第11話 アルテュール①

 晴れて自由の身となった。


 国王の俺があんな女に縛り付けられなければならなかったのは、痛恨の極みだ。


 あの女と離婚が成立しておよそ三ヶ月。



 優先処理されるべきとして一番上に置かれた書類を見て、顔を上げた。


 これを届けに来た者の顔を見て思わず尋ねてしまうのは、自然な事だった。


「叔父貴が結婚だと?相手は誰だ」


「公国貴族の御令嬢のようです。名前は、ヴァレンティーナ・シーモア」


 ヴァレンティーナ?


 離婚したあの女の顔が浮かんだが、まぁ、珍しい名前でもないだろう。


 珍しい名前ではないよな……?


 いやいや、まさかあの女が叔父貴と再婚するわけでもあるまい。


 相手は公国の貴族でもあるのだし、初婚の叔父貴がお下がりの女など欲しがるはずもない。


 俺の両親、前国王夫妻はすでに他界しているが、俺にはまだ叔父が一人残っていた。


 兄である前国王とは母親が異なるため随分と歳が離れており、俺とは7歳しか離れていない。


 今まで浮いた話の一つもなく、独身を貫くものと思っていたが……


「あの女は今、どうしてる?」


「修道院に通い、慎ましやかに生活されているとの報告です。奉仕活動に熱心に参加されていると」


「国内にいるのだな」


 では、やはり同名の他人か。


 国王の俺に唯一口煩くできる叔父貴が所帯を持つというのなら歓迎だ。


 すぐに承諾のサインをしてローハン公爵家に送り届けた。


 それにしても……


「最近、やたらと目を通さなければならない報告書が多いな」


「今までは前王妃様が担っていたものも、こちらに運ばれているようです」


 新たに採用された補佐官の言葉に、思わず舌打ちをした。


 こんな事でしか役に立たなかったのだから、もう少しあの女を使ってやってもよかったな。


 俺達の離婚が成立した直後に、前任の補佐官は辞めていった。


 この新しい補佐官はマヤの兄が推薦してくれた者で信用はできるが、着任したばかりのせいか、イマイチ要領を得ない部分もある。


 まぁ、もうしばらくすれば慣れるだろう。


 早く仕事を終わらせて、マヤの元へ行くつもりだった。


 だが、俺の激務はしばらく続いていた。


 それだけでなく、


「陛下。公爵家より、持参金の返済を求められています」


「持参金?何の事だ?」


 どれだけ処理しても減らない書類の山にここ数日イライラさせられていると、追い打ちをかけるように、訳の分からない事を補佐官から告げられた。


「前王妃殿下が嫁ぐにあたって、ドレッド公爵家からはヴァレンティーナ様の持参金も含めて多くの援助がなされていました。ですが、多くがヴァレンティーナ様に使われずにマヤ様に使われていたからと」


「何だ、そんな事か。そんなものは無視しろ」


「しかし、宜しいのですか?全額の返済は無理でも、何らかの誠意は示した方が……」


 新任補佐官は、生意気にも俺の言葉に不満がある様子だ。


 訝しむように俺を見ている。


 王に対してその態度は不敬だろ。


 俺でなければその首は刎ねられていたはずだ。


「家臣が王に尽くすのは当たり前の事だ。ほんの少しでも出来損ないの娘を王妃にしてやったんだ。たかだか持参金ごときで騒ぎ立てて、感謝されるのは俺の方なのに」


 つまらない事をこれ以上言うなと、手元の事に集中する。


 机の上には最近マヤが購入した品物の一覧表も置かれているが、レザー製品をいくつか買った様子がある以外は、いつもと変わらないものだ。


 その中の一つはファー付きのレザーコートで、寒くなってきたから毛皮も必要だったのだろう。


 マヤが身に付けるものは特に注目されている。


 新聞に書かれる事をいちいち気にしてはいられないし、むしろマヤがいつまでも輝けるように、予算をもっと増やさなければならない。


 王妃であったヴァレンティーナの分を遠慮なくマヤに使い、それから、俺達の結婚式の準備も大急ぎでする必要がある。


 やっと、誰にも邪魔されずに俺たちが一緒になれる日が訪れるんだ。


 式は盛大なものにしたいと思っていた。


 そのためには、もどかしくともやはりそれなりの時間は必要だった。





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