最終章:ゼンブ、もとどおり
4-1 ♂ トイレで『ひとり』でしてくるね? ♀
真夜中の街中を、龍斗とふたりで歩いていた。
「……」「……」
俺の家まで送ってくれることになったものの、会話はない。
何を話していいかわからなかったし、どういう表情を向ければいいかもわからなかった。
いつもと同じで俺の2~3歩前を歩いている。
その背中を俺は追いかける。
けれど。今日は一度も、後ろを振り向いてくれることはなかった。
「あ、
マンションにつくと、玄関ドアの脇に愛音がいた。
地べたにそのまましゃがみこんで、膝に顔を
「あ――みーくん」
俺たちに気づいた愛音は、顔をあげて嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。心配したんだよ?」
「な、なんでこんな時間に……つうか、ずっとここにいたのかよ……!」
愛音は当たり前のように頷いた。
「言ったでしょ? 私、みーくんのこと、ずっとずっと待ってるって」
愛音は天使みたいに微笑んで続ける。
「おかえり、みーくん」
「……た、ただいま」
そこで彼女の頬に涙の筋があることに気がついた。
「うん? 愛音、泣いてたのか?」
「え?」と愛音は目をまたたかせてから、伏せた。「そうなのかな。……そうかもしれない。でも、みーくんだって。あと――
愛音に名前を呼ばれて、俺のうしろから龍斗がおずおずといった様子で顔を出した。
「ねえ。今までふたりで、なにしてたの?」
と愛音がどこまでも透明感のある瞳できいてきた。
「っ! あーちゃん、ごめん、ボクっ――」
龍斗が言いかけたのを。
「あーっ!」
俺はぱちんと大きく手を叩いて、さえぎってやった。
「実はだな、その――龍斗が。俺の【淫魔の呪い】を解く
俺は声をなるべく
「――え?」
愛音は目を丸くした。
巻き起こった感情をどう処理していいか分からないように、まつ毛を震わせる。
「……ミナタ?」龍斗は後ろで驚いたようにしている。
「いいんだ」と俺は龍斗にだけ聞こえるよう小さく言った。
「でも、ボク――」
俺は首を振ってから、あらためて愛音に向かって続ける。
「龍斗のやつ、すごいんだぜ? 寝る間も
そこで俺はポケットから実際に〝鍵〟を取り出した。
血のように真っ赤な小さな鍵だ。
「そう、だったんだ」
愛音の中でひと通りの波が過ぎ去ったようだ。
ほうと小さく息を吐いて、やがて片方の瞳からひとすじの涙を流した。
「あ、愛音っ……⁉」
「よかった、よかったねえ、みーくん」
愛音は目に指先をあてて、すすり泣くように言う。
「これで、ぜんぶ――
「……ああ」と俺は頷いた。力強く。頷いた。
そうだ。これでぜんぶ、もとどおりだ。
崩れてしまった繋がりは。
歪んでしまった感情は。
ぐちゃぐちゃになった関係は。
ぜんぶ、もとに――
「だから。俺がもとの身体に戻ったら。また、この3人で――」
ごろごろ、と
ふと見上げると、さっきまでは影すら見当たらなかった黒い
♡ ♡ ♡
「それじゃ――
俺は例の【赤い鍵】を手にして言った。
3人でそのまま俺の部屋にあがった
テーブルの上や飾りつけは未だ誕生日会の時のままになっていた。まるであの時から時間がそのまま止まっているかのようだ。
けれど実際は、その間にさまざまなことがあった。
愛音に日課を見られて。嘘がバレて。
愛音を追って飛び出した。けれど見つからなかった。
帰ってきたら龍斗も消えていた。
翌日、学校の体育倉庫で。
壊れた天使様との
そして俺の――〝心に秘めていた想い〟に気づいて。
龍斗を探した。駆けずり回った。どこにも見つからなかった。
夜の公園に。きみはやってきた。ばかな俺を心配して。きみはやってきた。
俺は伝えた。愛を伝えた。感情の激流を伝えた。言葉にした。
記憶が
なにかがおかしいと気づいていた。それでも止まらなかった。
それでもいいと思った。【きみのぜんぶが欲しい】と願った。
けれど龍斗は――その告白を断った。
そして自らの想いを口にした。
自らの不義理を口にした。
泣いた。泣いた。泣いた。
それもこれもぜんぶ。
俺のカラダが〝女〟になってしまったことが原因で巻き起こったのだ。
「……だから」
俺は指先でつまんだ赤い鍵を空で揺らす。
オカルトな日々も――ようやくこれで終わる。
俺が男の身体にさえ戻れば、ぜんぶ
なかったことになる――とまではいかないかもしれないけど。
きっとそれまでの、仲の良かった3人の関係に。
「そうだ。
まるで俺たちの関係性をためすかのような。
真夏の夜に見た夢。
「……これでようやく、目覚めることができる」
俺はあらためて赤い鍵を握って。
「――よし」
意を決してみたものの。
「……って。み、見られてる中だと、恥ずかしいな」
そこで俺は周りを見渡した。
ベッドの端にいる俺を見上げるようにして、愛音と龍斗が床に座っている
「ん――べつに、きにしなくていい」と龍斗が言った。
「うんうんっ。いないものと思っていいよ?」と愛音が言った。
「つってもなあ」と俺はふたつ結びの頭をかく。「どんな状態でもとに戻るか、わかんないし。は、
「あは。みーくんったら面白いね。今更
「ん――そう。いまさら」と龍斗が言った。
「――え?」
愛音が龍斗を鋭く振り向いて冷たい声をだした。
「私はいいけど……りゅーとが『今更』って、どういうこと?」
「ごめん。いまの、なし」
龍斗が汗をだらだらと流しながらうつむいた。
「お、おい、余計なこと言うなよなっ」
俺は龍斗にだけ聞こえるよう注意する。
「ねえ。やっぱりふたりの間になにかあったのねえねえねえ」
「あ、愛音! 目が怖いって! ……あ」
俺は廊下の方を見て言った。
「そうだ! 俺――トイレでひとりで、
「…………」
「な、なんだよ?」
龍斗は気まずそうに視線をそむけて。
愛音はニヤニヤ顔を浮かべていた。
「うん――トイレでひとりで、してきてねっ」
「……っ⁉」
俺は自分の発言をあらためて脳内で再生して、顔を熱くし叫んだ。
「そ、そういうことじゃ、ないっ!」
「はいはい。いってらっしゃい、みーくんっ」
「うー……! いってくる‼」
俺は顔を赤らめたまま、逃げるようにその場を去った。
♡ ♡ ♡
トイレの個室にこもって。
俺は長い溜息を吐いた。
――ようやく、もとの身体に戻れる。
「振り返ってみれば、あっという間だったな」
様々なことが嵐のように過ぎ去っていった。
感情がぐちゃぐちゃになった。
関係性もドロドロになった。
すべての矢印のベクトルがごちゃまぜになった。だけど。
「これでぜんぶ、おわりだ」
絡んでもつれあった糸はほどけて。
お互いの中に積み重なった黒い
「俺たちは。もとの関係に――」
俺は不気味に光る【赤い鍵】を指先にとって。
胸元にさがった、やっぱり不気味に輝くペンダントに向かって。
――差し出した。
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