第46話 水着
途中、休憩をいくつか挟みつつ、営業終了の夕方5時まで無事に乗りきることができた。
「みんな、助かった。んじゃ、これ、今日のお給料ね。お客さんの入りも良かったから、ちょっとだけどイロつけといたから。また明日も頼むねっ!」
隼平さんから日給を受け取る。
封筒は結構な厚み。ありがたい。
「片付けは俺がやっとくから、あとはみんなで好きなだけ遊んでくれ」
そうして、隼平さんに見送られた俺たちはビーチへ繰り出す。
働いていた時には終わったらさっさと宿に戻って休みたいと思っていたのに、いざ労働から解放されるとそんな気持ちはなくなるから不思議だ。
夏の盛りの5時はまだまだ明るい。
日射しはだいぶ控え目になってくれているし、潮風もあるから、昼間に比べると暑さも多少は緩んでいる。
そんな中、俺はじゃんけんに負けて、みんなの分の飲み物の買い出し係。
ひいひい言いながら戻ると、そこにはさっきまでいた透さんたちの姿はなかった。
「あれ、和馬、お前だけか? 透さんは……」
スポーツドリンクを受け取った和馬はにやっとした。
「な、なんだよ」
「透さんは、ね。朝沙子も静ちゃんもいないんだけどなぁ」
和馬はどこからか調達してきたビーチボールを手の中でもてあそびつつ言う。
「う。それは……透さんの名前を出したのは、たまたまだから……」
「冗談だよ。三人は旅館」
「旅館? 帰ったのか?」
「すぐに戻ってくるってよ。日焼け止めでもぬりあってるんじゃないか?」
「塗り合わなくていいだろ……」
第一、そんなんでわざわざ旅館に戻ったりしないだろ……。
「でもそういうのロマンだろ?」
「ロマンてか、塗り合うとか、マンガだけの世界だろ」
「おいおい、これだから童貞君は。本当にマンガだけの世界だと思ってんのか?」
「……ち、違うんですか?」
思わず丁寧語になってしまう。
「安達と付き合った時にでも言ってみろって。塗らせてくれって」
「……ハードル高すぎるんだが」
その時、「お待たせー!」という橘さんの溌剌とした声が聞こえ、そっちを見る。
「っ!」
走ってきた橘さんは水着姿だった。赤い色に白い花柄模様のビキニ。髪もアップにしている。普段の派手さがめっちゃプラスに作用していて、華やかだ。
それにしても橘さんって、めちゃくちゃ着やせするタイプだったんだ……。
目のやり場に困る。
「うぉ。やべえな。朝沙子」
和馬は軽く口笛を吹く。
すぐ後にやってきた静ちゃんは水色のワンピースタイプの水着で、可愛さが引き立っている。
「あ、おにーさん、帰ってたんだ」
「静ちゃん、可愛いね」
「えへへー。今年買ったんだぁ」
静ちゃんは少し得意げに、右足を軸にして、くるっと回った。
え。待って。朝沙子さん、静ちゃんが水着姿ということは…………まさか、透さんも!?
俺は二人に続くであろう透さんの姿を探す。しかし。
「――あ、あれ、透さんは?」
「え? あれ、さっきまでついてきて……あ、お姉ちゃん! 速く速く! なにしてんのー! 来てーっ!」
静ちゃんは後ろを振り返り、大声で呼びかける。
俺はそっちの方を見た。
透さんがおずおずと現れる。そんな透さんはパーカーを羽織っている。
目が合う。透さんは頬をうっすらと染め、うつむいてしまう。
「お姉ちゃん、パーカー脱ぎなよ。暑いでしょ」
「わ、私は、別に……大丈夫」
「別にって、透。水着着てるのにそんなもん羽織ってたら意味ないじゃん。何の為に海にきてると思ってるの?」
「……そういう朝沙子は海に入らないんでしょ」
なんだか透さん、いつもより子どもっぽい表情で抵抗している。
「当たり前じゃん。濡れたくないもん。でも水着は着るの。とーぜんじゃん? 透、恥ずかしがることないよ。めっちゃ似合ってるし!」
「わ、分かったから……」
透さんは耳を赤くさせながらパーカーをおずおずと脱ぐ。
そんなためらいがちにジッパーを下ろす仕草とかかえって……ヤバんだけど。何がヤバいかは言えないけど色々と。
「!!」
パーカーを脱いだ透さんは、装飾のないシンプルな白いビキニ水着。
透さんの無駄な肉の一切ないスレンダーなスタイルが、シンプルなビキニ水着で強調されて、すごく似合って、見とれてしまう。
ただスレンダーなだけじゃない。引き締まって、筋肉もほどよくついているのが分かった。
ごくりとつばを飲んでしまう。
「りゅ、隆一君……」
「は、はいっ」
「……見過ぎ」
「ご、ごめん!」
橘さんが笑う。
「ま、透の水着姿に見入っちゃう気持ち分かるー。ほんっっっっっっと、羨ましい。何食べてたらそんなほっそりするわけー?」
「何って別に普通……ひゃっ」
透さんは可愛い悲鳴をこぼす。
「ちょ、ちょっと朝沙子、脇つっつかないで……!」
「つっついたんじゃなくって、つまもうとしたの」
「ど、どっちにしてもやめて……」
「もー。ウェスト細すぎ。ぜんぜんお肉を掴めないとかぁ! もうすぐ腹筋も割れそうだし」
「わ、割らないから……」
「えー。割ったほうが絶対イケるってば!」
「別に、ムキムキになりたいわけじゃないから。それに筋肉つきやすい体型だから……って、もう私の話はいいでしょ」
橘さんが俺に意味ありげな視線を見せる。
「?」
すると、橘さんに思いっきりため息をつかれてしまう。
「近藤君さぁ」
「はい……?」
いきなり橘さんの鉾先がこっちに向いて、ドキッとする。
「私に対して何か言うことないわけ?」
「え……」
そこで、橘さんの求めていることに思い至った。
「橘さん、すごく似合ってるよ!」
橘さんはすぐに笑顔になった。
「でしょ! この水着、今年買ったんだよね! 高かったんだからっ!」
その場でくるりと一回転してみせる。
そんな激しく動いたら、ダメだって……。俺はドキドキしてしまう。
「うん、可愛い……てか、セクシー……だと思う」
「サンキュ、近藤君。んで、そっちの運命の相手を探してるクソイケメンは?」
「クソイケメンで悪かったな。三人ともよく似合ってるぜ」
「はあ? なにそれ。マジ偉そうなんだけどっ」
「……感想言って文句とか、なんなんだよ」
「その感想がいい加減って……ま、いいけど。あんたに見せるために着てきたわけないし」
「悪かった、機嫌なおせよ。お詫びに日焼け止め塗ってやるからさ」
「やらしーやつ。でもおあいにく。日焼け止めだったら着替えのついでに塗ったから。ね、透っ。透ってばくすぐったいとか言って、色っぽい声だしちゃって、こっちがドキドキしちゃったよー」
「! い、言わないでって約束したでしょ!?」
透さんは赤面して声を上げた。
「あはは、ごめーん」
透さんがハスキーな声で、色っぽい声とか聞きたすぎる……!
「隆一君、想像したら許さないから」
「! し、してないよ!」
思いっきり疑いの視線を向けられた。透さん、鋭すぎる。
「……まったくもう。だいたい、私は日焼け止めとか塗らなくてもいいって言ったのに。朝沙子、強引すぎるんだから」
「ダメだって。せっかく綺麗な肌してるんだから、ケアはちゃんとしとかないと。将来、染みになったら嫌でしょ?」
「私、剣道やってた時は毎年の夏は真っ黒だったんだから、今さら気にしないから」
「それにしても可愛い声、ねえ。透も女ってことか……って、隆一、睨むなよ。冗談だって」
「……別に睨んでないけど?」
「静ちゃん、和馬ってどうしようもないくらい女たらしだから、気を付けて。絶対二人きりにはならないこと、いい?」
「はい!」
橘さんの言葉に、静ちゃんは力強く頷く。
「……し、静ちゃん、その素直さは、グサッと刺さるから……」
さすがの和馬も、静ちゃんの言葉には傷ついたらしい。
しかしすぐに気分を切り替える。
「まあいいや。女性陣の準備も整ったみたいだし、ビーチバレーでもしようぜ!」
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