序章②

 バァン! と、一発の銃声が鳴り響く。


 だが、銃声を発した銃は老人の額に押し付けられたそれではなく、その寸前に現れた謎の人物の銃から放たれたものだった。


 カツン、カツンカツン……と。地面に転がったハンチング帽の男のピストル。


 それを見た全員の視線が、入り口付近にあるガラス張りの大きな壁の前——銃声の根源であろう上下二連式の回転式小銃リボルビングライフルを構えた人物と注がれる。


 「誰でもいいからそこのお爺ちゃんのケガ手当てしてあげてちょうだ~い。この困ったおじ様方は、こっちで何とかしとくから~……。ふあぁ~……」

 「あ、あぁ……わ、分かった!」


 リボルビングライフルを肩に担いだ謎の人物は、少し不機嫌そうなローテンションで欠伸を一つ。職員の一人が急いで隻腕の老人に駆け寄ったのを確認すると、今度はハンチング帽の男へと視線を向ける。


 見下すようなその眼を、ハンチング帽の男は痺れた右手を押さえながら、ギロリと睨み返した。


 「……何の真似だ、小娘っ……?」


 丸く尖った耳が特徴的な森民半種ハーフエルフの少女だった。


 お団子状シニヨンにアレンジした金糸雀カナリア色の長髪に、少しふてぶてしい印象を受ける青い瞳。エルフ特有の整った顔つきも然ることながら、何よりも人々の目を引いたのは、場にそぐわないその服装である。


 ウエンスタンブーツと革製の半ズボンレーダーホーゼン、白い上着の上に羽織っているのはブラウンのロングコートだ。


 あまり見ない組み合わせながら、その服装を絶妙に着こなした少女は、回転式小銃リボルビングライフルの銃口から上がる白煙を、フっ、と吹き消すと、手慣れた所作で小銃を降ろす。


 突如として現れたその少女は、ハンチング帽の男の問いに対し面倒くさそうに答えた。


 「……別に? 後輩のサボりに付き合わされた上、いきなりメンドクサイ事やり出した連中がいたから、ちょっとストレス解消の的にしてやろうと思っただけよ」

 『……』


 瞬間、ポカーン……と。


 まるで、子供の戯言をせせら笑うような嘲りに満ちた沈黙が支持者達の間に広がって行く。機械の破壊活動を一旦止め、彼らはお互いに顔を見合わせた。


 どうする? とでも言いたげな表情である。


 いきなり訳の分からない事を言い始めた歳若い少女の言動に対してであろう。小馬鹿にしたように肩を竦めた彼らは、ニヤニヤと口元を歪めた。


 「あ~、OKだ、お嬢ちゃん……君が最近はやりの児童小説に感化されたのは良く分かった。君はきっと、セント・ピーターズバーグの産まれなのだろう。ははは……有名だものな? の少年たちの冒険を描いた作家の名言は?

 『人生に必要なのは、無知と自信だけだ。これらがあれば、成功は間違いない!』——だったかな?」

 「……」


 芝居がかった身振り手振りで挑発して来るハンチング帽の男。


 少女はさほど気にした様子は見せないが、ピクリと、一瞬だけ頬をヒくつかせた。


 「だが、忘れてはならないよ? 無知と自信がくれる万能感は、ただの蛮勇に過ぎない。君がしている行動が正にそれだ!

 君がいま胸に抱いている正にそれ・・こそが、自らを彼らのような勇敢な冒険者たちと同一視してしまった若さ故の大いなる過ちだよ。……ほら、アレさ? 思春期を迎えた子供たちが見せるガラスのような選民意識の事だ」


 お前たちも分かるだろう? と。


 両手を広げて仲間達へ同意を求めると、支持者達が品の無い呵々大笑を上げる。


 自分を嘲笑う声の数々に少女は真顔で黙りこくるも、決して怯えた訳ではない。


 寧ろ、良く見るとその額に青筋を浮かべ、頬をピクピクと引きつらせている。支持者達の態度に苛立ったのか、真顔を保っていた少女の表情が徐々に険しいものへと変わって行った。


 「あぁ、いや、すまないね~? 少し言い過ぎたよ。……だが実際、君は彼らのような機転の利く冒険者になれるだろうか? 良く見て欲しい……君一人で何とかなる状況ではないと思うけどね?」

 「問題ないわね」

 「ほう! それは何故?」


 笑い過ぎて目尻に溜まった涙を拭いながら、ハンチング帽の男がそう問い掛けた。


 「だって私たち・・……冒険者だもの・・・・・・


 そして。

 男達を見下すように、少女がフっと嗤った——正に、その瞬間だった。


 「が、ぁ……っ!!?」

 「っ! どうした!?」


 仲間たちの短い悲鳴がハンチング帽の男の耳朶を打った。弾かれたように後ろを振り向くと、彼は驚きのあまり目を大きく見開く。


 その瞳に映ったのは、仲間の数人が白目を向いて倒れている姿だった。


 「……ちょっとぉ~。余計な事しないでよ、ルース? 私一人で十分だったんだけど?」

 「いや……いま『私たち・・』って言ってたじゃないですか。キキさん、バリバリ俺のこと巻き込むこと前提でケンカ売ったでしょ」

 「はぁ? 別にアンタのこと言ったわけじゃないんだけど? 何勘違いしてるの? フザけたこと言ってるとアンタも撃つから!」

 「……いや、何でそんなキレてるんスか。もしかして、サボりに付き合わされたことそんなにムカついてたんですか……? 短気だなぁ~、もう……」

 「別に!」

 「……あっ、そっスか……何か、すいません」


 やや空気の読めない人間性なのか、または、ただの阿呆なのか……仲間を倒したと思わしき人物——ルースと呼ばれた少年は、緊張感のない会話をキキと呼ばれた少女と繰り広げていた。


 整えられた灰褐色アッシュブラウンの短髪が特徴的な彼は、まだ少し幼さが残る雰囲気の中に、少し垢ぬけた空気を感じる顔立ちをしている。


 ロガーブーツと長ズボン、白いシャツにレザーベスト。そして、腰に巻かれたベルトに備え付けられた空の剣帯ソードホルダー。少女と同様にあまり見ない服装を着こなすその立ち姿は、何故かに堂に入っていた。


 「……っ、ぅ……」


 ハンチング帽の男は、ルースの手に握られたサーベルと倒れた仲間の姿を交互に見て、動揺したように眉根を寄せる。


 他の支持者達も同じ思いなのか、ツーと彼らの頬を伝った冷や汗が、内心に広がっているであろう恐怖心を如実に表していた。


 「あぁ……安心して下さいよ。殺してませんから。みね打ちってヤツです!」


 が、しかし。サムズアップをしながら返り血の付いていないサーベルを掲げたルースの、空気の読めないハイテンションな語り口に呆気を取られたのか、ハンチング帽の男は口をポカンとさせた。


 だが、すぐにハッとした彼は、固く口元を引き結ぶ。


 キキとルースの正体を理解したのか、少し落ち着いた様子で話し始めた。


 「……あぁ、なるほど。冒険者……冒険者・・・かっ。時代遅れのロマンチズムを掲げる何でも屋が、何故こんな場所にいるっ? 誰かから依頼クエストでも受けたかっ? 『お前達と同じく時代に置いていかれたクズ共を捕まえて来い!』……とな?」

 「……あ~、それはぁ、まぁ、何つぅか~……あ~、じゃあ~……それで!」

 「……?」


 自虐的に叫んだハンチング帽の男に対し、ルースの回答は歯切れが悪かった。


 「はぁ~……アンタ意気揚々と登場したんだから、もうちょっとちゃんとしなさいよ……ほんっと恥ずかしい……」

 「~っ! しょ、しょうがないじゃないですか! いきなりキキさんが出てったから、上手いセリフとか何も考えてなかったんスよ!」


 身内の痴態を恥ずかしく思ったのか、呆れた様子で溜息を吐いたキキは、「……まぁ、いいわ」と、緩んだ空気感を仕切り直すように口を開いた。


 「グダグダ話すのも好きじゃないし……とりあえず、アンタ達! 私たちは冒険者ギルド【RASCALラスカル HAUNTハウント】に所属する冒険者よ! 痛い思いをしたくなかったら、大人しく銃とハンマーを捨てて、その場にひれ伏しなさい!」


 『冒険者ギルド』——そう聞いた瞬間、男達は戸惑ったように静まり返った。


 理由は単純だ。理解しているのである。


 彼ら冒険者は、たった二人であっても・・・・・・・・・・本当に自分達を制圧・・・・・・・・・できる実力を・・・・・・持っている・・・・・、と。


 ——なぜなら彼らは『冒険者』。


 数々の事件や荒事を、金欲しさに、ほぼ暴力という手段を用いて解決していく悪漢の中の悪漢。そんじょそこらの犯罪者たちが泣いて逃げ出す……捕まっていない・・・・・・・だけの犯罪者・・・・・・だからである。


 不安で顔を青くした支持者達は、リーダーであるハンチング帽の男へ視線を送る。


 「……最悪だよ。まさか冒険者に出くわすとは……あぁ、だが仕方がない。……これも運命だ。お前たち冒険者が戦闘のプロフェッショナルなのは十二分に知っている。その気になれば、きっと俺たちなんて簡単に殺せることも——」


 僅かな沈黙の後、迷うことなく床に転がったピストルを拾う。仲間の動揺を掻き消すように、その銃口をキキへと向けた。


 自分に首筋に死神の鎌が当てられている状況にも関わらず、「……はぁ~、めんどくさ……」と、彼女は小さく溜息を吐いて明後日の方向へと視線を遣った。


 『良く勝ち目のない戦いに挑むものだ』——と、そう言いたげに取られた生意気な小娘の態度を気にせず、ハンチング帽の男は撃鉄を倒した。


 「——だが、俺たちにも引けない理由がある。邪魔するのであれば死ね!」


 次の瞬間、ハンチング帽の男のピストルから銃声が上がる。


 まるで、それが合図であったかのように、覚悟を決めた表情で銃口を構える支持者達。二人の命を奪わんとする無数の弾丸が、音速を超えた速度で襲い掛かった。

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