第18話 新たな婚約者


 教会が運営する貧民層向けの病院や孤児院を訪れては、傷病者や子供の世話を献身的に行う高貴な身分の女性がいると噂になっていた。


 行く先々で多額の寄付を行い、それだけに留まらず、自ら病人や孤児の世話を行うと。


 白鹿を思わせる清楚な白いローブを着た公国出身でもある女性は、人々の間で聖女とまで呼ばれていた。





「国民の関心が寄せられています。ヴァレンティーナ様」


 実家での休暇を終わらせて戻ってきたジャンナが、どこか誇らしげに話していた。


 私の前にも新聞は広げられている。


「少し大袈裟ではないの?印象操作とは、こんなにも単純なものなのね。当たり前のことをしているだけなのに、怖くなるわ」


 頬に手をあてて、ほぅとため息をついた。


 アルテュールと離婚した私は、空いた時間を身近な人の為に使っているだけなのに。


 結果としてそれは自分のためにもなって、良き人達とも出会えて。


 机の端に置かれたハンカチに視線を向ける。


 正直に言えば、離婚された元王妃の印象をあまり悪くしないための打算も少しはあった。


 でも、ここまで私の良いように書いてもらえると、悪いことをしているみたいで後ろめたい。


 私は私のしたい事をしているのに。


「ヴァレンティーナ様の努力の賜物です。実際に、ヴァレンティーナ様が自ら行動なさって親切な事をしているのですから」


 シシルカ教の教えは博愛と献身なので、それに基づいただけだ。


 当たり前のことでもある。


 リカル公国には私の伯父がいて、公国唯一の侯爵家出身のお母様は、ホルト王国のドレッド公爵家のお父様と結婚した。


 その関係で、15歳の時に公国に留学した事があった。


 公国では、15歳になった子女は、必ず教会で奉仕活動を経験しなければならない。


 それは、神学の授業の一貫で行われる事で、その授業を通して、自分の身の回りのことは一通りできるようになり、その時の教会や病院での活動経験があったので、離婚後の奉仕活動は何でもこなせていた。


 これは、私の悪印象を払拭するための活動でもあった。


 国民からは、元平民に負けた貴族女性がどんな人物か関心が向けられていた。


 ほとんど公の場に姿を見せなかった私は、様々な憶測を呼んでいたらしい。


 今でもそうだ。


 離婚した王妃がどうなったのか、悪く書かれないのはお父様の力のおかげだ。


 でも、お父様には心の底から感謝できない思いもあった。


 先日、孤児院から戻ってきたばかりの私に、王都から訪れたお父様がローハン公爵様と再婚するようにと告げた。


 それは命令であり、いろんな思いと感情が一気に駆け巡って、最後にほんの少しだけ薔薇の花が脳裏をよぎって、その直後は混乱していた。


 離婚したばかりの私が初婚となるローハン公爵の妻となるなど相応しくないと思ったし、ローハン家にどれだけ迷惑をかけてしまうか。


 愛人に負けて城から追い出された元王妃など、恰好の噂の的なのに。


 ローハン公爵様はどう思っているか、また同じことが繰り返されるのではないかと不安がる私に、お父様は彼も了承していると言った。


「これはお前の幸せのためだ。受け入れろ」


 私の意思など一切考慮されず、告げられた時点ですでに決定事項となっていた。


 ローハン公爵様との結婚が正式に決まり、余計な妨害を受けないようにとお母様の勧めもあって、リカル公国の伯父様の養女となった。


 これから一年の婚約期間が始まり、それが終わってローハン公爵夫人となった時、私の環境はどう変わるのか。


 この地を離れて今度はローハン領に行くのか、王都で過ごすことになるのか。


 いずれにせよ、もう会えなくなるのだと頭を掠めて行った人の姿があった。


 セオのことも思った。


 せっかく仲良くなれたのに、彼はまた、隠れて一人で泣くのかと。


 残りの期間で私にできることは、セオとの時間をできるだけ多く過ごすこと。


 時間はあるから、本当は王妃となった時にやりたかった地方の治水工事の計画について、相談もしたかった。


 他領のことではあったけど、私達の領地と接する場所で、同じ川が流れている地域だ。


 下流にあるその場所はたびたび洪水に見舞われていた。


 そこでセオの両親は亡くなって。


 今ならお父様は私の多少の我儘を叶えてくれるかもしれない。


 小さな堤防をいくつか重なり合うように設置すれば、大きな被害を減らせるのではと、前々から考えていたことで、費用と日数を削減できる。


 これが、再びこの地を離れる私が、セオのためにできることなのではないかな。




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