第13話 誰かの希望の花

 領地に戻って最初の一ヶ月は何もする気が起きなくて、部屋で過ごすことが多かった。


 気付けばボーッと窓の外を眺めていて、ジャンナを随分と心配させていたようだ。


 一緒に領地で過ごすお母様からは、しばらく何も考えずにゆっくり過ごすといいと言ってもらえたけど、周りへの配慮を一切忘れて構わないという意味では無い。


 そこに至らなかった自分に反省し、ジャンナを一度、実家の家族のところに帰らせた。


 一ヶ月くらいは家族との時間を過ごしてほしいと伝えて。


 私は私で、この機会を利用して領地の町に行こうと思っていた。


 まずは修道院に併設された孤児院へと挨拶に向かう。


 ここを訪れると、手伝いたいことがたくさんあるから、時間はすぐに過ぎる。


 それに、子供達に元気を分けてもらえることは、私にとって大切なことだった。


 孤児院で半日を過ごすと、帰りは町をゆっくりと歩きながら戻る。


 それが、ここしばらくの私の日常となっていた。


 大きな通りを進み、周りの風景に目を向ける。


 この辺は以前と比べて街並みの様子に変化は無い。


 治安も良くて、昼間なら護衛無しで歩けるくらいに平和な場所だ。


 だから今も、公爵家の護衛の人達は少し離れて見守ってくれている。


 一人の時間をゆっくり過ごせて、とても満足していた。


 あの城で味わった虚しい一年が、自分の中で氷解するように急速に過去のものになっていっている。


 もう、縛られることも利用されることもない。


 王太子の婚約者として過ごさなければならなかった11年は息苦しいものだった。


 領地での生活を捨て、王都に行かなければならなかったことが最初で、思い返せば、アルテュールに相手にされないことよりも、この土地から離れて暮らさなければならないことが哀しかったものだ。


 王都の人達も優しい人が多かったけど、私に冷たい態度をとり続けるアルテュールと、彼のことしか考えない前王夫妻には、良い思いは無い。


 一人でいられる今だからはっきりと自覚されるけど、私は王家の人達が好きではなかった。


 これは、決して、お父様には言えない思いだ。


 国と王家を大切に思うお父様には。



「じっくり見て行って!王都から届いたばかりの新作だよ!」



 いつの間にか視線が俯き気味になっていたところに、元気な声が飛び込んできた。


 声の方に顔を向けると、路上でハンカチを売っている男の子がいた。


 首に紐をかけて、ハンカチを乗せた木製トレーを支えているようだ。


「見せてもらってもいい?」


 その子に声をかけた。


「あ!お嬢様!」


 パッと顔を上げた男の子は、私を見るなりそんな声を上げて満面の笑顔になった。


 見知った男の子だった。


「セオ。今日も元気いっぱいね」


 奉仕活動の際に孤児院で知り合った男の子だ。


「今日はハンカチを売っているの?」


 トレーに並べられたハンカチを見ると、どれも綺麗な刺繍がされていた。


「うん!孤児院出身の兄ちゃんが、今は王都でお針子をしてて、見本とか練習で作ったハンカチを孤児院に送ってくれるんだ。だから、こうやって俺たちで売って、ついでに兄ちゃんのことも宣伝しているんだ」


「素敵なアイデアね。私も一枚買ってもいい?」


「嬉しいよ、お嬢様!」


 一枚一枚を目にすると、お世辞ではなく、見れば見るほどどれも繊細なものだ。


「すごく綺麗ね」


 こんな腕の良い職人さんが王都にいたとは知らなかった。


「兄ちゃんの名前はランドン。刺繍の腕を買われて、王都でも有名な店で働いているんだ。お嬢様も、もし兄ちゃんの名前を聞いたら、存分に宣伝してくれよな。俺たちの自慢の兄ちゃんなんだ」


 女性の作り手だと勝手に思っていたから、男の人だと聞いて驚きはあった。


「わかったわ」


「兄ちゃん、いつか自分の店を持って、そこで俺たちを雇ってくれるって。だから、今のうちにたくさんのお客さんの目に触れてもらうんだ」


「お兄さんのことが大好きなのね」


 セオの語る瞳がキラキラとしている。


「すんげー尊敬してる。とっても優しくて、頼りになる兄ちゃんなんだ。今から、一緒に働けることを楽しみにしているんだ!」


 将来の夢を語る姿は、見ていて、心に希望を灯してくれる。


 セオのご両親は、隣の領地で起きた川の氾濫によって、一年前に命を落としたと聞いた。


 家族を一度に失って、悲しみの底にいた小さな子が、再び将来に希望を見出してくれることはとても嬉しい。


 セオにとっての目標であり希望が、このハンカチを作成したランドンさんなのだ。



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