第14話 少年と青年と花

「あ、兄ちゃん!」



 セオの一際弾んだ声にそちらを向くと、がっしりとした体格の背の高い男性が立っていた。


 私よりは少し年上に思える。


「帰ってきてたんだ!」


「ああ。まとまった休みをもらえたからな」


 セオが男性に駆け寄って行ったかと思えば、クルリとこちらを向く。


「お嬢様、さっき話していたランドン兄ちゃんだよ。お嬢様がその手に持ってるハンカチの刺繍をした。兄ちゃん、早速ハンカチ売れたよ。お嬢様が褒めてくれてたんだ」


 ハンカチを広げて、この薔薇の刺繍をした人が目の前の屈強な男性とはとても思えず、驚いていた。


 お針子と言うよりも、肉体労働者にしか見えなくて。


 そして、お針子ではなくて、縫士か裁縫士と呼ぶべきかと。


 私が思わずハンカチと見比べてしまうと、男性はとても困ったような顔になっていた。


「セオ。どう見ても貴族の御令嬢に、お前は何を失礼なことをしているんだ。申し訳ありません、お嬢様。まだ、世の中のことが何もわからない子供です。どうか、失礼な物言いは見過ごしていただけないでしょうか」


 腰を折って、ものすごく丁寧な言葉で話しかけてきた。


「大丈夫よ。顔を上げて。セオと私は友達だから心配しないで」


 顔を上げてはくれたけど、ランドンさんは今度は困惑した様子だ。


 だから、もう少し細かく説明した。


「孤児院を訪問した時にセオと知り合って、よく話すようになったの。今は、このハンカチについて教てもらってた最中で、貴方が刺繍を施したそうね。その腕前にとても感激していたところよ」


「そのような評価をいただき、光栄の極みです。ですがそれは、俺が練習用に作成したもので、御令嬢には相応しくないものです。返金致しますので、こちらに渡していただけますか?」


 やはり、とても丁寧な話し方だ。


「そんなことはないわ。職人としてのプライドがあるのかもしれないけど、これは、十分に対価に値するものよ。でも、これ以上の物を貴方が作れるのなら、いつかそれを目にすることを楽しみにしているわ。確かに、セオの自慢のお兄さんね」


 それを伝えると、わずかに目を細めて嬉しそうな表情を見せる姿は、優しげな雰囲気を醸し出していた。


 確かにこれはこの人の作品なのだと、納得させるものだった。


 繊細で、最後まで心が行き届いた刺繍は、彼そのものなのだ。


「セオを気にかけてくださって、ありがとうございます」


 正面から見つめると、黄褐色の肌にヘーゼルの瞳は、どこか異国の雰囲気を思わせる。


 どうやら彼は、王都で働いていても私のことは知らないようで、貴族の娘とまでしかわからないようだ。


 ほんの少しだけ安堵した。


「兄ちゃん!兄ちゃん!肉団子食べたい!お嬢様も誘ってさぁ!」


 好奇な視線を向けられないかと、私の少しの不安など、セオの元気な声が吹き飛ばしてしまう。


 ランドンさんは呆れたように、セオに言葉を返していた。


「御令嬢を屋台に誘うなど失礼にも程があるだろう」


「えー、そんなことナイって」


 セオの抗議の膨れっ面は、屋敷の庭で見かけたリスを思い出させる。


 ちょっとだけそれが可笑しくて、つい、口を挟んでしまう。


「少しだけ訂正させてもらうと、幼い頃は屋台の食べ歩きが大好きだったのよ?ただ、大人になってからはなかなかその機会に恵まれなくて」


「ほらほら、兄ちゃん!お嬢様に食べさせてあげようよ」


 ふっと小さくて息を吐くと、ランドンさんは遠慮がちにではあったけど、私にそれを尋ねてきた。


「失礼でなければ、ご一緒にいかがですか。屋台くらいなら俺が持ちます」


 自分が余計なことを言ったからで、即お断りすることなどできずに、悩んだ。


 元王妃だった私が、領地に縁のある平民の男性に奢ってもらっていいのかと。


 でも、手に職を持った方なら、男性を尊重した方がいいのかな。


 セオの手前、断れば彼に恥をかかせてしまうかもしれない。


 そのへんは貴族も平民も同じではないのだろうか。


「では、ご馳走してもらってもいい?」


「はい。どうぞ、セオと座って待っていてください」


「兄ちゃん、俺、大きいの!」


「他の子には内緒だからな。恨まれるのは俺じゃなくてセオだぞ」


 私には丁寧な物言いだけど、セオに見せる表情は屈託のないもので、本当の兄弟のようだった。


「お嬢様、こっちに座ろう」


 通りに並ぶ屋台の間に、座って休めるベンチがいくつか設置されていた。


 そこにセオに手を引かれながら移動して、二人で座る。


 私が端に座って、真ん中にはセオ。


 反対側の端っこは空けて、屋台で品物を買うランドンさんを待った。






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