第30話
「烏丸が殺された夜、確かに眉美はオレの部屋にいた」
発言の主は城ケ崎だった。
「えッ!?」
思わぬ援軍に、わたしは驚きの声を上げる。
一体、どういう風の吹き回しだ?
「眉美が部屋から出るにはオレの顔で扉を開けなければならない。そしてこのゲームに共犯者は存在しないことから、眉美が犯人でオレが協力したという線も消える。よって、コイツに烏丸殺しは不可能だ」
城ケ崎の顔に感情らしいものは見当たらない。
何時もの淡々とした、白く、美しいまでに整った容貌。
「…………」
わたしには城ケ崎の真意が分からない。
読めない。
一体何を考えている?
しかし、助かった事実に変わりはない。
今は城ケ崎に感謝しつつ、このまま話を続けることにしよう。
「……推理を続けます。次に殺害方法ですが、烏丸さんの事件に関しては犯人と烏丸さんが協力すれば問題はありません。不破さんの事件も扉が閉まる五秒の間に部屋に侵入するか、あるいは部屋の外で不破さんを気絶させれば、何とか犯行は可能です。問題は今回起きた鮫島さん殺害事件です。部屋から一歩も外に出ていない鮫島さんを、犯人はどんな方法で殺害したのでしょうか?」
「そんなことは今更言われなくても分かってるわよ。館の主人が私たちに解かせたい謎が、この密室だってことくらい」
綿貫が苛立った様子で捲し立てた。
そう。
これは密室。
密室殺人だ。
昨日の不破殺しとは違う。
掛け値なしの不可能殺人なのだ。
密室を作る目的。それは殆どの場合、他殺を自殺に見せかける為である。逆に言えば、密室とはそれくらいしか使い道のない舞台装置とも言える。
だが今回の場合、その意味は大きく異なる。首が切断されているのだから、他殺であることは今更説明するまでもない。
これは犯人からの宣戦布告。
挑戦状だ。
部屋から一歩も出ていない鮫島を殺したということは、犯人にはその気になれば誰でも殺害することが可能ということだ。
この密室殺人のトリックを解明しないことには、鮫島と同じ運命を辿ることになるという脅しも兼ねているのだろう。
――血も凍る、悪魔の所業。
しかし、だからこそ事件の謎を解く突破口になり得る。
犯人に付け入る隙があるとするなら、ここしかない。
「不破さんの死体が見つかる直前、わたしは自分の部屋の窓から、残酷館をぐるりと一周する何者かの足跡を目撃しました」
静寂。
探偵たちが一斉に息を飲むのが分かった。
この場にいる全員が今、わたしの話に真剣に耳を傾けている。
「ここからは、この事実に基づいてわたしが考えた仮説になります。足跡が残っていたということは、実際に残酷館の外を歩いた人物がいたということです。ではそれは何者か? 考えられるのはわたしたちをここに閉じ込めた犯人しかいません。つまり、この館には隠し通路が存在し、犯人は自由に館を出入りすることが出来たのです」
「隠し通路か。面白いな」
そう言ったのは切石だ。
城ケ崎の反応から一笑に付されることも覚悟していたが、どうやら杞憂だったようだ。
「仮に君の推測が正しいとすればどうなる? 外に通じる隠し通路があれば、鮫島殺しの密室の謎は解けるのか?」
それは以前、城ケ崎からもされた問いだ。
「ええ、条件をかなり限定すれば密室を破ることは充分可能だと考えています」
「ほゥ、それは興味深いな。で、その条件とは?」
「それは鮫島さんに双子の兄弟がいた場合です」
わたしは一度そこで言葉を区切って、切石の反応を窺った。
切石は無言で先を促す。
「毒ガスが館内を満たすのは、午後11時から翌日午前6時までの七時間です。この間に館を出て鮫島さんの双子の兄弟を殺害し、首を持って館に戻ってくる。これで鮫島さんの部屋の密室は破れます。ゲームのプレイヤーを残酷館に呼んだのは館の主人です。予め参加するプレイヤーについて調べておけば、この双子トリックは不可能ではありません」
双子トリックのアイデア自体は、実は雪上の足跡を見つけて隠し通路の存在を疑い始めた時点で思い付いていた着想だった。
極端な話、殺されたプレイヤーが全員双子なら、全ての部屋の扉を開けることが可能になる。
城ケ崎に黙っていたのは、彼が隠し通路に対して否定的だったことと、昨日までの時点では事件に不可能性が付随していなかった為である。
「……ふむ、中々に面白い仮説ではあるな。しかし、君の推理には決定的な瑕が二つ程ある」
切石が静かに言う。
「まず一つ目、君の話では雪の上の足跡は館をぐるりと一周回っていたと言う。足跡が館から遠くに伸びていたわけでも、車が使われた形跡があったわけでもない。つまり、犯人は館の外には出たが、館の周囲を歩いただけで、遠くまで移動したわけではないということだ」
「…………」
「二つ目に、烏丸はルール説明時に部屋の扉は本人の顔でなければ開かないと明言している。たとえ一卵性双生児であっても、顔認証をパス出来るかについては甚だ疑問だな。同様に3Dプリンターなどの機器を使った可能性も考えなくていいだろう」
「…………」
「それから肝心の隠し通路にしても、それが何処にあるのかすら分からない状況では、推理に組み込むには時期尚早と言わざるを得ないな」
流石は名探偵だ。
反論の余地がない。
わたしの推理の弱点をこれでもかと突いてくる。
だが、わたしは特に落胆はしていなかった。わたしには最初から正解しようなどというつもりはなかったのだから。
重要なのは、犯人には館の外に出ることが可能だったという情報をこの場にいる全員に知らせること。
やるべきことは全て果たした。
人事を尽くして天命を待つ。
明日はゲーム最終日。
――わたしは、何としてもここから脱出しなければならない。
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