第21話 花束のような

 あとどれくらいこの道を通えるのかと、そんなことを思いながらその日もいつもの道を歩いていった。


 孤児院の門をくぐると、軽快な足音を鳴らして近付いてくる子供がいた。


「お嬢様!兄ちゃんから預かったものがあるんだ!」


 セオが待ちわびていたといった様子で駆け寄ってきた。


 私だけを連れて行きたいとせがんだから、ジャンナには別の部屋で待っててもらってセオと移動した。


 早く早くと手を引かれていく。


 余程私に見せたい物のようだ。


「こっち。こっちで開けて。誰もいないから」


 案内された空き部屋には誰もいなくて、部屋の真ん中の作業台の上に箱が置かれていた。


「兄ちゃんが、お嬢様に贈り物だって」


 ランドンさんからの、贈り物?


 どうしてと、頭の中に疑問符がたくさん浮かんでいた。


「開けてみてよ!」


 セオに見守られる中、シンプルな底の浅い長方形の箱に手を乗せて、フタを開けた。


 花束が入っているのかと錯覚した。


 グレーの生地のストールに、たくさんのバラの刺繍が施されていたのだ。


 生花の花束のようなバラの刺繍で、見れば見るほど素晴らしくて、言葉を失っていた。


 製作者の想いが溢れているように感じられて、声が聞こえてきそうなほどだった。


 バラに使われている刺繍糸は、濃淡で使い分けていても、基本は私の髪の色と同じだ。


 淡く、薄い色合いのピンクの花が敷き詰められている。


 これをどうして私に贈ってくれたのか。


「うわっ、すげー……兄ちゃんの力作で大作だ。姉ちゃんにとてつもなく似合ってる。まさに姉ちゃんのイメージだ。可愛い!可愛い!すげー可愛い!あ、やべっ。思わず姉ちゃんって」


 男の子に可愛いと言われる成人もどうかと思うけど、ランドンさんから見た私のイメージがこんな感じなんだろうか。


 可愛らしいものが似合うイメージなんだろうか。


「とても素敵……」


「うん!」


「セオは私のことを、姉ちゃんって、いつも思っていたの?」


「心の中で……気をつけるよ!」


「嬉しいけど、二人の時だけだよ」


「うん。ちゃんと時と場合と相手を考えているよ。そこは安心して」


 セオと話していても、視線はストールから外せずにいた。


 それを手に取って、自分の肩からかけてギュッと抱きしめる。


 会って、また言葉を交わしたい。


 それは、自然と胸の内から湧き出た思いで、また会いたいと願う自分に驚いていた。


 彼は、私があの時言った通りに、職人としての技術を貴族である私に示して、自分の実力を伝えたかっただけなのに。


 ランドンさんは平民で。


 そして私は、ローハン閣下の婚約者だ。


 ランドンさんが孤児となった理由は、おそらくマヤと同じ。


「お嬢様、俺、兄ちゃんに手紙書くから、お嬢様の分も一緒に送ろうか?そうゆうの、何か、お貴族様は色々とメンドーなんだろ?」


「貴方の言う通り。私がランドンに手紙を書くことはできないの。代わりにセオがお礼を伝えてくれる?」


「わかった」


 セオが真剣な顔で、ジッと私の顔を見上げてくる。


「泣くほどに喜んでいたって、ちゃんと書くから」


 セオに言葉にされて、苦しかった。


 自分は何で泣いているのか。


 ストールが濡れないように箱にしまう。


 涙を拭っても、手に持ったそれはまたランドンさんのハンカチで。


「姉ちゃん……」


 セオが慰めるように私の手をギュッと握る。


「戻ろうか。ジャンナを待たせているから」


「うん……」


 また、セオに手を引かれて部屋を出る。


 目を少し赤くし、中身のわからない箱を持って戻った私に、ジャンナは何も聞かない。


「目を冷やしましょう。子供達が心配しますよ」


 ただただ、私をいたわってくれて。


 一日が終わって自分の部屋に帰ると、ストールの入った箱は、引き出しの中にしまった。


 最後にしっかりと鍵をかけて。



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