第6話 決戦

「城門を開け放ち、こちらから打って出ます」


 会議場内に、どよめきがおこった。

 とうとう王女が決断を下し、自ら国軍を率いて、ドラゴン討伐を行うと宣言したのである。


 国境の村々が次々とドラゴンと魔物たちに襲われ、民人たちが無残に殺されて行っているとの報を受け続けた心優しい王女は、とうに我慢の限界に達していたのだ。

 王女の決断を聞いた大臣たちも、止むを得まい、と苦渋の中でありつつも、彼女の判断に同意した。


 もちろん、軍を率いて城を空にすることは危険だ。

 しかしこのまま城の防御を固めたままでは、国を支える民人たちの命が奪われるばかりである。

 国防大臣は、王女の決断を支持しながらも、いかなる戦法をとるかについて質問をした。


「もしドラゴンが我々をたばかり、空いた城を手中におさめればどういたしますか?」


 王女は答えた。


「城を出る前に、城中にありったけの油の樽を置き、樽の上蓋を開けておきなさい。さすれば城外からでも火矢を放てば、容易に城を焼くことが出来ましょう」


 すると、いつものように王女の影のように控えていた紅の騎士が、めずらしく口を開いた。


「なるほど、それは好都合。そうなれば我らの軍勢で城を取り囲み、油の炎で焼かれた魔物たちやドラゴンを、逃さず一網打尽に出来る、というわけですか」


 王女は紅の騎士に目をやり、にっこりとほほ笑んだ。

 一方、大臣たちは息を呑んだ。

 王女はたとえ城を失ってでも、必ずドラゴンを仕留めるつもりだ。




 白銀の鎧に身を包んだ王女が率いる国軍は、直近にドラゴンと魔物たちが襲った村を目指した。

 それは飛行しうるドラゴンならともかく、他の魔物たちは徒歩であろうので、竜の軍勢はまだその近辺にいるはずだと目測をつけたからだ。

 そして王女は、戦を知ったドラゴンは、軍の将である自分が出陣してきたならば、必ずそれを討ちに来ると考えていた。


 しかし王女にはもう一つ、ドラゴンは必ず自軍を襲ってくるという確信があった。

 そのための策は、すでに練られていたのである。

 王女は城を出て平野に入ると、部下たちに命じた。


「旗をかかげよ!」


 その巨大な旗は、王女の実の父である騎士団長がつけていた首飾りが描かれていた。

 王女は叫んだ。


「トカゲのように臆病で、蚊トンボのように飛び、薪に火もつけられぬほどの炎しか吐けぬドラゴンよ。

 この紋章に見覚えがあるだろう。貴様を手酷てひどい目にあわせた騎士団長のものだ。私はその騎士団長の実の娘。父はお前のことを、勝てぬとあれば尻尾を巻いて逃げ出す、腰抜けトカゲだと言っていた。

 こうして私が城を出てからも姿を見せぬとは、いよいよ父の言ったことは本当であるようだな。おおかた、わが父に負わされた痛手の恐怖がぬぐいきれず、その娘の前にはとうてい、姿を見せられぬに違いあるまい。

 この小心者の弱虫トカゲめが!」


 王女の言葉に呼応して、国軍が一斉に叫んだ。


「小心者の弱虫トカゲ! そのまま尻尾を巻いて逃げ出すが良い!」


 軍勢は繰り返す。


「小心者の弱虫トカゲ! そのまま尻尾を巻いて逃げ出すが良い!」


 大軍勢の声は、平野の向こうにある山まで届いた。

 そしてその言葉に、烈火のごとく怒り狂ったのは、山影に隠れていたドラゴンである。


 ドラゴンは翼をはためかせ、毒々しい炎をまき散らすと、山から姿を現し、一直線に国軍へと向かってきた。

 ドラゴンに付き従っていた魔物たちの軍勢も、慌てて駆けだし、ドラゴンの軍勢と王女率いる国軍は、平野の中央で激突した。


 王女は指揮棒をふるって、国軍に魔物たちの軍勢の中央を突破させ、さらに引き返させると、左右両面で魔物の軍勢と戦わせた。

 すると、魔物の軍勢と国軍が戦うその中央に、誰もいない道のような空白が出来た。

 そしてその道の先には、軍の将たる王女がいる。


 ドラゴンは王女の周囲が手薄になったと見るや、王女目がけて毒々しい炎を吐いた。


 しかしその時、王女の騎馬の後ろに隠れひそんでいた、紅の騎士が飛び出してきた。


 紅の騎士は、その鎧で一身に炎を受け止める。

 ドラゴンは、してやったりと思ったものの、しかし次の瞬間、愕然がくぜんとした。


 紅の騎士の真っ赤な鎧には、炎が全く効かなかったからだ。


 慌てふためくドラゴンに、白の王女が次々と白銀の矢を放つ。

 さらにその隙にドラゴンに近寄った紅の騎士が、剣をふるってドラゴンを斬りつけた。


 ドラゴンの硬いうろこが、やすやすと切り裂かれる。

 深手を負ったドラゴンは、しかし小賢しいとばかりに紅の騎士目がけて、鋭い爪を振り下ろした。


 だが、その爪は紅の騎士には当たらなかった。

 またもや白の王女が放った矢が、今度はドラゴンの右目を潰したからだ。

 紅の騎士は、痛みにもだえ苦しむドラゴンの頭に飛び乗り、まずは左目を潰した。

 そしてさらにドラゴンの眉間を狙い、止めを刺そうとした時である。


 ドラゴンは力をふりしぼり、首を振るって紅の騎士を地面に叩き落した。

 そして、白の女王に向かって炎を吐き出し、矢で狙われることをふせぐと、どこにそんな力が残っていたのか、大きな翼をはためかせ、王女と騎士に背中を見せたまま、北へと向かって逃げ出したのだ。


 ドラゴンの敗走で、魔物たちの軍は総崩れとなった。

 国軍は魔物たちを蹴散らし止めを刺し、この一戦は国軍の大勝利となった。

 完勝に沸く兵たちであったが、しかし王女は歯噛みしていた。


 ドラゴンに止めを刺し損ねたからだ。

 あの様子では、またドラゴンは北の地のさらに奥の竜の隠れ家に舞い戻り、傷をいやしてからまた、国を襲いに来るだろう。

 そしてその時、また無垢むくの人々が殺されるであろう。

 それを思うと、とても勝利の喜びにひたることは出来なかったのだ。


 しかし、そう考えていたのは王女だけではなかった。

 歓喜する軍勢の中、一人険しい顔つきをしていた王女の前に進み出たのは、やはり紅の騎士だった。


「王女陛下。私にドラゴン討伐をお命じ下さい」


「今から、あのドラゴンを追うというのですか?」


「はい、しかしそれだけではありません。北の地のさらに奥の竜の隠れ家まで出向き、ドラゴンの一族郎党を根絶やしにして参ります」


 王女は驚いて騎士を止めた。


「一族郎党すべてをですか? あなたは確かに強いですが、しかしそれはあまりに荷が重すぎます」


 だが紅の騎士は頑固に言い張った。


「いえ、必ずやりとげてみせます。なぜならそのためにこそ、私はこうして騎士として生まれ変わったのですから」


「あなたまさか、記憶を取り戻したのですか?」


 紅の騎士はうなづいた。


「先にドラゴンを斬った剣の感触から、すべての記憶がよみがえりました。私は北の地のさらに奥にいるドラゴンどもを、すべてほふるとを約束したからこそ、このように紅の騎士として生まれることが出来たのです」


 すると白の王女は、哀し気な表情を浮かべた。


「どなたかと、約束したからなのですね。けれども私もあなたと約束したではないですか。ずっとそばにいてくれると、言ってくれたではないですか。その方との約束というのは、私とともにあることよりも、あなたにとって重いものなのですか?」


 しかし紅の騎士は首を横に振った。


「いいえ、比べることは出来ません。なぜなら、王女様との約束もその方との約束も、分けることの出来ない、一体不可分いったいふかぶんのものだからです」


 王女は紅の騎士の言葉の意味するところはよくわからなかったが、しかし騎士の誠意は十分に感じとれた。それゆえ彼女ならば、必ず自分との約束も果たしてくれるはずだと、信じることが出来た。


「では、条件付きで、ドラゴン征伐を認めましょう」


「なんなりとお申しつけください」


 白の王女は、愛情に満ちた目で、静かに言った。


「必ず生きて私の元に帰ること。それがただ一つの条件です」


 紅の騎士は、愛される喜びを瞳にたたえつつ、こう答えた。


御意ぎょいのままに」



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