第5話 最低限の義務を果たしたのに

 思いがけない人との面談を終えてから数日。


「陛下。お話があります」


 国王専用の執務室を訪れると、アルテュール様は迷惑そうな顔で私を出迎えた。


 アルテュール様は、私が誰と会っていたかなど、全く興味が無い様子だ。


 おそらく、知ろうともしていない。


 今日はそんな彼に、伝えなければならない事があった。


 彼に対する、私の最低限の義務だ。


「マヤさんの散財が目に余ります」


 それを言葉にすると、すぐ様舌打ちされた。


「たかがその程度の事で、この俺を煩わせるな」


「マヤさんが使うお金の財源がどこからくるものか、ご存知ですか?」


「貴様が贅沢をしなければ、その分でマヤが使う金額くらい工面できるだろう」


「何故、私の実家のお金をマヤさんのために使わなければならないのですか」


 その言葉の意味をちゃんと理解したのか、アルテュールは視線を逸らした。


 つまり、彼は知ってて私の実家のお金をマヤに使ったのだ。


 私の存在を否定しながらも、私の実家のお金をあてにしているのだから、呆れてものも言えない。


 冷静にと、自分に言い聞かせる。


「今年は不作の年となります。王家は国民に寄り添っているのだと示すためにも、マヤさんが公に見せる姿は考慮された方がいいかと思います」


 それは、本当に心配していることだった。


 マヤのせいで、国民から王家に対して反感を抱かれるのではと。


 すでにその兆候はあるのだから。


 小さな火種を放置すれば、やがて大きなものになる。


「俺に相手してもらえないからと、醜い嫉妬を見せるな。はんっ!マヤが注目される事が許せないのだろう。浅ましい女だな。貴様のせいで俺とマヤの人生は狂わされた。結婚すれば、俺がお前のものになるとでも思ったのか」


 でも、私の言葉はアルテュールには届かなかったようだ。


 今度は自分にとって都合の悪いことを誤魔化すように声を荒げて言った。


 それこそ言いがかりで、支離滅裂なことだ。


「何度も申し上げましたが、陛下は誤解なさっています。私達の結婚は私達の両親が話し合って取り決めたものです。そこには私の意思などいっさい考慮されていませんし、私との結婚がなかったとしてもマヤさんは正妃にはなれません。私が妃にならなければ、他の高位貴族の令嬢が貴方の妃になるだけです。もっと、現実を見つめてください。このままだと、マヤさんにとっても取り返しのつかない事にっ」


 その瞬間、パンっと乾いた音と共に、頬に衝撃が走った。


 勢いで体をよろめかせ、ジンジンと痺れたように痛む頬に思わず手を添える。


 あまりに突然のことに、驚いて言葉を失い、呆然とアルテュールを見たのだけど、それはほんのわずかな時間のことではあった。


「貴様はマヤを貶めた。この程度で許された事を感謝しろ」


 憎々しげに私を睨みつけ、自分の行いが正しいのだと傲慢に振る舞う目の前の男の様子に、ああ、この人はもうダメだと、完全に諦めがついた瞬間だった。


 そんな仕打ちを受けても、アルテュールの前では表情を引き締めて、毅然とした態度を取り続けていた。


 私に落ち度は何一つ無いのだと、無言の抗議をする為に。


 そんな私の態度も気に入らない様子だったけど。

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