第29話 辿る先

「ティメオ様、休憩にいたしませんか?」


 城内の通路の先を見つめ、お一人でいたティメオ様に声をかけた。


 背中が寂しげに見えたからだ。


 一人で何もかもを抱え込んでいないか心配になった。


 ティメオ様は答える代わりに微笑むと、すぐ近くにあった応接間に、私を連れて行った。


「アルテュール様の事は、どうか御自分を責めないでください」


「大丈夫です。時が解決してくれるものです。それよりも、私は貴女の方が心配です」


 ティメオ様は変わらず、私に対して気遣いや思いやりを向けてくださる。


 あの日、婚約者がいる身でありながら他の男性を庇い、大勢の家臣の前でティメオ様を辱めたにもかかわらず、何一つ私を責めることはされなかった。


 貴女は何も悪いことはしていないから謝罪も必要ないと仰って、だからなおのこと申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「ヴァレンティーナさんにお伝えしたいことがあります。アルテュールの謝罪の言葉も聞かれ、今がその時だと思いました」


「なんでしょうか」


 ティメオ様の改まった様子から、ピンと背筋を伸ばして真っ直ぐに立った。


「私は、貴女とは結婚できません。婚約は解消しましょう」


「何故だ、ローハン公。娘の何が不満なんだ!!」


 バンと扉を開けてその言葉をあげたのは、お父様だった。


 振り向くと、お母様と二人でそこにいた。


「御両親は、私がお呼びしたのですよ。ヴァレンティーナさんに不満があるのではありません。彼女のことを、私が幸せにして差し上げることができないからです。私は、彼女が一人で哀しげにバラの花を見つめている姿を見て見ぬふりができません」


 私に真っ直ぐに向き直ると、諭すようにその続きを言った。


「貴女には、大切に想う相手とよく話し合うことを勧めます。今まで貴女は御自分の心を押し込んで、手放すこと、諦めることを当たり前に受け入れていたことと思います。お父上はしばらく多忙になります。貴女の邪魔をすることはありません」


「閣下!いや、陛下!」


 そこで、底冷えがするような声で口を挟んだのはお母様だった。


「ねぇ、あなた?これ以上この子の幸せを邪魔するつもりなら、この子を連れて実家に帰らせてもらうわ。この子は今は兄の子供ですから」


「いや、待ってくれ、それは、私を置いていくつもりか?」


「娘の幸せを願えない夫はいりませんから」


「幸せを考えていないわけじゃない。むしろ私はよかれと思って。異教の平民相手など無理があるだろう!?」


「彼はこの子のために改宗しました。私のお祖父様が御許しになった旨を、今ここで伝えておきます。それに、敬虔な信者であり、元野生児のこの子が全力を出せば、超えられない壁はありません」


 両親が言い合う横で、私とティメオ様は向き合っていた。


 全てを包み込むような青い瞳が、私を見守るように向けられていた。


「私は……神の前で誓った言葉を、これ以上覆すことは……新たに王妃となられる方にも多くの負担が……それに……ティメオ様に何も恩返しができていません……」


「貴女の献身と誠意を、我々の神はご存知です。どうか、後悔のないように。あなたの幸せを願っていますよ」


 この方こそ幸せにならなければならないのに。


 またここでも、私の幸せを願って、背中をそっと押してくださったのはティメオ様だった。











 月日は流れ、遠く離れた王都では、たった今戴冠の儀が行われている。


 ティメオ様は国王に。


 母の祖父であり、リカル大公でもある大神官様から祝福を受けたティメオ様は、誰もが認める姿をされていたそうだ。


 かなりの高齢となる大神官様が、ティメオ様の戴冠のためにホルト王国へ足を運んだことは、私に無関係とは言えず、いろんな方に感謝して、恥じぬように生きていかなければならないと、強く思っていた。


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