4-4(最終話) ♂ 本当のハッピーエンド ♀

「……あ」


 フリル付きの黒い日傘をさしてひとりで街を歩いていると、いつかの猫に出逢った。

 白と黒の毛が半分の、例の秘密基地にいた猫だ。


「お前、離れ山からこんなとこまで降りてきてるのか」

 

 猫はビルとビルの隙間から出てくると、近くの電信柱の影で涼みはじめた。

 その近くに寄って、日傘を差し出しながらしゃがみこむ。


「……また、噛まれるかな」

 

 おそるおそる手を差し伸べてみる。すると。

 猫は逃げずに。ざらざらとした舌で指先を舐めてくれた。

 

「――あ」

 

 そのまま猫の背を撫でながらつぶやく。


「このカラダになって、こういう嬉しい利点メリットもあるんだな」


 何しろ男だった時には、大好きな猫に逃げられてばかりの人生だったのだ。


「へへ――かわいい」

 

 すっかり夢中になってその白黒猫と戯れていると、なにやらまわりが騒がしくなった。

 皆が見上げている方に目をやると、遠くの空に不気味な黒い雲が浮かんでいた。


「……あ」

 

 昼間にも関わらず、ごろごろと雷鳴らいめいが鳴りはじめる。


「そういや思い出した。このカラダに変わった時に、お前も近くにいたんだよな」

 

 撫でている猫は特に雷の音にも驚きはせず、のんきに『にゃあ』と鳴くだけだった。


 

「…………」

 

 

 そんな白黒の猫と、遠くに浮かんだ暗雲あんうんをじいと見比べていると。


 脳裏には、どうしたって【あの夜】の出来事がよみがえってきた。


 

 

     ♡ ♡ ♡


 

 

 それは3人の関係が。想いが。

 ぐちゃぐちゃになってしまった日。その真夜中。

 

 龍斗と愛音を部屋に残して。

 トイレの個室にひとりでこもっていたときのことだ。

 

「……そうだ。これでぜんぶ、おわりだ」

 

 外ではごろごろと雷鳴が鳴っている。

 手の中には龍斗が見つけてくれた、淫魔の呪縛を解くという小さなあかい【鍵】がある。


「カラダがもとに戻る。白昼夢はくちゅうむから目覚める」

 

 そう言って指先で鍵をつまんでから。ゆっくりとした速度で。

 

 胸元にさがった、不気味に輝くペンダントに向かってそれを差し出していく。


「だいじょうぶ――ぜんぶ、だ」

 

 その瞬間、何度めか分からない稲光いなびかりが空にまたたいて。

 激しい落雷がとどろいた。


「…………」


 ぴたりと動きを止める。


 だけど――だった。

 

 世界を変えうるかのように鳴り響いていた落雷の音と光に――とくだん驚くことはない。

 

「………………」

 

 なぜなら、すでにこの頃には。

 頭の中は【別のものごと】でいっぱいになっていたからだ。

 

 続いてまた閃光。

 まもなく電気が落ちた。


「……あ」


 部屋の方が騒がしい。


『みーくん!』『ミナタ――』


 ふたりが名前を呼んでくれている。

 その音ですらも、どこか遠くの世界での出来事のように聞こえる。


『みーくん、だいじょうぶっ?』『――ぶじ?』

 

 だいじょうぶ。無事に決まってる。

 頭はどこまでもに働いている。

 

 そんなまともな頭の中には、【とあるひとつのこと】だけが満たされている。

 

 ついさっき。

 真夜中の公園で、龍斗からきいた一言だ。


『首飾りの呪いで、無理やりオンナノコのからだに変えられちゃって。心も染められて。記憶をぬりかえられて――それで、になってるだけなんだ』


 龍斗は何を言ってるんだろう?

 そんなのは――のことなのに。


『ミナタはいま、そのカラダにだけ。もとにもどったら――そんな感情は、


 そんなこと――

 どうしようもないくらい。


 分かっていたことなのに。


「……………………」


 そうしてようやく決意する。


 どこまでも〝まともな頭〟で。

 【これからのこと】を考える。


 ――だいじょうぶだ。ぜんぶ、うまくいく。

 

 覚悟なんていらない。認めなくてもいい。

 

 ただこのカラダを雷のようにつらぬく――

 激しい感情の激流げきりゅうに身を任せるだけだ。

 

 ふたたび閃光。

 個室の中が一瞬の光で満ちる。


「……よし」


 てのひらを握って、まだその中に【例の鍵】があることを確かめる。

 

 息を吸って。吐いて。

 指先でつまんだあかくて小さな鍵を。


 ――トイレの水の中に、


 ちゃぽん。水音が鳴った。

 

 次だ。だいじょうぶ。またチャンスは来る。

 

 うかがっているうちに、望み通り次の落雷らくらいがあった。

 その雷音らいおんに紛れるように――レバーをひねって、


「そうだ――これでいい」


 鍵がなくなったことを問われたら、なにか〝適当な理由〟を答えておけばいい。

 ドアの外ではまだふたりが名前を呼んでくれている。


「そんなによばなくても、だいじょうぶ。すぐ、そっちにいくから」


 そして何度目かの稲光に照らされて。

 暗いうずの底にごぼごぼと吸い込まれて消えていく、血のように真っ赤なカギを。

 女になったカラダをだったその鍵を見つめながら――


 

 

 









 

 ――ああ、良かった。これでまだ、キミのことを好きでいられる――


 

 









 

 

 なんてことを、は思った。





 







        『オレが淫魔ちゃん⁉』

   ETERNAL (HAPPY!?) ENDed‼



 





==============================

これにて本作メインストーリー【完結】となります――!

このあともいくつか本編で描き切れなかった『サイドストーリー』をあげていく予定です~!


よろしければ作品&作者フォローや♡、★での評価もぜひぜひぜひ。


あらためまして、本作に出逢っていただき、

本当にありがとうございました……!


           ささき彼女!

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