第3話

 良いものになり過ぎず時間もないってな中でどう礼の品を作るか。

 大金の出せる相手ならそれなりに見抜いちまうだろうし。


 塗りの済んでる定番の形の簪に螺鈿で桜模様を描くことにした。

 芙蓉は源氏名で遊女の間は身に付けるものも合わせていたがせっかく外に出られるんだ。以前故郷の話に出ていた桜の方が良いだろう。


 紅珊瑚のヤツも少しずつ手を加えて、途中トリが見に来たり、助左を怒鳴りに行ったりで三日後、仕上がった簪と他の手持ちを持って常盤屋に出向いた。


 丁稚に声をかけて思ったより時間をかけずに部屋に案内されると下ろし髪で襦袢姿の芙蓉がいた。

「おい、着替えの時間ぐらい待つぞ?」

「竜さんは客じゃないんだから良いでしょう?休憩中くらい楽にさせてな」


 そう言われてしまうと仕方ないが今までは単の着物くらいは着てただろうが。


「お品、持ってきてくれたんでしょ?」

 手持ちの方の簪と櫛を見せてやる。

「やっぱり竜さんのは豪華じゃなくても綺麗ねぇ面白いねぇ」

「お前さんなら旦那達に大店の名品をいくらでも買って貰えるだろうが」

 一つずつ手に取って眺めていた芙蓉は心外だと怒る。

「一番の気に入りは自分で手に入れるもんさね」

 作り手に嬉しいことを言われる。


「それにねぇ、竜さんのは型通りじゃなく自由なのが良いの。どれを見ても竜さんの手だってわかる」 

 これは褒め言葉なのか?

「ふふ、これを頂戴な」

 定番のバチ型に流水紋と月模様を描いたものを選んだ。


「今までのものは寂しいけど着物と一緒に後輩たちや禿に譲ったのよ。私と言う花がいた事あの子達に思い出してもらえるでしょう?竜さんの宣伝にもなるしね」

 あの着物や簪ならこの先困った時に売ったりすれば良かっただろうに。


「ここを出られるのは夢みたいだけど出た先でどうなるかわからないでしょう?揚羽姐さんみたいに大事にされるのは珍しいものねぇ」

 簪を撫でながらつぶやく。

 揚羽は年寄り見受けされて一年も立たないうちに相手方が亡くなったが一人で暮らしていけるように準備をされて年寄りの身内にも無体な扱いをされず暮らしている。


「ここにいた方が気楽なんだけどもう私も遣り手婆に近いから楼主も価値が落ちる前に出したいのよねぇ」

「まだ婆までは行かんだろう」

 しかも未だ一番手を張れる人気娼妓だろうに。

「まぁ!そうねぇ。でもこの店ではもう古株なのよ」

 笑いながら簪の代金を少し色付きで渡される。俺は着物の袂から礼の品を出して渡した。

「今までの礼だ」

「あら?」

 簪を眺めて目を潤ます。

「・・・覚えててくれたんだねぇ」

「桜なんて定番だろうが」

「素直じゃないねぇ」


 芙蓉は髪をサッと纏めて簪を差し込む。手早く出来るのを毎度不思議に思う。

 手鏡で確認する姿はそこらの町娘となんら変わらず可愛いもんだ。


「ふふ、嬉しいねぇ。綺麗だねぇ」

 今までの華やかで手の込んだものより喜ぶ姿が少し寂しい。 

 思えばこの町に流れ着いてからのわりと長い馴染みの客だ。

 難癖も付けずワガママも言わず、口の悪い俺とたまにお茶をしながら世間話をする程度には付き合える穏やかな女。


 遊女は宿替えや見受けで居なくなる。期限のある付き合いには慣れちゃいるが、少し堪える程度には気の合う女だ。


「竜さん、こんな素敵なものをありがとう。ついでにもう一つおねだりしても良いかい?」

 珍しいなと興味を惹かれた。

「なんだ?」

「少しだけ・・・抱きしめておくれでないかい?」

 今までそう言ったことを芙蓉は言ったことがなかった。

 険しくなった顔に気がついたんだろう。

「竜さんが色を売らないのはわかってる。でも最後に一番好きだった人の温もりを感じたいんだ・・・触れるだけで良いから」


 常盤屋の一番手まで登った女が随分可愛い願いを言う。だが俺は今までこう言った話は全て拒絶してきた。

「触れるだけって男が言うヤツだろうが」

 遠慮がちに延ばされた腕を掴んで引き寄せてやる。

「ふふ、私が殿方だったら今頃竜さんを押し倒してるわねぇ。ああ・・・好きな人の胸元ってこんな感じなのね」


 これが手練手管だったら突き飛ばしてやるところだが本当に幸せそうにただ腕に収まっている女に嘘の色はない。

「どんなに着飾っていてもどんなに綺麗に化粧しても全然態度が変わらなかったのに素顔の時にだなんて悔しいわ」

 白粉臭くも香料臭くもない今の方が普通に良いんだが別にそう言う理由で許したわけじゃない。


 しばらくそうしていると少し肌けた胸元や袖口から覗く腕に薄く変色したあざが有るのを見つけてしまった。

 常盤屋は暴力的な行為や特殊な行為は禁止のはずだ。しかも売れっ子に怪我など有り得ない。

 普通に確認する訳にもいかん。


「芙蓉、見受けが決まっているのに客を取っているのか?」

「ギリギリまでは見受けの足しにしろってねぇ。今まで世話になった人に礼を言って出れるから逆に良かったわ」

 ケチくせぇ旦那だな。幸せにしてくれる相手では無いのかもしれん。しかしあざを付ける客までいるのか?


「・・・芙蓉、温もりだけで良いのか?熱さを知らなくても?」

 逆に辛い思い出になるかも知れんが確認するなら脱がしてみないと分からん。

「竜さん?」

「色は売らねぇが俺も男だ。買いはする。裏を返さねえとダメだったか?」

 目を見開いてそのあと見る見る涙が出てくる。

「遣り手に言えば良いのか?」

「手間だから身揚がりにさせて」

 そのまま隣の部屋に移動させられる。


「なんでぇ。俺に恥をかかせてぇのか?」

「竜さんが情人ってなるの何だか素敵だもの。そうさせて?今日は夜までお休み貰ってて結局は身揚がりなんだもの。自分の時間は好きに使うわ」

 俺が品を届けに来た時にはすでに休むと伝えてたらしい。結局ちょっと納得いかんが?

 

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