第22話 王都へ
領地は気候が穏やかで恵まれた土地だから、王都周辺の不作による影響を肌で感じることはできない。
不穏な情勢下で、王都で閣下を支えるようにと、お父様から指示を受けた。
どうやら異変は王城でも起きているようで、王の寝室では、初めてアルテュールとマヤの二人が言い争う声が聞こえたとか。
見慣れない異国の商人が城を出入りしているとも聞いた。
王都ではあちこちで不安を煽り、民を扇動するような言動が目撃されているとも。
王国の未来はどうなっていくのか。
良くない気配をヒシヒシと感じて、半分は自分のせいなのだと自らを責める思いがあった。
王都へと出立する日、お母様の表情は晴れず、尋ねなければその理由がわからなかった。
「貴女がまた傷つかないか心配なの。あの人は、貴女を不安がある場所に呼び寄せて」
「でも……お父様の指示がなければ、私はずっとズルズルと領地で過ごすことを選択し続けていたので……」
お母様はもう、それ以上は何も仰らない。
行かなければならないのに、行きたくないとほんの少しだけ思うのは、会うわけにはいかないのに会いたいと思う人がいるからだろうか。
それを思う自分が酷く不誠実なことをしているようで、自己嫌悪に陥る。
沈んだ気持ちで、荷物が乗せられていくのを眺めて、最後に自分が馬車に乗り込めばいよいよ出発だ。
そんな時、タタっと走って来る足音が聞こえた。
「お嬢様!」
「セオ」
息を切らせたセオが、飛び込むように私のところまでやって来た。
「俺もついて行ったらダメ?俺、なんでもするよ。小間使いでも下働きでも」
縋るようなセオの言葉に、一人で泣いていた姿を思い出せば追い返すことなどできるはずもなく、
「一緒に行きましょう。ただし、あなたは勉強をちゃんとするの。それが約束よ」
「やったー!ありがとう!お嬢様!」
笑顔を弾けさせるセオに、救われる思いなのは私の方だった。
お母様は私の願いを叶えてくれた。
セオの同行を許してくれた。
孤児院への連絡を済ますと、セオが同じ馬車に乗ることもお母様は許してくれて、だから、馬車の中でたくさんお喋りをしてくれるセオの存在が有難くて、色んなことを悩む時間がなかった。
ただ、セオの話にたびたび登場するランドンさんのことを聞くと、胸がギュッとなるのを表情に出ないようにしなければならなくて、そんな私の変化を見て見ぬふりをしてくれているのではないかと、窓辺に映るお母様の横顔を見て思っていた。
数日の馬車旅を終えた終着点で、寂しげな風景を目にすることになった。
通りを行く人が少ないように思えた。
空もどんよりと曇っていて。
王都にある公爵家のタウンハウスに到着し、馬車から降りると、冷たい風が吹き抜けていった。
空気が乾燥している。
冬はもうすぐそこだ。
でも、それだけじゃなくて、久しぶりの王都になんだか違和感を覚えた。
「王都ってこんなに臭いもんなんだな」
私に続いて馬車から降りたセオの言葉に意識を向けると、風にのって漂ってくるわずかな匂いがあった。
違和感の原因はこれだ。
慣れてしまえば気にならなくなるほど、わずかな。
だからか、誰も気にしていないのかもしれない。
「孤児院でさ、残った古い油をひっくり返してしまった時の匂いにそっくりだ」
「油……」
これが油の匂いだとして、同じ異臭を放つ、もっと別の種類のものを想起させられた。
一度気になると、それを放置することができない。
無駄な事に人を割いてしまうかもしれないと思いながらも、お母様にお願いして、私達を護衛してきた人と屋敷にいた人の大部分を調査に向かわせた。
公爵家の名前を出しても構わないから、匂いの元を調べるようにと。
胸騒ぎがする。
ローハン閣下は大丈夫なのか。
それに、王都で働いているあの人は……
多くの人員が街の中へと散らばって行くのを見守っていた。
人がバタバタと門の向こうへ消えて行く中で、一人だけ流れに逆らって敷地内に入ってくる人物がいた。
私達の到着の知らせを聞いたのか、ローハン閣下の使いだと名乗る人で、緊迫した声でそれを告げた。
「奥様、お嬢様、急いで屋敷にお入りください。城前に民が集まっており、暴徒化の恐れがあるそうです」
何が起きるのかと、祈るように胸の前で手を握りしめていた。
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