやる」


 雷撃が――、弾けた。

 同時。

 俺は、腰の刀を抜いていた。

 一閃――。

 放たれた雷撃を、グリスは抜きはなった刀で切り裂き、雲散霧消させた。


「ありえねえ!」「ワーグ・リュスタロスがなにも反応できなかった攻撃を!?」

 周囲の驚きに対して、ソルティルは冷ややかな視線でグリスを見つめるのみに止まる。


「処罰は以上……ですよね」

「ああ。物足りないか?」


 ワーグに与えたの『一撃』である以上は、ここでこれ以上グリスへ制裁を与える道理がない。


「ええ。……足りない分は、またいずれ」


 そしてグリスは、ソルティルの腰に収まる剣へ視線を向けた。

 ソルティルも、その視線の意味を理解した。

 『次はその剣を抜け』という意味だ。

 世界に七つの、最強の剣をだ。

 当然、こんなところで気軽に振るうはずもない。


「逸るなよ、グリスニル・ヴェイトリー……、私がそこまではしたない女に見えるかな?」

「いえ……そのようなことは」

「であれば、相応の舞台に貴様が上がってくることがあるのなら、その時は誘いに応じてやる」


 嫣然とした笑みを刻み、ソルティルはその場を後にした。


「……身の程知らずが」

 後に続くメイド服の少女が、グリスを睨んで吐き捨てた。


 グリスはソルティルが持つ神器を抜けと挑発していたのだ。


 こうして、この場はひとまず収まった。

 いきなり本来のシナリオから大きく外れてしまった。

 なにせ本来、ここでソルと邂逅することはないのだ。

 彼女が絡んでくるのは、もう少しあとだ。

 だが、これでいい。

 シナリオをズラして、ソルとの関係が始まる時期を大きく早める。

 そのための布石にはなった。

 これはかなり幸先がいい出来事だった。




「ほんっとに、どぉーしてあなたはいつもそうムチャクチャなの!?」

「すみませんでした……」


 ソルが去った後のことだ。

 グリスはエイルに叱られていた。


「グリス……グリスニル。あなたが無茶して、怪我をして、それを治すのは誰?」

「エイル・メングラッド様です……」

「正解! そのエイル様はとーってもお怒りです。どうして?」

「魔力が……もったいない?」

「不正解!!! あなたが傷つくからでしょ!? なんでわからないのバカなの? あ、そうだね、バカでした! バカだからソルティル様にケンカを売るんだもんね! バカにしかできないもんねあんなことね!!?!?」

「すべてが、おっしゃるとおり……」

「はぁ~……。なんで……? なんでこんなことに……?」

「きっかけの……ワーグの方は、お前が馬鹿にされたのがムカついたから」

「それは……、ありがと……。でも、別にいいよそんなの。グリスが怪我をするほうがよっぽどイヤ」

「怪我、してない」

「結果論!」

「しない、怪我」

「はい、じゃあつい最近も、クエストで無茶して死にかけたのは誰でしょう!?」

「バカのグリスニルでございます……」

「はい、正解。はい、バカ」


 エイルとパーティーを組む時は、剣士のグリスが前衛。

 エイルは後衛のヒーラーだ。

 グリスはエイルの回復を頼みに一人でならやらない無茶をしでかすが、その度に当然、エイルは怒る。


 グリスは自身が傷ついて、誰かを助けたり、モンスターを倒して報酬を得られるのなら、迷わずリスクを取る。

 エイルは毎回、それが許せずに怒る。

 だが、グリスのバカは一生直らないので、エイルは一生怒り続けるというわけだ。

 こうして、エイルは呆れつつも、なんだかんだとグリスにつき合ってくれる王道な幼なじみキャラ……に見えているだろうか?

 実際、エイルは王道幼なじみキャラと言ってもいいだろう。


 だが、彼女にはそれだけではない秘密がある。




 ――エイルは、魔族側のスパイなのだ。




 これには事情がある。


 まず、エイルのメングラッド家と、ソルティルのヴィングトール家は、それぞれ七大神器を保有する一族だ。


 メングラッド家は、木の一族。

 ヴィングトール家は、雷の一族。


 相性としては、木は雷撃を通しづらく、優位ではあるのだが、それゆえに、序列1位であるヴィングトール家から、メングラッド家は疎まれているというわけだ。

 この力関係は、ワーグや他の七家が『メングラッド家』を見下しているのにも関係している。


 そこで、メングラッド家は考えた。

 ――ヴィングトール家の当主を、暗殺してしまおうと。

 そのための暗殺者が、エイルというわけだ。

 エイルは表向き、『落ちこぼれ』であり、神器を継承していない。

 

 だが実際のところ、彼女は神器を継承しており、それを隠している。

 エイルに指示を出しているのは、メングラッド家の中でも過激派。

 『過激派』は、魔族とも繋がり、エイルに有利な状況を作ることを協力させているというわけだ。

 魔族の中にも、ヴィングトール家を恨む者は多い。

 そこで利害は一致する。

 ……と、こんないざこざが、ゲーム本編の6章あたりで起きる。


 ……当然、大変なことになる。

 その時点で、グリスの心はソルティルに向いている。

 同時に、エイルのことは、ずっと大切に思っている。

 大切な人同士の、本気の殺し合い。


 エイルがソルを殺そうとするのは、メングラッド家のためであり……、同時に、ソルが自分の恋に、邪魔だからだ。

 

 修羅場といっていいだろう……。

 

 そう、このゲーム……エイルもまた、ヤバい女なのだ。


 世界を滅ぼす魔王に成り果てても、グリスに執着するソルティル。

 自身の人生全てを懸けた『暗殺』の指令よりも、グリスへの想いを優先して戦いへ身を投じるエイル。


 ゲームのレビューにもよく書かれてあった。


 なんかこのゲームのヒロイン……重くない!? と。


 俺は…………それがいいと思った。

 ……話がそれた。

 話を戻す。


 エイルはずっと、秘密を抱えて、苦しんでいる。


 ……俺は、それが許せなかった。


 確かに、俺はソルティルルートを選んだ。

 それでも、エイルのことだって好きだ。

 だから、エイルに関することでも、できるかぎりシナリオを改変したい。 


「いい? グリス。もうこれ以上、無茶しないでよ?」

「……ああ、善処するよ」


 嘘をついた。

 これからもっと、とんでもない無茶をしなければならない。

 序盤の時点で、ソルをパーティーに加える。

 そのために必要な策も、既に考えた。

 次にやるべきこと。

 この時点で、ゲームシナリオ上には、あるサブクエストがある。

 それは、ソルティルがパーティーメンバーを募集し、その選別のための試験を行うというもの。

 これはゲーム本編だと負けイベントで、その試験に勝つことは絶対にできない。

 このイベントは、ソルの強大さを示しておき、後に仲間になった時の喜びを高めるための、期待感を高める準備といったところだ。

 しかし、そんなことは知ったことではない。

 今すぐに、彼女を仲間にする。


 試験内容は、ソルティルと戦うこと。

 グリスは決めた。


 ――――今日中に、ソルティルを倒す。





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