第42話‐NON STOP TRAIN×DEAD OR ALIVE②
「——ダメです……っ、全部の車両の連結部が溶接されてます……!」
「ご丁寧にルーン文字の刻印で強度まで上げてたわ……あれじゃ、私の魔法で壊すにしてもかなり時間が掛かる。とてもじゃないけど、今からじゃ間に合わないわ」
「くっそ、やっぱりか……」
後部車両と前方車両から走って来たキキとルースの言葉を聞き、アスマは大きく溜息を吐いた。
場所は牽引車両の運転室。ルースの芳しくない報告を聞いた彼らの目に映るのは、暴走したボイラーと横たわる数人の死体だ。
恐らくはジェジフによって殺されたのだろう。正確に頭を撃ち抜かれた運転士と車掌たちの死体には、顔に布が被せられている。
「さて、どうしたもんか……。操縦できる人間もいねェ、連結も切り離せない。正直、お手上げだぜ……」
「……少し時間は掛かりますけど、俺が力を使えば牽引車両だけを切り離す事は出来ると思います……。結構強力なルーンでしたけど、俺ならルーンごと——」
「——止めとけ……どこで誰が見てるか分からねェんだ。オマエが力を使うにしても……ルーンごと連結をブっ壊すような力の使い方じゃ目立ってしょうがねェだろ」
「……」
アスマに窘められ、ルースはしぶしぶ眉を下げた。
しかしながら、状況は最悪である。
運転士、車掌の死亡。蒸気機関車に関する知識を持つ者がいない事に加え、車両を牽引している先頭車両の連結は解除不可能。何か対策を講じようにも、あまりにも時間が足りな過ぎる。
百名を超える乗客の命を助ける手段が、彼らには無いのだ。
「……目立たない力の使い方なら、どうですか」
詰み——。そんな言葉が二人の脳裏に過った時だった。
少し不満そうな顔をしていたルースが、真剣な顔つきで顔を上げる。現状を打開する一手を、滔々と語り始めた。
🕊
「……オマエ……マジで言ってんのか……?」
「……やっぱダメですか」
およそ一分後、ルースの提案を聞いたアスマは頭を抱えて項垂れた。
二人の反応を見たルースは苦笑いを一つ。おおよそ却下されるのは分かっていたのか、「すいません……やっぱ大丈夫です」と、縮こまる。
「……私はいいと思う」
しかし、そんなルースの声に賛同する人物が一人。キキである。
ルースが顔を上げて視線を向けると、壁に寄り掛かり口をへの字に曲げていたキキと目が合う。コクリ、と頷いた彼女を見て、ルースは内心の喜びを口元に露わにする。
「あと三分もすれば、車両が基地に突っ込むわ。ここでウンウン唸ってるよりだったら、とっとと行動した方がいい……それに、この方法だったら、ルースだけじゃなくて私とマスターも目立つし問題ないんじゃない?」
「……そう言うがなァ。オレとルースの負担ヤバくねェか、コレ……? ただじゃ済まねェよ」
「俺は不死身なので大丈夫です」
「……いや、オレがヤベェんだよ!」
「マスターなんだから頑張りなさいよ」「いけますよ、マスターなら!」
「……何だオマエら! こんな時ばっかり結託すんじゃねェよ!」
ニヤニヤとムチャ振りをして来るキキ。いい顔でサムズアップして来るルース。
身内でなければ打ん殴っている事であるが、ギリリと歯を食い縛ってアスマは耐えた。溜息と共に握った拳の力を抜くと、観念したように「しゃァねェなァ~……」と口を開く。
「「よしっ!」」
「よしっじゃねェよ……ったく。あ~、冒険者なんてやるもんじゃねェなァ……」
「今更じゃないですか、マスター。冒険者なんですから、危険はつきものですよ」
「そうそう。諦めて冒険に徹しましょ? ギルドマスター」
「……へいへい。優秀な部下を持って幸せモンだよ、オレは……」
話を終えた二人は、そのままルースが提案した打開策を実行する為に、それぞれの所定の位置へと走って行く。
ルースはボイラーの前へ。キキは車両の屋根の上へ。
アスマは車両の最後尾へと、足早に駆けて行く。
「……やっぱ、何時の時代でも冒険者は冒険者だなァ」
最後尾へと向かっていたアスマが、呆れたように呟く。しかしその表情は、過去を懐かしむように、どこか嬉しそうに緩んでいる。
次の車両に入ると、何人もの乗客達が怯えた様子で座っていた。
何が起きているのかさえ分からずに、ただただ怯えるしかない乗客達を見回す。突然現れた自分の姿に戸惑っているのか、アスマを見るその視線は不安に満ちている。
アスマは「……よし」と気合を入れ直すと、緩んだ空気を一変させ、冒険者としてのアスマ・クノフロークの顔つきになる。ゆっくりと、通路を進みながら声を張り上げた。
「オレは冒険者ギルド【RASCAL HAUNT】から、警察からの依頼で派遣されて来た冒険者だ! わりィんだが、オレの避難誘導に従って後ろの車両に移動して欲しい! 皆、不安だとは思うが安心してくれ! オレはここにいる全員の安全を第一に優先する!」
アスマの言葉を聞き、少し安心したのかガヤガヤと騒がしくなり始めた車両内。
席を立ち始めた乗客たちは、我先にと後方車両に駆け始める。
「ゆっくりでいい! 慌てずに移動をしてくれ!」と、少しパニックになりかけた乗客達を冷静に窘めながら、アスマは逃げ遅れた乗客がいないか車両を確認する。
すると、小さな子供が不安そうな表情で座席に座っていた。
アスマは、「よォ、坊主。大丈夫か?」と優し気に微笑みかけた。
「ほら、ビビってねェでオマエも行け。男の子だろ?」
「……う、うん」
アスマの指示を素直に聞き入れた少年は、たどたどしい足取りで立ち上がる。
他の乗客たちの元へと駆けて行く——が、何か気になる事でもあったのか、アスマの方へと振り返ると、少年は口を開いた。
「……大丈夫なの?」
不安が拭い切れないのだろう。少年の声は少し震えていた。
彼を安心させるように微笑んだアスマは、「——冒険者って知ってるか?」と、意図の掴めない質問を少年に投げ掛けた。
「……昔はなァ、オレたちが警察の代わりに都市の治安を守ってたンだ。民間の騎士っていう肩書を背負いながら、たくさんの人達の暮らしを守ってた」
遠い過去を懐かしむように語り出したアスマは、暴走する機関車の窓へと視線を向ける。
凄まじい速度で駆け抜けて行く景色を見ると、既に列車は都市郊外の自然豊かな景観から街の中へと舞い戻り、遠くに列車基地が見え始めている。
残りの時間が少ない事を予感させた。
「求められればどこにでも行った。都市のどこにでも……勿論、都市の外にでも。冒険をしにな? ——だから、大丈夫さ。時代が変わっても、変われねェものがあるみたいに……どんなに周りが変わっても、何かを貫こうとするものもある。オレたちは絶対、今回もオマエ達を助けるよ」
——ほら、分かったならもう行け? と。話を終えたアスマは少年を急かした。
やはり年若い彼には、エマの昔話の意味が良く分からなかったのだろう。
少しだけキョトンとした表情をした彼と共に、アスマは優し気な笑みを浮かべながら、車両の最後尾へと足早に駆けて行った。
🕊
「——行きますよ、キキさん、マスター……!」
そして、その期待に応える為に、ルースはオーバーヒートを起こしたボイラーの前に立っていた。
「……っ!!」
自身の血がベットリと付着した革のベストを握り締めたルースは、それをボイラーの中へと投げ入れる。
それが意味するのは、当然——更なる暴走である。
聖骸と同じ力を持つルースの血がベッタリと付着したベスト。それが投げ入れられたのと同時、先程よりもなお赤熱したボイラーが凄まじい音を立ててオーバーヒートを起こす、
白く輝き出したボイラー。眩い光を嫌うように、ルースは脱兎の如く駆け出した。
後方車両への扉を1つ潜った次の瞬間——凄まじい爆発音が鳴り響く。
オーバーヒートを起こしたボイラーが限界を超えて赤熱した結果、内に溜め込んだエネルギーに耐えきれずに、爆発したのである。
「よしっ……上手く破壊できた……!」
——これがルースが考えた作戦の第一段階だった。
牽引車両を切り離せない以上、あと取れる手段は一つ。牽引車両の牽引力を生み出しているボイラーの破壊である。
故に、ルースの自身の血が付着したベストを投げ入れ、ボイラーの更なる暴走を促したのだ。結果として作戦は上手く行き、牽引車両は停止した。
「ヤバいっ……! 脱線する……!」
しかし、そんな無謀な作戦を取れば、脱線の危険があるのは当然のことである。それでは自分達の命は助かったとしても、乗客の安全が確保できない。
ガタガタと揺れ始めた車両。
フワリと車体が浮かぶ感覚が何度もルースを襲う——。
「——【名も無き詩人が刻む
その時だった。列車の屋根から、凛とした声がルースの耳朶を打ったのは。
「【我は最古の遺言を納める者、墓前で奏でる墓守の
詠唱の完成と同時に魔力の赤い燐光が弾ける。
キキを中心に弾けた燐光の拡散。その燐光が向かった先は、今まさに暴走しているこの車両が走っている線路だった。
「——【エピタピオス】っ!!」
魔法名を発すると同時、車両を支えるように顕現したのは巨大な岩壁だった。
まるで車両が脱線しないように、線路の側面に沿って立ち並んで行く岩石の壁。その幅が徐々に狭まって行き、倒れそうになった車体を挟み込んで無理矢理に元の位置に戻した。
岩石と鉄が擦り合い、火花と共に甲高い音が鳴り響く。
その音に混じって乗客たちの悲鳴が木霊する。
——これが、ルースが考えた作戦の第二段階である。
キキの魔法によって、脱線する車体を支え、それと同時にブレーキを掛ける。
「ぐぅぅぅ……っ、無理っ……止まらない~~……っ!」
しかし、そのキキの大規模魔法を嘲笑うかのように、列車の勢いは止まる気配を見せなかった。
やはりボイラーに投入した聖骸の一部が強力過ぎるのだろう。列車全体の耐久度を無視した暴走によって、キキの魔法による強制ブレーキをモノともせず、車両は終着点へと進んで行く。
——車両が基地へと衝突するまで、残り一分ほどの距離。牽引力を失ったとはいえ、このスピードでは落ちる。制動距離があまりにも足りない。
残り数十メートル。途中で途切れた線路がキキの不安を掻き立てる。
「……後は頼んだわよっ、ルースゥ~! マスタァ~~!!」
バァン! バァン! バァン! と、3発の銃弾が木霊する。
キキが空へ向けて『準備完了』の合図である。
「了解……!」「任しとけ……!」
その合図を受け取った二人——車両の最後尾に立ったアスマと、大破した先頭車両に立ったルースは、豪快に笑い、そして線路の上へ飛び降りた。
自殺行為——ではない。
飛び降りた二人はそのまま車両の縁に掴まり、前後からブレーキを掛け始めた。
「「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!」」
最後尾から車両を引っ張るアスマと、戦闘から車両を押すルースの叫び声が木霊する。
激痛の走るアスマの足、血肉と骨を剥き出しにした端から再生してゆくルースの足。それぞれの足で直接ブレーキを掛けるという奇想天外な行動を取った二人。
——これこそが、ルースが提案した作戦の第三段階である。
ルースの力によってボイラーを破壊し、脱線しかけた車両をキキの魔法によって支え、同時に側面からブレーキを掛ける。
そして、車両の最後尾と先頭から、
「「「止まれェェェェェェ!!」」」
凄まじい轟音をたてながら進んで行く暴走機関車。
三人の叫び声が天に届いたのか、スピードが徐々に落ちて行く。
落下まで、残り三十m、十八m、五m——。
「「「……」」」
ギギィ、ギギィィィ……——と。
草の芽が伸びていく音さえが聞こえてしまえそうな程の静寂が、周囲に満ちて行く。早鐘を打つ心臓の鼓動が、耳朶を打つ位に大きくなった頃——。
列車が停止した。
「はぁ……はぁ……ギリっギリ……セ~フ……」
天へ向かって弱々しく突き出されたルースの拳。それと同時に、後方車両の方から乗客たちの歓声が聞こえて来る。
その歓声を聞いて力が抜けたルースは、ガックリと膝から崩れ落ちた。ドっと押し寄せて来た疲労感に身を委ねると、その場に座り込む。
「あら、この程度でギブアップ? 助けてあげましょうか、冒険者さま?」
よく聞き慣れた声がルースに投げ掛けられる。
上の方から聞こえて来たその声の方へ振り向くと、そこには揶揄うような笑みを浮かべたキキの姿と、アスマの姿があった。
信頼を寄せる仲間たちの姿を見たルースは、安堵したように溜息を一つ吐いた。
「……じゃあ、お言葉に甘えて……。とりあえず、手貸して下さい」
——彼らは冒険者。かつては、民間の騎士とまで謳われた者達。
時代は変わり、価値観は移ろい、資本主義に裏打ちされた彼らの需要は、既に誰もが求めぬものとなった。供給される冒険者達の数は減り、ついに彼らの存在は、老人たちの記憶の中にだけある過去の遺物に成り果てた。
しかし、社会が彼らを忘れても、彼らはまだ自分達を忘れていない。
世は新時代、近代の世。蒸気が社会を支配する、機械文明の黎明期。
多くの産業や文化がそうであったように、彼らもまた、時代の変化を望まぬ者である。その在り様は何処か危うく、たった一つのキッカケで、その足は中世の闇へと踵を返すものとなるだろう。
機械を疎み、革命を嫌ったが故に、暴力による革命を起こそうとした彼らのように——。
これは、そんな激動の時代を生きる冒険者達が織りなすドラマツルギー。
スチームパンクな空を飛ぶ、マダラな鳩達が見た時代の一幕であり、ファンタジーがファンタジーでなくなってしまった異世界での物語である。
_____________________________________
※以下、後書きです。
ここまでで<Episode I:ブレッド・オア・ブラッドの赤い旗 第七章・NON STOP TRAIN×DEAD OR ALIVE>は終了となります。ここまで読んで下さった読者の方々は、本当にありがとうございました。一人の創作者として、これほど喜ばしい事はございません。これからもご愛読して下さると、更に喜ばしく思います。
次回からは、<Episode I:ブレッド・オア・ブラッドの赤い旗 終章>に入ります。少しでも面白いと思ってくれた方々は、これからもよろしくお願いします。
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