第29話‐子鳩たちの巣立ち⑤
「——はぁ~、厄介な事になったねぇ……」
キキとルースが話し込んでいる頃。
【GLORIOUS MEMORY】の店内では、エマたちの話が佳境に入っていた。
「アンタの言う通りなら……聖骸は今、少なくともハンスとバーリー兄弟の二か所に分散してることになる。ただでさえ奴らの捜査に難儀してるっていうのに……まったく何て事だい……っ」
苛立ち交じりに頭を抱えたエマ。
彼女の心情に同調するように、アスマも険しい表情で眉根を寄せている。
「……大事なのはそこじゃねェだろ。おい、ケイン? さっきの話ホントなンだろうな……? ハンス達が『キャリバン』を召喚しようとしてるってのは……」
「……、……あぁ、間違いねーよ」
頬杖を突いて不貞腐れた様子のケインが、少し間を空けて肯定する。
考え得る限り最悪の中の最悪の事態である事を強く認識し、アスマとエマの間へ諦め交じりの鬱屈と下感情が広がる。思わず「「……はぁ~」」と、重々しく溜息を吐いたタイミングが重なった。
「……たかが機械を壊す為だけに、キャリバンなんて使うかい、普通……?」
「……奴の踏む地面まで憎いとは良く言ったもンだぜ。関係のねェ奴らまで巻き込む気満々じゃねェかよ……オマエらの依頼主様はよォ?」
「……」
二人の視線が居た堪れなかったのか、バツが悪そうにケインは無言になった。
しかし、彼らがあんな態度を取ってしまうのも無理からぬことだろう。
——キャリバンの怪物。
それは、あらゆる災厄を凌駕する怪物の中の怪物である。
精霊は通常、ある一定以上が同じ場所に集まると『マナの場』という力場を発生させ、青い光を放つようになる。この『マナの場』は火を起こしたり、水を発生させたり、肥沃な土壌を作ったり、などなど……。
物理学では説明できない神秘的な現象を引き起こす——が。
一ヶ所に精霊が集まり過ぎた状態——例えば聖骸のように、大量の精霊を内包した状態のマナの場に、ルーン文字を利用した特殊な術式を用いると、精霊は生物のような形を取り暴れ回るようになる。
「……どうすっかねェ? キャリバンが関わってくるとなれば、キキとルースには、ちと荷が重いか……」
「……軍の方と連携する必要が出て来るだろうねぇ」
もし、そんなものが本当に関わっているとなれば、これは二人のような冒険者歴の浅い冒険者の手には余る案件である。それこそエマの言う通り、軍と協力し、早急に対策へ取り掛かる必要があるだろう。
どちらにせよ気が重い話だ、と。アスマとエマは内心で嘆息した。
「……ここで頭を捻っても意味のない話、か。アスマ、急で悪いけどアンタも一緒に庁舎の方へ来てくれるかい? ——ちょうど、
そう言ってエマが立ち上がるとほぼ同時、来店を告げるベルの音が鳴り響く。
扉の向こうから入って来たのは、警察と思わしき服装に身を包んだ数名の男達だった。堅苦しい足取りでエマの元へと歩いて来た彼らは、「警部、護送車の手配が完了しました」と敬をする。
「あぁ、ご苦労」と短くねぎらいの言葉を彼らにかけたエマは、似合わないトレンチコートを着込み、「さて——」と一言。アンセイムの三人へ警察としての厳しい視線を向ける。
「——晩餐の時間は終わりだよ、アンセイム。抵抗するんじゃないよ」
「「「……」」
改まって言ったエマの言葉に察したのか、呑気に飲み食いしていたジャンとミーシャの手が止まり、ケインの表情がよりいっそう険しくなる。
「ん。分かった」
「仕方あるまい。世話になるぞ、警部」
ジャンとミーシャは大人しく立ち上がると、先ほど店内に入って来た警察官の数名の前まで行き、黙って両手を差し出した。
ガチャリ、と。その手に手錠が掛けられる。
その後——抵抗しないようにする為だろう——二人の両脇へと、警察官の数名が並ぶ。彼らに護衛されながら、二人は外の護送車へと歩いて行った。
「ほら、オマエもだ……ケイン」
「……、……あぁ、分かった」
アスマに諭され、少し躊躇ったような素振りを見せた後、ケインもしぶしぶ立ち上がりエマへと両手を差し出す。二人と同様に手錠が掛けられ、彼はアスマとエマに付き添われながら護送車の方へ向かった。
「……なぁ、オッサン。俺、子供の頃から冒険者に憧れてたんだよ」
「あン? 何だよいきなり」
「……
ポツリと紡がれた問い掛けに、アスマは即答しなかった。
ただ一拍の間を空けて「さァな?」と少し素っ気ない言葉を返し、「だが——」と二の句を継いだ。
「——憧れだけじゃ食っていけねェ。オマエ達はただ、それを受け入れるのが遅過ぎただけさ」
「……、……そうか。そうかもな」
その回答にケインが納得いったのか、いかなかったのか、アスマには分からない。
ただ無感情に短く返って来た意味のない言葉に、ただ重苦しい沈黙を返す事しかできず……結局、その内心を聞く事なくケインはそのまま護送車に乗り込んでしまった。
「……」
鼻から溜息を溢したアスマは、自己嫌悪に似た感情に浸りながら眉根を寄せる。
——犯罪者に堕ちてしまった冒険者を見るのはコレが初めてではない。
これまでも何度か、同業者が悪事に手を染め護送車に運ばれる姿をアスマは見た。
毎度毎度こうした場面に出くわした時に考えてしまう。彼らのような堕落した冒険者は、コレから一体どうなるのだろうか? と——。
「『受けれるのが遅かった』なんて……未だに受け入れてないアンタが言う事じゃないんじゃないのかい?」
「……うるせェ。茶化すんじゃねェよ、エマ。庁舎まで付いて行ってやンねェぞ」
「ははは、拗ねるんじゃないよ。冒険者を辞めちまったアタシからすれば、相変わらずを誇るアンタの生き様は、たまに眩しく映る時があるよ」
アスマの暗い心情を察してか、少しからかうようなテンションでエマが口を開く。
「安心するといいさ。アタシもそれなりに多くの冒険者を見て来たから、大体わかる。コイツらはアンタ程じゃないが、それなりに仕事を誇りを持った人間だ」
「……何が言いてェんだよ、オマエは? もしかして慰めてンのか?」
「ははっ、選ぶのはコイツら次第って事さね」
「?」
意味深な言葉を残しエマは運転席の護送車とは別の警察車両へ歩いて行った。
「……何だ、アイツ?」
「「——マスタ~!」」
と、その時であった。
聞き慣れた部下二人が自分を呼ぶ声が聞こえる。丁度良いタイミングで来たキキとルースの顔を見て、アスマは思考を切り替え表情を引き締めた。
「あぁ、いいとこに来たな、オマエら? いきなりで悪いンだが……今回の依頼はここで終わりだ」
「「え?」」
唐突な言葉に混乱したのか、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような表情で二人は固まった。
「‥‥‥事態が変わった。とにかくオマエらはこれ以上関わるな」
「あっ、ちょ、ちょっと待って下さいよ! マスター!」
「どういう事っ? 説明してよ!」
「駄目だ。オレはこれから庁舎の方に用事がある。オレがいない間に勝手な事だけはするなよ? ——じゃ、後でな」
そう言い残し、アスマは足早に警察車両に乗り込んで行く。
すぐに護送車と数台の警察車両が出発し、姿が見えなくなった。
「「……どゆこと?」」
取り残された二人は、頭上にはてなマークを一つずつ。
完全に蚊帳の外な扱いに憤慨する暇も無く、間抜けな表情で固まるのであった。
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