第12話 結果オーライ?

 ファミレスで昼食を済ませると、電車に乗ってここから三〇分ほど離れた駅へ。

 駅に到着すると、繁華街の中にある一階にゲーセンの入っている商業ビル――ボーリング場のあるフロアへエレベーターで向かう。

 手続きを終えてシューズを借り、ボーリングの玉を選ぶ。

 ボールを選んでいると、


「おい、わざと俺が負けてやるから、朝沙子にばっちりいいところを見せろよ」


 和馬がすぐ隣にやってきて声をかけてくる。


「わざとって……。透さんと打ち合わせでもしたのか?」

「いや、してない。打ち合わせられるほど安達と仲良くないからな。でも安心しろ。そこは俺が微調整して負けてやるから」

「……今時、ボーリングがうまいくらいでほれたりするか?」

「そこは……うまくやれ」

「いきなり突き放すなよっ」

「冗談。帰り際、二人きりにするから、そこでコクれ。いいな? 日和るなよ」

「…………うん、まあ」

「不安な答えだな。ま、大船に乗ったつもりでいろよ。――じゃ、チームに分かれようぜ。俺と安達VS隆一と朝沙子」

「よろしく、橘さん」

「朝沙子でいいよ。私も隆一って呼ぶし」

「あ、う、うん……」


 こんな風に自然と自分のペースに相手を巻き込めるのも、男子に人気が高いポイントなのかなと感心してしまう。


「橘さ……朝沙子さんは、ボーリング得意?」

「正直、そんなに得意じゃない。隆一は?」


 隆一! 橘さんみたいに可愛い子から呼び捨てにされるとか……。


「俺は、まあ、可も無く不可もなく……。スコアは120くらいだし」

「うわ、すごいじゃん。私なんて、100越えたら奇跡ってレベル」

「お互いがんばろうっ」

「うん」


 橘さんの弾ける笑顔に、つい、引き込まれそうになる。

 いや、俺には透さんが……って、勝手な一目惚れだけど。

 まず先攻は和馬、透ペアで、透さんだ。

 透さんはボールを持つと、綺麗なフォームで投げた。

 ボールは勢い良く転がりながら、溝へ。ガーター。


「ああ……」


 透さんは悔しそうな顔をする。

 ……今のは明らかにわざとだ。あんな勢い良く投げてそのまま溝へ曲がらせるなんて、それだけコントロールがいいってことだよな。


「透、惜しかったよーっ! どんまーいっ!」


 橘さんが声をかける。

 透さんは「おかしいなぁ」と首をかしげながら、戻って来たボールを手に取る。

 透さんの二投目。

 一投目と変わらない速度で転がるボール。今度は溝へ一直線ではなく、わずかに中央を外した場所を抜ける。

 小気味良い音をたてて、六本のピンが弾けた。


「いいぞー!」


 ハイテンションな橘さんが、敵チームを応援する。いや、一応チーム対抗戦なんだけど。

 気を取り直す。次は俺だ。


「隆一君、頑張って」


 透さんとすれ違いざま、そう声をかけられた。


「お、おう」

 どぎまぎしながら、背中に透さんの視線を意識してしまう。

 ボールを構えて、ピンを見すえる。

 まずは一投目。ボールはやや芯を外しながらも、右のピン四本を倒す。中途半端な位置のピンを倒すよりも、スペアが狙いやすい位置取りだ。


「隆一君、いいよーっ!」


 背中で、橘さんの応援の声を聞きながら、二投目。無事に残ったピンを全部、倒すことに成功だ。


「いええええええーいっ!」

「朝沙子さんっ!?」


 両手を挙げて、急に駆け寄ってきた橘さんに戸惑う。


「もー、何してんの?」


 笑顔も束の間、橘さんは頬を膨らませる。


「え?」

「ハイタッチに決まってるでしょ!」

「ああ……」

「じゃあ、改めて!」


 やや芯を外した出来損ないのハイタッチを決める。

 次は、和馬の番。和馬はうまいぐあいに一投目はガーターで、二投目が三本だけを倒すにとどめた。

 そのコントロール力から分かる通り、和馬はボーリングがかなりうまい。

 俺は何度かボーリング勝負をしたことあるけど、全敗してる。

 次は橘さん。


「朝沙子さん、がんばってっ」


 俺が声をかけると、「任せてっ」と力こぶをつくるようなポーズをしてみせる。

 橘さんはボールを投げる。ボールをゆっくり転がり、ゆっくり右に曲がり、そのままガーター。


「あーん、もーっ!」

「朝沙子さん、大丈夫! あと一回チャンスがあるからっ!」

「よーしっ!」


 橘さんは気合いを入れ直して、もう一度ボールを転がす。一回目と同じようにゆっくり転がり、そのままゆっくり溝へ吸いこまれていく。


「隆一、ごめんっ」


 橘さんは両手を合わせる。


「大丈夫、大丈夫。俺が何とかするからっ」

「ありがと! やさしーっ!」


 好き、じゃないんだけど、油断すると見とれてしまうくらい橘さんは可愛かった。

 恐るべし。クラスの中心――。



 3ゲームをプレイした結果は、和馬の活躍(?)もあって、俺と橘さんの勝利に終わった。


「やった! やったぁっ! 隆一のおかげっ!」


 接待ボーリングだということに気付いていない橘さんが興奮で頬を赤らめ、俺に抱きついてくる。


「っ!?」


 慌てて抱き留めれば、服ごしに感じる柔らかな感触にどぎまぎした。


「――そろそろいい時間だ。な、隆一」


 和馬がスマホを見ながら言った。時刻は午後六時を少し回ったあたり。

 和馬が俺にちらっと視線を寄越す。

 つまりこれから二人きりにするぞ、という合図。

 ついに来てしまった。どうしよう。告白は本当にしないといけないのだろうか。

 でも好きでもない相手に告白するのは気が引けるし、さすがに非常識だ。

 断ることもできず、流されるがままここまできたけど、このまま告白することは不誠実だってことくらいは分かる。

 ここは潔く、橘さんにちゃんと白状するべきだろう。

 今日がどんな集まりだったのかってことを。

 今日一日すごしてみて、橘さんがいかにノリのいい(おまけに男女問わず他人との距離感がバグってる)子だってことは分かったから、きっとあっけらかんと笑って適当に流してくれるはず。


「朝沙子さん……」

「ん? あ、ごめん。電話。――もしもし」


 橘さんはスマホを耳にあてながら、俺たちと距離を取る。


「いいか。押して押して押しまくれ。学生の恋なんてその場のノリと勢いで九割方はうまくいくからなっ」

「……」


 和馬が隣にやって来て、耳打ちしてきた。

 イケメンに言われても全く説得力がない。


「おい、なんだよ。無視するなって」


「聞こえてるよ」

「ああ、あとこれなっ」


 手に押しつけられたのはチケット。近くの公園でイベントをしているらしい。


「……なんだよこれ」

「親から友だちと行ったらってもらったんだよ。これ、やるから。こういう雰囲気のある場所に二人で行って、そこでコクったら絶対成功する。間違いなし!」

「でも……」

「経験者から言わせてもらうけど、うまくいかなくたって負けじゃないからな。友だち同士からはじめましょって話にもっていけりゃ十分だ。な?」

「でもこんなの受け取れないって」

「遠慮するなって」

「遠慮じゃなくって……」


 そこへ「ごめーん」と橘さんが戻って来るなり、「私、行かなきゃ」と言った。


「何かあったの?」

「うん、彼氏から連絡もらっちゃって。ごめん。抜けさせて!」

「………………へ?」


 その時の俺の顔は、たぶん、人生でも五本の指に入るくらい間抜けな顔をさらしていたに違い無い。


「ちょ、ちょっと、朝沙子、待って。今、付き合ってる人いないって言ってなかったっ?」


 透さんが、なぜか焦ったような口調で言う。


「うん? ああ、あの時には、ね。実は昨日の夜、バイト先の人からコクられて、で、オッケーしたんだぁ」


 橘さんは幸せそうな満面の笑みを浮かべる。


「なんでそれを早く……」

「なんでって……なんで?」

「それは……」


 言葉を詰まらせる透さんを尻目に、和馬に肩をぽんぽんと叩かれる。


「ま……こういうこともある」

「……ああ」

「じゃ、俺も彼女との約束があるから、行くな」

「はあ!?」

「いやあ、実は俺のやれることはここまでだと思って……。悪いな。残念会はまた別の日にでもやろうぜっ!」

「だったら、このチケット、返すよ」

「やるよ。失恋の悲しみをそこで癒せ。ライトアップ綺麗らしいぜ? これは親友からの優しさ、な。――それじゃっ!」


 和馬は走り去っていく。

 親友を置き去りにして、優しさってなんだ!?


「じゃあ、私も行くねっ。それじゃ、また明日ーっ!」


 橘さんもさっさと帰っていった。

 あっという間に、ボーリング場に透さんと取り残されてしまう。


「――りゅ、隆一君……」


 その声にそちらを向くと、申し訳なさそうな顔の透さん。なんで透さんがそんな顔をするんだろう。


「ごめんっ」


 頭を下げる。

 まさか透さんまで帰るのか……?

 あぁ、静ちゃんの言っていた人助けするべき相手の元へ向かうのだろうか。


「……えーっと、透さんも予定が……?」

「違うの。朝沙子のこと。実は、私、隆一君と朝沙子の仲を取り持ちたくって……なのに、こんなことになっちゃって……」

「え!? どうしていきなり俺と橘さんをくっつけようなんて……」

「教室で朝沙子のこと、話してたでしょ。朝沙子のこともずっと熱心に見てたみたいだし……。だから、隆一君が朝沙子のこと好きなんじゃないかと思って」

「違う。あれは和馬の早とちり。あいつ、人の話を聞かないから。俺もなんだかんだここまでとんとん拍子で話が進んじゃって、訂正するタイミングを完全に見失っちゃってさ」

「そ、そうだったの……?」

「でもまさか、透さんが誰かと誰かをくっつけるような趣味があったなんて意外」


 透さんは苦笑いしながら、首を横に振った。


「朝沙子と、隆一君をくっつけるのを手伝うことで、静を助けてもらったお礼に代えようかなって思ったの」

「そうだったんだ。もうあのことはいいよ。チャラで。カレーまでごちそうしてもらったんだし。あれでもうおつりが来るよ」

「でも」


 さすがに義理堅すぎる。ん、待てよ、っていうことは、静ちゃんに人助けするって言ってたのはつまり、俺のことだった……?


「こんなこと言うのはおかしいけど、正直こういう結果になって助かってる。最後の展開はさすがに予想外すぎたけど……。今日は一日、楽しかったから」

「そうね。私も楽しかった」

「友だちと遊ぶのは久しぶりだったんでしょ。休日に友だちと遊ぶなんてびっくりって静ちゃんが言ってたよ」

「静が?」

「実は静ちゃんと昨日の夜、LINEのやりとりしたんだけど」


 昨日のやりとりを教える。


「あの子ったら、そんなことまで話すなんて……」

「安心して。別に変なことは言ってなかったから」

「本当? ちょっと不安になるけど……。それじゃあ、そろそろ帰る?」


 しかし透さんの背中を眺めると、別れがたさを覚えた。このまま解散なのは悲しすぎる。

 その時、俺の腹の虫が盛大に鳴った。


「あ……」


 恥ずかしさに腹を押さえる。

 ぷっ、と透さんが噴き出す。


「ごめ……ふふ……っ」

「いいよ、笑っても」

「ごめん。それじゃ、どこかで食事しよっか」


 透さんは目尻に浮いた涙をそっと拭う。


「付き合ってくれるの?」

「もちろん。だって、今日、誘ったのは私なんだから。それがこんなことになっちゃって、申し訳ないし」


 透さんと二人きりの食事!

 とんでもない展開になった!

 親友を置いて彼女の元に走った和馬に心の中で感謝の祈りを捧げたい気持ちでいっぱいだった。


「ファミレスでいい?」

「もちろん」


 結果オーライだ。

 というわけで俺たちはエレベーターで一階におりる。

 来た時と同じようにゲームセンターコーナーを抜けて外に出るんだけど……。


「あっ」


 透さんが小さく声を漏らす。

 振り返ると、透さんは立ち止まっていた。その視線の先にあるのは、クレーンゲームの筐体。


「透さん、どうかした?」

「……」

「もしかして、それ、欲しいの?」

「わ、私じゃないっ」

「?」


 透さんは小さく咳払いをする。


「……私じゃなくって、静が、このキャラクター商品が好きって言ってたと思って……」


 筐体にディスプレイされている商品は、アニメ調でフリフリの衣装をまとったピンク色のセミロングの女の子。手にはマイクを持って、ポーズを決めている。

 筐体にはポップな文字で『キュートだよ、鏡さん!』と書かれていた。

 取れる商品はキャラクターフフィギュアや関連グッズみたいだ。


「これ?」

「私はよく知らないんだけど、静が好きなの。学校で流行ってるんだって。漫画原作で……アニメ化もされて人気みたい」

「どういう話なの?」

「学校では地味で影の薄い女の子が、親友に勧められてVtuberをやったら大人気になって、って……って話みたい」

「面白いならアニメ見てみようかな。……それで、なにが気になったの?」

「このフィギュア……ここでしか取れないレアものだって言ってたのを思い出して……。市販されてるものとはアイドル衣装のデザインが違うみたい。でも私も静もクレーンゲーム苦手でぜんぜん取れなかったから」

「なら、俺がやってみよっか?」

「隆一君、得意なの?」

「クレーンゲームなら好きでよくやるから」

「そうなの!?」

「透さん……?」

「あった、えーっと……じゃ、じゃあ、やってみてくれる? 取れたらきっと静も悦ぶだろうし。お金は出すから」


 というわけで、早速挑戦する。

 クレーンを動かし、フィギュアの入った箱の上をアームで掴む。

 フィギュアの入った箱を掴んだものの、持ち上げるには至らなかった。


「あ、惜しいっ」


 透さんが小さく声を漏らした。

 ここは無事にゲットして、透さんにいいところを見せたい!

 もう一度チャレンジだ。

 今度も失敗してしまったけど、手応えはあった。

 そこで俺は、アームで掴むのではなく、アームをぶつけることで位置を微調整させながら落とす作戦に変える。

 それが幸を奏したのか、五度目の挑戦でフィギュアをゲットできた。


「隆一君、すごい!!」

「っ!?」


 瞬間、柔らかな感触を意識する。

 抱きついてきた透さんを受け止めた。

 透さんと目が合う。


「と、透さん……っ」


 透さんも多分反射的な行為だったのだろう。

 美形をみるみる赤くした。


「ごめん……! つ、つい嬉しくって……」


 耳だけじゃなく、首筋まで真っ赤にした透さんは逃げるように距離を取ると、恥じらうように目を伏せた。

 俺は心拍数が急上昇するのを意識しつつ、フィギュアの箱を渡す。


「へ、平気。これ、静ちゃんに渡してあげて」

「あ、ありがとう……」


 妙な気まずさを払拭するように、俺は小さく咳払いをする。


「それじゃあ、ファミレスに行こっか」

「……うん」


 透さんはぎこちないながらも、笑顔で応じてくれた。

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