暖かくていつも私を包んでくれる彼。いやだって布団だし。
青木 赤緑
第1話
朝起きたら、真横で見知らぬ男が寝息を立てていた。
まだ寝ぼけ眼だった私は、男に気づかれないよう、顔をそっとのぞきこんでみた。
よし、合格。
好みの顔立ちだ。
私はひとり悦に入った。
ところで、なぜ私は慌てないのか。
それはごく簡単な推理によって、明らかにわかることだからである。
これは夢だ。そうに違いない。
だから私の家のベッドで男と寝ていても、それは驚くべきことではない。
Q.E.D.証明完了。
しかし、さすが夢である。私好みで、しかし、かといって芸能人のような恐れ多い超絶美形というわけではない。いい感じに、親しみの持てる顔立ちをしている。
我が夢とはいえ、リアリティ高いよね。
などと、自画自賛してみたりする。
うん、夢の中がこの調子なら、きっと今朝は気持ちよく起きられるだろう。
私は目覚めの良さに期待して、夢ではあるが、少し寒く感じたので布団に潜り込もうとした。
ところが、上掛けの布団がない。三か月前、買ったばかりのお気に入りの羽毛布団。
柔らかくてふかふかで、もぐりこんだら素早く、冷えた私の身体を暖かさで包んでくれる。
ああ、結婚するならこんな、包容力のある暖かい人柄のオトコがいいなぁ。
なあんて、寝るの大好き、ごろごろするの大好き、そしてお布団大好きオンナである私のお眼鏡にかなった、わが布団人生の中のベスト・オブ・ベストな羽毛掛布団。
それが見当たらない。
私はきっと、ベッドの下に落としたのだろうと思って、掛布団を探そうと身を起こした。
でも、あれ? 夢の中なんだよな?
なのに、なぜこうして自由に身体が動かせるのだろう?
疑問に思った私は、あることに気づいた。
服、着てないじゃん。
まっぱじゃん。私、全裸じゃないの。そりゃ寒いはずだわ。
え、でもこれってば、夢の中だし、え? だけどその、私はたしか……。
私はだんだんとすっきりしてきた頭の中に、ある事実が思い起こされていくのがわかった。
そうだ、私は半年ほど前、異世界に転移してしまったのだ。
そして、そこはいわゆる、魔法が当たり前に存在する世界なのである。
つまり、私の今の生活には、魔法が満ちあふれているのだ。
だったらもしかすると、この男の正体は……。
私は恐る恐る、傍らの見知らぬ男を見る。
うわ。うわわわわわわ。
まっぱじゃん。彼も、素っ裸じゃん。きょ、局部がモロに……。
私は自分の顔が赤くなっていくのがわかった。
もちろん、男性の全裸をモロに見てしまったというのもあるが、それだけではここまでにはならない。これでももうアラサーなのだ。上の方の。
人間世界でのそれを含めて、彼氏いない歴は結構な長さになるが、それでも男性裸体観賞は、さまざまなメディアやネットにお世話になって、じっくりと堪能させてもらっている。
だから、正直男の裸は、見慣れていると言って過言ではない。
では、何が私の顔を真っ赤にさせたのか。
それは、昨夜のことを思い出したからだ。
この全裸の見知らぬ男を交わした、かなり激しいセッ……いや、男女の営みというか、その、くんずほぐれつのあれやこれやというか、そのつまり、うん、そういうやつのことを、思い出したのだ。
私はかなり乱れた。
男もかなり乱れた。
そして、互いに満足しあった私たちは、深い眠りを得ることができたのだ。
事を終えた私は、彼に抱きつき、そのぬくもりに心安らぐ思いがした。
ああ、これが夢でなければいいのに、と思った。
そして、実際夢ではなかったのだ。
私はその証拠を、男の左の耳たぶのところに、発見してしまったのだ。
私は彼の耳たぶから、ちょろん、と出ているその異世界文字を読んだ。
私は魔法は使えないが、この異世界に住むようになってから、多少の知識はついた。その知識からすると、そこには魔術を示唆するような、呪文の類は書かれてはいなかった。
だが、彼が何者かを明らかに証明する文字は、しっかり、はっきりと書かれていたのである。
「ん……」
吐息のような音が、男の口からもれた。
やばい、彼が起きる!
私は反射的に、バストトップとアンダーヘアのあたりを手で隠しつつ、寝室の外へ逃げ出そうとした。
しかし遅かった。
目覚めが良いらしいその男は、すぐに体を起こして私を発見するや、少しだけほほを赤らめてこう言ったのだ。
「おはよう、
男は、はしたないとも言えるそういう行為のことを、意外に上品な形で表現した。
「い、いえその、どどどどど、どういたしまして」
私がとりあえずそう返事をすると、男は照れたような笑みを浮かべた。
あ、やばい。
かわいいとか思っちゃってないか、私?
側に寄って、ちょっとくせっ毛の頭を、かいぐりしたいなあ、とか思っちゃってないか?
で、でもしょうがないじゃないの。
好みのタイプなんだもの。それがだよ? 私といたすことをいたして、嬉しそうにしてくれてるんだよ?
そりゃあ、私だって嬉しいさ。嬉しいよ。でも……。
男は、ふと天井を見上げて、回顧するように言った。
「あの店に並べられてさ、茉莉さんが僕を買ってくれて、うちに入れてくれたじゃない。
三か月前だよね? 茉莉さん、包装紙にくるまれた僕を、外に出してから、すぐにぎゅっと抱きしめてくれたよね。
そして、ようこそ、って言ってくれた。
それからすぐに、ベランダに出て、僕を干してくれたじゃない。
あの時僕はね、なんていい家に買われたんだろう、なんていい人に買ってもらえたんだろうって思ったんだ」
私が、そ、そう? とあいまいな相槌を打つと、彼はまた、にっこり笑って、ほんとだよ、と言ってくれた。
「そしてそれから毎晩、茉莉さんは僕を大切に愛してくれて……。
いつか僕の方からも、茉莉さんに愛を返さないといけないと思ってたんだ。
それが、こんなに早くその日が来るなんて……」
そうなのだ。
彼は、私が三か月前に買った、羽毛入り掛布団だったのだ。
そのことは、彼の左耳たぶについている、洗濯方法表示用タグからして明らかだ。
私は急いでバスタオルを二枚持ってきて、とりあえず一枚は彼の下半身に巻き、もう一枚は肩に掛けた。
彼は、僕は布団だから、寒くても風邪なんか引かないよ? と言ったのだが、私の方が目の毒だ。布団としては、タオルを巻かれることは不自然この上ないことだろうけど、我慢してもらおう。
私は急いで服を着て二人分の朝食を作り、二人してリビングで食べ終わると、皿洗いは彼に任せて、出社の支度をした。
はやくフレイア先輩に会って相談しないと。
異世界転移歴五年になるフレイア先輩は、私の異世界転移ライフの、貴重な
彼女なら、布団が彼氏になってしまうことが、この世界でありうることなのか、知っているに違いない。
私は職場へ急いだ。
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