第3話 グリス鬼つええ!
「格の違いを思い知れェッ、クズがッ!」
まずはワーグの攻撃から。
無詠唱で速度を重視した氷柱が放たれる。
『無詠唱』の時点で大したものだが、さらに相手を罵倒しながらというのは、それだけ慣れた魔術なのだろう。
対し、こちらは腰の刀を抜き放ち、一閃。
氷柱を砕いた。
グリスは魔法の使えない
基本的に遠距離ではやることがない、接近あるのみだ。
「ハッ! なんだそのナマクラは!?
杖も握れぬクズに似合いの棒きれ遊びだなあ!?」
ワーグは同時に十の氷柱を形成する。
「魔術も使えぬゴミクズは、我が氷牙の露と散れェ!!
――《グラース・デファンス》ッッ!」
今度は、スピードを重視した、シンプルな無詠唱術式ではない。
《グラース・デファンス》。
獣の牙の如く、氷柱で相手を取り囲んで、噛み潰す術式。
彼はこの時点で、Dランク。
『ランク』とは、学園と、学外の冒険者ギルドが共同で行っている査定により決まる。
ランクの査定は学園を通さずとも行えるので、入学前から高ランクの生徒もいるというわけだ。
まず、入学したばかりの生徒の力量は、大抵がG~Eランクに留まる。
Eランク程度の力なら、氷柱一つ作るのも苦労する。
仮に十の氷柱を成形できても、今度は狙いや速度がお粗末になる。
だが、ワーグは違う。
十の氷柱を、
同時に、
高速で、
正確に――
これは、一年時でこなせる生徒はそうはいない。
ワーグ・リュスタロスは、入学前のデータをもとにつけられた学年序列で3位。
学年で三番目に優秀な生徒なのだ。
偉そうにするだけの実力は、持っている。
――――そんなことが、エイルをバカにしていい理由には、なるはずがないけど。
「これは避けられないだろ!」「終わったなあ、《ブランク》!」
騒ぎに集まっていたギャラリーが沸いて、グリスへ罵倒をぶつける。
時間差で、なおかつ四方八方から取り囲むように放たれた十の氷柱。
魔術の『起点』を散らして配置するのも高度な技能だ。
――だが、当たらない。
飛来する氷柱を切り落としていく。
本来、ゲームであれば、《矢切り》という、投擲物全般に発動させるスキルが必要だ。
だが、今は驚くほど体が動く。
氷柱が見える。
これがグリスニルの体か。
『グレンツェル・レガリア』には、VR版がある。
今の感覚は、そちらに近い。
ワーグの氷柱攻撃のパターンも、そちらで完全に覚えている。
一振りでまとめて三つの氷柱を切り落とす。
《矢切り》のスキルレベルを上げれば、複数を同時に斬ることや、斬った直後の隙が減るなどの恩恵がある。
現在、グリスニルのレベルは1だが、どうやら俺の頭の中に存在している、高レベルのグリスニルの動きを再現することで、ステータスが高い状態での動きが再現できる……のかもしれないな。
詳しいことは後で調べればいい。
今はとにかく、目の前の相手だ。
氷柱はまだまだ飛んでくる。
もっと別の《スキル》も再現できるかもしれない。
試してみるとするか……。
氷柱に対し、刀の側面を向けて、一瞬受け止める。
氷柱の先端が刀にぶつかり、砕ける刹那の間に、力を受け止め、受け流し、制御して、そのままワーグの方へと進行方向を捻じ曲げる。
跳ね返った氷柱が、使い手であるワーグへと牙を剥く。
投擲物を斬るスキル、《矢切り》。
相手の攻撃を受け止め受け流すスキル、《流水》
相手の攻撃の勢いを利用し、自分の攻撃の勢いを増加させるスキル、《流転》。
《流転》は本来、格闘や剣戟で扱うスキルだ。
それを、魔術に対して応用する。
これだけで、ゲーム終盤に起きるような複雑なスキルの組み合わせだ。
『奥義』とも言える技を、チュートリアルで繰り出す。
だが、当然だろう。
なにせこちらが用があるのはラスボスのソルティルだ。
序盤から出し惜しみなく、あらゆる技術を使わせてもらう。
◆
「なんっ、だぁッ、それは……っ!!!?!?」
声を裏返して叫ぶワーグ。
驚愕に満ちたままの脳内で、ワーグは考える。
ありえない。
どうして、ゴミクズに押されている?
グリスニルのスピードは、常軌を逸している。
誰かが《風》や《雷》による補助魔術で、スピードを上げているのか?
では、誰が?
エイル・メングラッド……いいや、彼女の属性は《木》。
《木》属性の魔術による、生命力増強だろうか?
…………そもそも、周囲に、魔力反応がない。
……では、本当に、グリスニル個人の力?
本当に、
本当に、あの、ゴミクズが、ここまで強いというのか?
信じられない事態を目の当たりにしても、ワーグは氷の壁を生み出し、返された氷柱を防ぐ
だが、次の瞬間――。
目の前に、既に、グリスがいた。
速い。
速すぎる。
「……なんだ……!? なんなんだお前はァッ!?」
ワーグが杖を振り上げた瞬間、既にグリスの刀は彼の首元へ突きつけられていた。
つぅ――……と、ワーグの首筋からほんの僅かに血が流れる。
「《
……クソッたれな運命を押し付けてくる、神に抗うための名を」
グリスに『神の加護』など必要ない。
ただ鍛え抜かれた刃を以て、自らの運命を切り開くのだから。
グリスは剣士。
なんの加護もない以上、七つの基本属性いずれの魔術も使うことができない。
それでも彼はラスボスとなったソルティルとすら切り結ぶことができるのだ。
――勝てない。
力の差を思い知らされたワーグは、その場に崩れ落ちる。
周囲のギャラリー達は、未だに事態が飲み込めず、呆然としている。
◆
…………どうしよ。
とりあえず、事態を収めないと。
ゲームと違って、勝手に話が進まないから大変だな……。
そういえば……、シナリオだとこの後もワーグが何度も突っかかってきて、ちょっと面倒くさいんだよな。
……あ、そうだ。
「……ねえ、ワーグくん」
「……な、なんだ……?」
「……いやあ、いい勝負だった! さすがリュスタロス家!」
「…………な、あ、ぇ……!?」
突然のテンションの変化に、ついていけない様子のワーグ。
「これからも、お互い学園で競い合っていこう……ね!」
手を差し出して、座り込んだワーグを立ち上がらせる。
ギリギリ……、とグリスの常軌を逸した筋力で、ワーグの手を握りつぶす。
表向きは、握手にしか見えないだろう。
健闘を称え合う、美しい青春の一幕…………たぶん!
イベントスチルですよ、ここ!
原作に、こんなシーンないけどな……!
俺はそっとワーグの耳元に口を寄せる。
「…………次にエイルを侮辱したら、斬る。
今後、陰から俺たちに何かしてきても、お前がやったと判断して斬る。
二度と今日みたいな真似するなよ?」
「…………は、……はい…………」
小さな、震えた声で、ワーグが返事をした。
…………ヨシ!
グリス鬼つええ!
これから邪魔するやつを全員ブッ潰していこうぜ!
…………まあ、こうやって原作シナリオのキャラが今後でてくる可能性を潰していく……という原作改変をしまくっておけば、ソルティルに関することに集中できるのでは? というわけだ。
ありがとう、ワーグ・リュスタロス……お前のおかげで気づけたよ。
チュートリアル終了。
奇しくも、原作とは違う形になったが、これがソルティルを救うための、新しいチュートリアルになったかもしれない。
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