第19話 繰り返される蛮行
新たな婚約が決まっても私が領地で自由に過ごせていた一方で、また心を痛める事件が起きた。
私達の大切な白鹿がまた、密猟者の手によって犠牲となった。
犠牲になったのは白鹿だけでなく、追い詰められた先でヤケになった犯罪者は、あろう事か公道を破壊して、道を塞いで逃亡をはかった。
多くの者が使用する、国と国を繋ぐ道が閉ざされて、大混乱となっていた。
公国と王国と他国を繋ぐ重要な商用のルートだ。
また、公国自体が聖地として信仰の対象となっている為、巡礼の地として多くの人が利用する。
その道が閉ざされて、混乱は必至だ。
どれだけの影響が出るのか人々を不安にさせたが、その事態を収拾させたのが、その場にいち早く駆け付けたティメオ・ローハン様だった。
大規模な密猟団を捕縛し、復興の陣頭指揮を執るローハン閣下の姿は建国の王を見ているようで、人々は英雄と呼ぶようになっていた。
ローハン閣下と騎士団の手によって封鎖が解消され、道が開通して多くの人々が行き交い出した頃に、事実婚状態のアルテュールとマヤが視察に訪れた。
彼らの目的は民衆を安心させる為ではあったはずなのに、その姿のせいで良い結果をもたらさなかった。
密猟団が違法に乱獲し、無惨に殺された挙句に逃げるために放置された白鹿を見て、信者の怒りは頂点に達していた。
そんな中、ただでさえ評判が悪く、悪意ある関心を向けられていたのに、タイミング悪く白い革と毛皮のコートを着て豪華に装ったマヤが現れた事で、民衆達に火をつけてしまった。
蛮行に対する怒りはそのままマヤに向けられた。
そして、マヤを庇う国王に。
マヤのコートは白鹿のものではないといくら説明しても、結婚式での騒動が報道された今、彼女への疑いは晴れる事はなかった。
ローハン閣下が興奮する民衆を宥め、穏やかな声で諭し続けなければ、その場で暴動が起きていたかもしれない。
その日、アルテュールとマヤは、護衛する騎士達に隠れるように城に戻っていったそうだ。
燻ったものをそのままにして。
閣下の抱く事後の懸念は私でも分かるものだ。
「御足労いただきありがとうございます」
密猟者達を捕らえ、騒動を鎮め、私の元を訪れてくれたローハン閣下に、お茶をお出ししていた。
婚約者となって初めてお会いする。
この後、領地の教会で婚約式を行う予定だ。
彼と向かい合って、私も座る。
「陛下の御様子は如何でしたか?」
私の問いかけに、閣下は力無く首を横に振って答えた。
「私は、アルテュールから面会を拒絶されてしまっています。マヤと別れさせられると思っているのでしょう。護衛騎士達に迷惑をかけるわけにもいかない為、無理に会いには行っていません。渡した手紙を読んでもらえたらいいのですが」
婚約者となっても、真摯な態度を崩されないローハン閣下だけど、今はとても憂いた顔をされていた。
唯一残った肉親のアルテュールの事を、心から心配しているのだ。
彼にはもう、誰の言葉も届かない。
私は一年前に諦めてしまったけど、きっと閣下は最後までアルテュールと向き合おうとされるはずだ。
「アルテュールの事が心配です。でも、民衆に犠牲を出すわけにはいきません。このままでは暴動が起きる可能性が高い。覚悟が、必要かもしれません」
ローハン閣下はさらに沈痛な面持ちでそれを告げた。
こうやって私を信頼して話してくれるのは嬉しい事だけど、その内容は喜ばしいものではない。
「私達は変わらず王家に尽くします。公国も力になってくれます」
せめて、心の負担が少しでも軽くなるように公爵様を支えたい。
それが私の役目だ。
今は一時的に公国民となっている私だけど、私が忠誠を誓わなければならないのは王族であるローハン閣下もだ。
「貴女に会うタイミングがこのようになってしまって、申し訳なく思っています」
「それは閣下のせいではございません。国を思う気持ちは、閣下と同じです。お辛い立場のお気持ちを推し測る事しかできませんが、私が力になれるのなら本望です。何か力になれることはありますか?生まれ持った義務を果たすべく、必要であればすぐにでも王都へ向かいます」
ローハン公爵の婚約者となったのなら、いつまでも領地に引きこもっているわけにはいかない。
「貴女にはまだ休息が必要です。その言葉だけで十分ですよ」
私に向けてくれた微笑みは、誠意が込められたものだ。
閣下から向けられる思いはアルテュールとの婚約、結婚期間では一切私に与えられなかったもので、それだけで私には十分過ぎるものだと思っていた。
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