第2話
助左が人の布団の上で寛ぎ始める。
「帰れよ。隣だろうが」
「連れないこと言うなよ」
トリが勝手知ったるで薬缶を火にかける。
子供でさえ気を使うって言うのにこの野郎が。
先程の簪を取り出し眺めてみる。おそらく都の大店専属の細工師の手だろう。
あの表情を見るに旦那か思い人からのもんだろうに随分悪い扱いをしたらしい。
珊瑚を外して磨きを入れて傷を細工部分に隠すくらいしかできんな。
こんな良い品を個人の細工師に預けた挙句手付けに大枚置いていくなんて世間知らずな女だな。
「綺麗だねぇ。でも竜の作るのがおいらは好きだ」
いつの間にか茶を淹れてくれて俺の手元を覗いていたらしい。
「ありがとうよ、トリ」
「小鳥は竜に甘いんだよなぁ」
「ウルセェよ。トリは素直なんだ」
蘇芳はトリを小鳥と呼ぶ。「小鳥は女の子だから可愛い方が良いだろう」って笑うが本人が「おいらはトリだい!女扱いするんじゃない」って言うんだから仕方ない。
拾ってきた時は名無しで蘇芳が名付けたらしいがトリは捨てられた先で女がどんな扱いを受けるか見て男の方がマシだと思ったらしい。着物は地味な色合いで丈を短めに小僧のような姿で過ごす。
俺は好きにしたら良いと思っている。型にはまって生きようが生きまいが最期はどうなるかわからん。
「ああ、そう言えば常盤屋の芙蓉が近いうちに手持ちにある手頃な簪か櫛を持ってきてほしいって言ってたぞ」
今まで忘れてたやつだな。
「手持ち?依頼じゃ無いのか?」
芙蓉は定期的に自分の名に合わせた簪や櫛を依頼してくれる遊女だ。
「ああ、見受けの話が出てるようだ。女郎屋で使うようなものは必要ないからだろう」
「常盤屋の稼ぎ頭だろ?よく手放す気になったな」
常盤屋は蘇芳の虎杖屋系列には劣るものの女郎の質が高い。給金を低く見積もって年季がなかなか明けないと言う少し悪どさはあるが無体な客は断るから女達にとっても悪くない店だ。
芙蓉は店の中では少し古株だが美しく気立も良い。まだまだ見受けには大金が必要なはずだが。
「いつ聞いた話だ?」
「昨日の昼かな、ついでの時にって言ってたから」
急いでいたなら確かに常盤屋の者が来るだろう。見受けの話が出てるなら早めに行く方が良いな。
「蒔絵にするか?螺鈿か?」
「作るのか?」
「見受け先がどこか知らんが最後かも知れんからな。今までの礼に少しくらいの手を入れたい」
下拵えの済んでいるもので作ればそこまで大変じゃない。
俺は細工師と名乗っているがここでは蘇芳や銀時のツテでほぼ遊女の簪を作っている。
あちこち回って彫金や彫刻、蒔絵に螺鈿と縁のあった師に学んでそれなりの腕にはなっていると思うが大店の名工には遠く及ばない。
が、小手先で食えるようにはなった。
師匠達が見たら怒るかも知れんがまず食えなければ生きていけん。
「竜は冷たいのか熱いのかよくわからないな」
助左が布団の上でつぶやく。男臭い臭いがつきそうで心底ムカつく。
「竜は優しいんだ!」
トリが助左の腹に飛び乗って「ぐえ」っと呻くのを見て笑っている。トリもいい子だぞ。
「あまり良い品にすると旦那が妬いて面倒になるんじゃないか?」
茶屋の主人が言うのならそうかも知れない。蘇芳は虎杖屋一家の子供で今は連れ込み茶屋や蔭間茶屋の管理をしている。
いろんな事柄を見てきているから意見は聞いた方が良い。
「最低限の図柄にするか」
礼のつもりが新天地での害になったら意味がないしな。
「竜の簪は綺麗だからどれでも嬉しいに決まってるよ!」
トリは本当に可愛いな。
「小鳥は竜にだけ優しすぎる。どう言うこった!」
蘇芳と助左は苦笑している。
今日は集中したいから隣で盛りやがったらマジで消すからな。助左!
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