第1話‐依頼と現実①

 ——遥か昔、千年以上も前の話である。


 タイタス・アンドロニカスという全身が精霊資源で出来た怪物がいた。


 その肉体の内に無限の精霊を宿したタイタスは、自らの身体に宿る精霊の力を振るい、ありとあらゆる天変地異を引き起こし、全ての土地と自然を退廃させ、最後には塩の柱をもって大陸と海底を消し飛ばしたという——。


 だが、それよりも恐ろしかったのは、タイタスの意志によって、タイタスの血肉から産み落とされた『キャリバンの怪物』や『ヴァンダルの獣』と呼ばれる化け物たちである。


 この化け物たちは、タイタスと同じ精霊の力を自在に操っただけでなく、切り刻んでも、消し飛ばしても、決して死なない不死身であった。


 タイタス・アンドロニカスと、これらの化け物たちによって、かつて世界は滅亡一歩手前まで追い詰められ——そして、十万を超える英雄たちの軍勢によって、最後にはセントグローブ島の錆びる事の無い鉄の檻に封印された。


 この偉業を成し遂げた英雄たちは、あらゆる国々の王と教会から賛美を賜り、褒章を受け、勲位を与えられ、爵位さえも叙された——が、しかし。


 ——彼ら英雄達はこれに大変怒り、全ての褒美をゴミと罵り蹴り捨てた挙句、あらゆる国々の王と教会に刃を向けながら、こう宣った。


 『何が英雄か! 誰が怪物か! なぜタイタス・アンドロニカスが悪と切り捨てられなければならない! の聖人の目玉をくり抜き、皮を剥ぎ取り、五臓七腑と血肉を抉り取って、『これはただの資源である!』と、『聖人が自ら差し出した祝福である!』と、自らの欲望の為にタイタス・アンドロニカスを物扱いした貴様らが! 何故あの聖人を貶めるのだ!

 あの聖人に焼けた鉛を飲ませ、手を斬り落とし、『言葉』という人としての最大の尊厳を奪った挙句に飽き足らず! その名誉さえも奪おうとする貴様らこそがっ、この世のにおける最大の邪悪だ!!』


 英雄の言葉に幾人もの王達と教会が怒り、英雄達に兵を向かわせた。しかし、彼らの言葉に耳を傾けた王達と、教会から離反した新たなる宗教派閥の権威者達の支持により、英雄たちの言葉は世界に受け入れられたのである。


 彼らの言葉に嘘偽りはない。彼らの言う通りだ。悪は我々である、と。


 英雄たちの勇気ある怒りと正しい言葉を支持する証明として、心ある王達と離反した宗教派閥の権威者たちは、英雄たちの求めに応じ『自由なる権利』を与えた。


 その権利を使って彼らが行ったのは一つ。


 平和の象徴とされる斑鳩テメラリアをシンボルマークとし、世界中を冒険しながら、かつてのタイタス・アンドロニカスと同じように、困っている人間たちに手を差し伸べる——つまり、人助けを生業とする『何でも屋』を始めたのである。


 ——後に、これが『冒険者』と呼ばれるようになった。




 「ひっぐ……っ、うぇえ……うぅぅぐ……!」

 「うぇぇぇぇ~~ん……っ!」


 そんな長い歴史を持つ冒険者産業ではあるが、世界はそれから千年以上もの月日が流れ、冒険者が手を差し伸べずとも万事が上手く回るようになった世の中だ。


 今年で一九歳と一八歳になるにも関わらず、刑務所の冷たい牢屋の中でガチ泣きするキキとルースの現状——これからの冒険者業界を担って行くはずの若者たちの惨状が、冒険者産業の衰退を如実に表していると言えるだろう。


 「うるせぇぞぉ! もうオメェラも俺と同じ家畜以下の前科モンなんだよぉ~? 社会に利益の一つも漏らさねぇ奴らは、諦めて糞と小便でも漏らすしかねぇのさぁ~! ヒャァ~ハっハっハっハっハっハァ~!!」

 「「……ひぇ」」


 先輩犯罪者の怒鳴り声が聞こえて来る。


 恐怖と絶望で少し泣き止んだ二人は、愚痴り合うように口を開いた。


 「……俺、冒険者って、こう……もっと夢のある仕事だと思ってました……」

 「……私も」

 「薄々感じてはいたんスよ……。世間が見る冒険者っていう仕事に対しての腫物を見るような……何か、こう……『おい、見ろよアイツら? まだ冒険者なんてやってるぜぇ?』みたいな、冷たい視線……」

 「しょうがないでしょ……。銃が発達してからは魔獣退治も治安維持も軍とか警察に取られちゃったし……薬草とか鉱物の採集も、新しい栽培方法の確立とか重機の発達とかで要らなくなったし……運び屋の仕事だって、蒸気機関車やら霊脈の瞬間転移がある今の時代、必要ないし……」

 「……冒険者がやってた仕事、全部取られてるじゃないスか」

 「……当たり前よ。だって冒険者がやってたのって、ぶっちゃけ皆の雑用係だもの。今まではその雑用が命張らなきゃ出来ない事ばっかだったから冒険者に仕事が回って来ただけで、文明発達して命張らなくてもよくなったら、わざわざ金払ってまで冒険者に依頼する訳ないじゃない。お金もったないもん」


 かつて冒険者は道具や薬の素材となる資源を採集したり、人々の脅威となる魔獣を討伐したり、街から街へと物資を運送したり、他にもあらゆる仕事で生計を立てていた。


 職種が限定されない冒険者は、各職種のプロとまではいかないまでも、比較的安価で一定の仕事振りをしてくれる事で、多くの人々の需要に答えていたのである。


 冒険者同士で寄り合った同業組合は、他の職種と同じくギルドと呼ばれたものだが——、現在ではその冒険者ギルドの数も激減し、新時代に現れた発明や職業に仕事を掻っ攫われてしまったのだ。


 悲しい事に、冒険者は今や道行く人々に冷笑され、また冷遇される存在である。


 「……そう言えば、道路でひそひそ笑われること多くなったっスよね」

 「……そうね。私もこの前、知らないおじさんとすれ違った時に鼻で嗤われたわ。『この時代に冒険者とかマジかよ』って……」

 「……」

 「……」

 「「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~ん……っ!!」」


 二人は再びガチ泣きした。


 言っていて悲しくなったのか、虚しくなったのか、不安になったのか——。


 いったいどれなのか自分達でも良く分からない情動の波に流された二人。傷ついた彼らの心を慰めてくれるのは、小さな窓から射し込む陽光だけである。


 虚しさのあまり、ルースは頭を抱えて天井へ向けて叫んだ。


 「ホント……何でどうしてこうなった……!?」


 ——と。


 そんなこんなで冒頭に至る、という訳である。


 「……何やってんだい、アンタ達は?」

 「「っ!!」」


 二人の遣り取りに呆れたように、突然、溜息交じりの声が投げ掛ける。


 良く聞き慣れたその声に振り向いた先にいたのは、幼い子供のように背の低い人物——所謂いわゆる小人種コロロプスと呼ばれる亜人種の女性だった。


 緋色の髪と、緋色の瞳。小さな彼女の身体を包み込むベージュのレザーコートには、秩序と安寧の象徴足るリベルタス警察のエンブレム——甲冑と鷲獅子グリフォンを象ったバッジが付けられている。


 一見すると、その身長と顔立ちのせいで可愛らしいという印象を抱く人物だが、その凛とした雰囲気と迷いの無い立ち居振る舞いが、そのあどけないイメージを打消し、いい意味でギャップを抱かせる人物だ。


 彼女の名はエマ・グリンサム。


 リベルタス警察刑事課に所属する警部であり、二人が所属する冒険者ギルド【RASCAL HAUNT】のギルドマスターを通じた友人に近い関係である。


 「エマさん! そこにいるのはエマさんじゃないですか!?」

 「ちょっと警部! ここから出してよ! 私たち本当に何にも悪い事してないんだけど! ちょ~っと人助けしただけなのに、この仕打ちあんまりじゃない!?」

 「……あんまり騒ぐんじゃないよ。ここには他の罪人も収容されているんだ。あんまり刺激するのは止めてくれるかい?」


 二人はエマの顔を見るや否や鉄格子に張り付き、ガタガタと揺らし始める。


 「——しかし。いつかやらかすとは思っていたけど……いざ、久しぶりに会った知り合いが牢屋の中にいるのを見ると、なかなかに来るものがあるねぇ。人でも殺したのかい、アンタ達?」

 「殺してないですよ!」「殺してないわよ!」

 「冗談だよ、冗談。話は聞いてる。ラダイト運動の鎮圧に協力したんだろう? 上にはもう話をつけてある……今回は釈放だよ。いま出してやるから安心しな」

 「「……!」」


 全く笑えない冗談ではあったが、エマが懐から取り出した鍵束を見て、キキとルースは満面の笑顔へと破顔した。


 ガチャリ、と。念願叶って薄暗い牢屋の中から解放されると、ひしと抱き合った彼らは、滂沱の涙を流しながら、少々大げさなアクションで喜びを表現する。


 「……キキざぁぁぁ~んっ、良がっだっスよぉ~! 俺もうこのまま一生刑務所の中で人生終えるのがど思いまじだぁ~……!」

 「……大げざなのよぉ、アンダはぁ~……!」

 「感動を分かち合っているところ申し訳ないんだけどね……、釈放とは言ったけど、治安維持法に抵触した以上、罰金はちゃんと取るから金だけは用意しておきな。それなりに取るから、銀行から貯金は降ろしておく事だねぇ」

 「「……え?」」


 喜びも束の間。エマの口からポロリと出て来た言葉に涙を引っ込ませた二人は、「ちょっと警部! 罰金ってどういうことよ!?」「俺たち貯金ゼロなんスけど!?」と、青い顔で訴える。


 「びぃびぃ騒いでないで付いてきな。アンタ達を釈放した本来の理由は、アンタ達に用事があったからなんだからねぇ」

 「よ、用事……? 警察が冒険者に用事って何よ……。言っとくけど私たち今回が初犯だからね……? 余罪とか一つもないから……!」

 「追加で罰金徴収とかはマジで勘弁して下さいよ……! ホントにお金無いんですからねっ、俺たち……!」

 「……何を勘違いしてるんだい、まったく……。——アンタ達に会いに来る人間の用件なんて決まっているだろう? もう自分たちの仕事の名前を忘れたのかい?」

 「「……?」」


 看守室の前で立ち止まったエマは、「ちょっと待ってな?」と言い残し、部屋の中から二人の武器や所持品が入った木箱を取って来る。


 そのまま腰に手を当て仁王立ちした彼女は、キョトンとした表情で固まった二人へ、まるで手間のかかる子供を見る親が時折見せる、少し困ったような微笑みを向けた。


 「——警察から依頼だよ、冒険者。新しい仕事ぼうけんの準備をしな?」

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