二人の日々の終着点

藍詠ニア

一人の日々の開始点

白河悠里しらかわゆうり

詰まるところ僕は恋をしていた

燃えるように熱い恋でも

覚めた恋でもなく極々一辺倒で

不安定な恋を


君を見つけたのは何気ない日だった

初夏のかったるいような暑さだけはずっと忘れられない

学校からの帰り道

塾からの帰り道

はたまたコンビニにふらりと行った時だったかもしれない

記憶すらしていない

いつか忘れるはずだったそんな日に

君は突如現れた


彼女が偶然落とした

可愛らしいアニメのキャラクターが付いたキーケース

コンクリートに音もなく放り出されていった

人工皮革と金属の塊が

視界の先で滲んで混じった


親切心だったとは言えない

下心があったとは言わない

心奪われた僕は少しでも同じ時を

空間を過ごしたかった

その一心で彼女に声をかけたんだ


そこから逢瀬を重ね

彼女と付き合うまで

決して多くの時は掛からなかった

人間あんなに必死になれるなんて思わなかった

惰性で生きて

ただ日々を無意味に過ごしていた僕には

人生の八割程を消費した様な

すごく眩しい日々だった


君はいつも笑っていたね


親から虐待を受けていると話した時も

病気を患っていると話した時も


僕にはとても理解できなかった

夏の暑い照りつけるような日差しの中

日傘の掛かった蒼色が

隙間を通して降り注ぐ

カフェで美味しそうにケーキを食べる君を

美しく飾る自然の化粧


君以外考えられなくなるほど

君を失いたくないと心から思っていたのに

まるで君は自分が居なくなることが

当たり前かのように笑うんだ


君に生きていて欲しいと

君が生きることが僕の生きる糧なのだと

何度も言い続けて

何度も縫い留めて

最後は空気を抜けるように

反芻して


あれは同じく夏の日のこと

かなかなと鳴くひぐらしに

意味もなく動悸が早くなった

新品の靴を汚すのも躊躇わず

舗装されていない林道をなぜこんな必死なのか理解もせずに走っていた


電話で言われた

電子音の混じった最後の言葉


私はあなたの理由になれたのかな


どうしようもなく忘れられなかった

僕の足が例えここで折れようとも

君を探さなくちゃいけない気がした


君を見つけたのはそれから半年がすぎた頃

雪がしくしくと泣くように

雲がこまごまと散るように

世界が凍てついた美しい日のことだった


僕の凍えた心を嘲笑うかのように

暖かい

それでいて全てを赦してくれるような

慈愛に満ちた声で


私を愛してくれてありがとう

幸せを教えてくれてありがとう

私の人生はあなたのおかげで

最後まで

生きる価値があり

死んでいい理由がない

奇麗な女性で居られました

さようならは言いたくないから

またね


管に繋がれ

シミ一つない

真っ白のベッドの上で

君を映すビデオレターは滲んでいた


彼女がこの世に存在しないと

証明しただけの

ただの紙切れが同封されたことなんて

どうでも良くなるくらい

君に僕の想いが伝わる訳もなく


君とすごした幸せは

僕をつつんだ辛さは

僕がひとりぼっちになる為の

つかの間の準備でしか無かったんだ


君と過して消化した八割の

残った人生を振り絞る


吐く息が白く

世界も可憐に薄白んで

心が真っ白な雪と孤独に淀んで


君に告白したこの屋上から見下ろす

シミ一つない奇麗な白に


僕は君を見いだした――


雪の上に広がる

黒く濁った血の色は


――君と僕の終着点


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二人の日々の終着点 藍詠ニア @Lene_tia

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