第3話 愛される者の存在
「きっと、殿下を気遣ってのことですよ。婚礼の儀式で、殿下がお疲れだったから、気を遣われたのだと思います」
俯いてしまっていたものだから、公爵家から付いてきてくれた侍女のジャンナがそんな言葉をかけてくれたけど、その慰めの言葉が、余計に私を惨めにさせて、そっと気付かれないように息を吐いていた。
いっその事、部屋で食事を行うと伝えようかしら……
いいえ、ここで逃げてはダメよ。
それこそ、陛下の真意を確かめなければ。
彼はこれからずっと私を避け続けるつもりなのか、まだ、気持ちの整理が出来ていなかっただけなのか。
どちらにせよ、私達は国王夫妻として国を支えていかなければならないのだから、このまま私を蔑ろにし続けるはずがない。
そう自分に言い聞かせると、侍女を伴って食堂へと移動していた。
朝食が用意されているであろうその部屋に入ると、私を待っていたのは驚愕の光景と、それによって打ちのめされる事だった。
開けられた扉の先に見えたのは、陛下とその愛妾であるマヤが二人で食事をしているといったものだった。
私が来るのを待たずに、二人で楽しげに食事を進めており、そして、私の分の食事はどこにも用意されていなかった。
いや、私が座るはずの場所にマヤがいるのだ。
周りに控えている使用人達の表情はみな一様に固い。
アルテュールからは、何故ここに来たと言わんばかりの蔑むような視線を向けられた。
ここにお前の居場所はないと言いたげに。
マヤは私に流し目を向け、赤い唇をニヤリと歪めてみせた。
結婚二日目にして、何故、私がこんな仕打ちを受けなければならないのか。
私との婚姻の意味を、この人達は理解していないのか。
私の我儘のせいでこの婚姻が成されたと、未だに思っているのか。
溢れかえりそうな感情を抑えて、指先がわずかに震えていた。
このまま何も言わずに黙って引き下がれば、彼女に負けたのだと認めた事になる。
でも、どう思われようと構わなかった。
口を開けば、受けた教育なんか忘れて、感情のままに怒鳴り散らしそうになる。
きゅっと口を引き締めて、感情を押し殺し、踵を返して部屋に戻っていた。
背中を笑い声が追いかけてきたけど、今は無視する事しかできなかった。
部屋に戻って一人にしてもらうと、ベッドに突っ伏して顔を覆って咽び泣いていた。
彼らの姿が私の脳裏にこびり付いている。
この国の王家、貴族には、金髪に青か緑の瞳を持つものがほとんどだった。
アルテュール陛下も、身分としては下級貴族のマヤも金髪碧眼だ。
私は、ストロベリーブロンドにグレーの瞳のこの国では馴染みのない色をしていたから、その見た目からすでにアルテュール陛下は嫌っていた。
いや、見た目が気に入らないという理由が大部分を占めているのではないかな。
まともな貴族ならそんな幼稚な理由で国王が妃を拒むのかと思われるかもしれないけど、アルテュール陛下の中では、黄金の髪が王侯貴族の証と思っていたのは知っている。
母親が公国の出身ということもあり、“混ざりもの”と私を揶揄していたくらいだから。
部屋で一人で過ごしていると、自分の中を整理しきれない様々な感情が駆け巡る。
幼稚な事をする二人への怒り、陛下を矯正できなかった悔み、彼らが今後を想像できない事への呆れ、自分が蔑ろにされている状況への嘆き。
婚約期間中も、陛下は私に冷たい態度をとり続けていた。
エスコートも必要最低限で、すぐに自らが招待したマヤの元へ行っていたし、贈り物も直接されたことなんかない。
誕生日を祝ってもらった事もなければ、優しい言葉をかけてもらった事もない。
陛下は全く私を大切にしてこなかった。
ほんの少しだけ期待している部分もあった。
結婚すれば何かが変わるのだと。
生前の前王陛下もそう仰って私を説得して、だからこの国のためになるのならばとこの結婚に至ったのに……
でも、結局、何も変わらなかった。
陛下は私を、王妃を、必要としていない。
それがどんな結果を招くのか。
今の私はまだ、どうにかして関係を修復できないかと、その事を願っていたくらいだったけど、わずかな希望も無残にも打ち砕かれる事になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます