第36話

「まずはオレも鮫島やお前にならって、犯人の名前を宣言しておくとしよう。犯人の名は綿貫わたぬきリエだ」


「えッ!?」


 意外な人物の名前が犯人として挙げられ、わたしは思わず声を漏らしてしまう。鼓動が徐々に早まっていく。


「……で、でも先生、綿貫さんにはアリバイがあるじゃないですか。鮫島さんの死体が見つかった朝、彼女は生きているプレイヤー全員の前で堂々と先生の部屋から出てきたんですよ?」


 堅牢けんろうにして盤石ばんじゃく

 正に鉄壁のアリバイだろう。


「アリバイだって? おいおい冗談だろ? 眉美、お前気は確かか? そこにお前は疑念を持たないのか?」


「え?」


 一体何のことだ?


「さっきから何を言っているんです? わたしには先生の言っていることが分かりません。先生の方こそ正気ですか?」


「……ふん。綿貫は生存者全員の前で、自らにアリバイがあるという情報を漏らしたんだぞ。そこにお前は不自然さを感じなかったのか?」


「あッ!」


 開いた口が塞がらない。

 何故今までこんな単純なことに気付かなかったのか。

 このゲームで勝つには、他のプレイヤーには極力自分の情報を明かさない方が得策なのだ。

 そのことは切石が刀を調べさせなかったときに、綿貫自身が指摘したことでもある。にも拘らず、ここで綿貫が自分のアリバイという大事な情報を全員の前で晒す筈がない。


 これは明らかにおかしな行動だ。


「ということは、綿貫さんは鉄壁のアリバイを手に入れる為に先生の部屋に?」


 拘束されてでも、城ケ崎の部屋で一夜を過ごすことにしたのはこの為だったのか。


「しかしどんなに不自然であっても、綿貫さんにアリバイがあることは事実です。これを崩さない限り、どのみち綿貫さんに鮫島さん殺しは不可能ということになります」


「ふん、そんなことお前に言われるまでもない。というか、少し考えればすぐに気付く簡単なアリバイトリックだよ。鮫島の死体が見つかった朝のことをよく思い出してみろ。あのとき、お前は何か異変を感じた筈だ」


「……異変、ですか?」


 言われた通り、わたしはあの日の朝のことを思い出そうと試みる。

 まず部屋を出ると、既に飯田が二階のギロチンの前にいた。次に切石がわたしたちの前に現れて……。


 ――わたしは城ケ崎の安否を心配したのだ。


「そうだ、あの朝だけ殺された人の首が見当たらなかったんです。だから、誰が殺されたのかが分からなかった!」


「そう、鮫島の首はファラリスの雄牛の中に隠されていた」

 城ケ崎がそう言って人差し指を真っ直ぐに立てる。


「この事実が意味することは何か? 


「……ああッ!」


 そうか。

 実際にわたしたちが鮫島の姿を見たのは、鮫島が回答権を使った後までだ。その後、鮫島は自分の部屋に引き籠ってしまい、不破の首がギロチン台の上で発見されたときも、鮫島の姿はなかった。


 あのとき既に鮫島が殺されていても、わたしたちはそのことに気付きようがない。


「最初に殺されたのが烏丸一人だけだったことで、オレたちは何となく一晩に殺されるのは一人だけだという先入観を植え付けられてしまっていた。だから切り取られた首が一つ見つかれば、それ以上首を探したりはしなかった。あの時点では鮫島が姿を現さない方が自然な状況でもあったしな」


「じゃあ鮫島さんの部屋の窓が少し開いていたのは?」


「部屋の中の温度を下げて、死亡推定時刻を誤魔化す為だ。同様に隠された首の方も、ドライアイスのような証拠が残らないもので冷やされていた筈だ。首を隠したのがファラリスの雄牛だったのは、木製の鉄の処女より熱伝導率がいい真鍮しんちゅうを選んだ為だ」


 城ケ崎が自信満々でファラリスの雄牛に首が隠されていると断言したのは、既にこのトリックに気が付いていたからだろう。

 これで綿貫のアリバイは完全に崩れたことになる。


 そうなると下手にアリバイがあった分、綿貫が怪しいということになってくる。


「でもアリバイがないだけでは、まだ綿貫さんを犯人と決め付けるには早過ぎますよね。切石きりいしさんと飯田めしださんにも同じようにアリバイはない筈です」


 それに、城ケ崎は事件が起こる前に犯人が分かっていたと言う。

他にもまだ何か根拠があるのだろう。


「残酷館での推理ゲームを始めるに当たって、犯人にとって想定外のことが起きた。それは何だと思う?」


「えーと」

 いきなり問い掛けられて、わたしは首を横に振ることしか出来ない。


「それは眉美、お前の存在だよ。招かれざる客の闖入によって、犯人は参加者の人数を調整する必要に迫られた。それがあの『寿司アンルーレット』だ。

 だが、ここで考えてみて欲しい。オレたちが残酷館に到着したときには、既に綿貫以外のプレイヤーは食堂に集まっていた。この状況で烏丸に急遽毒入り寿司を用意させ、イレギュラーに対応出来たのは、最後に食堂に現れた綿貫しかいない」


 そうか。

 食堂に最後に現れたのは綿貫だった。実際あの時点では、館の主人として最も疑われていたのだ。

 それなのに何となく疑いが晴れたのは、綿貫が誰もが知っている有名人だからという脆弱な理由によるところが大きい。

 本来、わたしたちはもう少し綿貫が館の主人であるかどうかについて議論すべきだったのだ。


「……確かに状況的に綿貫さんが疑わしいのは事実です。ですが、まだ決定打には欠けています。『寿司アンルーレット』での人数調整は烏丸さんの独断であった可能性もあるわけですし」


「いや、それはないだろう。『寿司アンルーレット』は下手をすれば犯人が命を落とす危険もあり得る状況だった。烏丸が自分の命と引き換えに何らかの報酬を受け取るつもりでいたのなら、雇い主を自分より先に死なせるようなヘマはしない」


「だったら、事前に決めていたんですよ。人数の調整が必要な場合の対策を、犯人が予め烏丸さんに指示していたのかもしれません」


「随分と綿貫の肩を持つんだな」

 城ケ崎は肩を竦めて、大きくため息をつく。


「……いえ、綿貫さんが殺人犯だなんてちょっと信じられなくて」

 そう言ってはみたものの、自分が何故ここまで綿貫リエを庇おうとしているのか分からなかった。


 自分の感情が分からない。

 単に城ケ崎への反発なのかもしれない。


「……ふん、まァいいさ。犯行に使われたトリックを聞けば、強情なお前も犯人が綿貫以外には考えられないことに納得せざるを得なくなる」

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