第6話 体育と安達さん
体育の時間。
俺はぜぇぜぇと息を切らしながら、入れ替わりに別のチームがコートへ入って行くのを見送る。
体育館は扉や窓を全開にしていても、夏場は蒸し風呂状態。
汗はどれだけ拭いても、噴き出してくる。
と、俺と同じように入れ替わった男子陣が運動場が見える窓に集まっていることに気付く。
「あいつら、何してんだ?」
俺は同じようにへたりこんでい和馬に話を振る。
「は? ああ、女子が外で活動中だから興味津々なんだろ……」
モテ男の和馬は我関せず。
くっそー。フリでも、そんな態度が取れるような人間になれたら、こいつみたいにモテるのか? いや、モテるから、こんなクールな態度ができるのか?
まあ、俺はモテないから覗きに行くんだけど!
女子が運動場で百メートル走をしていた。七月の炎天下でするようなことじゃねえだろ。
体育の授業は二クラス合同で行われているから、知らない顔が結構いる。
「やっぱ一組の鈴木って胸でけえよなっ」
「いやいや、うちのクラスの橘も負けてねえぜ」
男どもの好色な品評会。
キャーッ! そこへ、黄色い歓声が運動場に響き渡る。
目を向けると、理解できた。
スタート地点に、安達さんが立っていた。安達さんが走ると分かってそれまで会話に夢中だった女子たちは色めき立ち、まるで駅伝の沿道のファンみたいに先を争って集まる。
白い上衣にハーフパン姿の安達さんがクラウチングスタートの格好になる。
どんな美少女だって大汗をかきそうなきつい日射しの下でも安達さんは涼しげで、スマートに見えた。なんか不思議な力が働いているみたいだ……。
本当に絵になる。
安達さんはスポーツ万能だ。ただ走るだけの競技からテクニックの必要な球技まで、なんでもこなせる。
一年の体育祭でも女子リレーのアンカーを任され、陸上部や他の運動部で好成績を残している猛者と競い、無事に赤組を勝利に導いた。
正直、俺が女だったら確実に他の野次馬たち同様、黄色い声をあげてたかもしれない。
「あー、安達かぁ。あいつ、背がデカすぎなんだよなぁ。あそこまでデカいとさすがに萎えるっていうか、顔も男っぽいし……」
隣に陣取っていた隣のクラスの男子がぼやく。
俺は内心の苛立ちを押さえながら、そいつの右手を踏みつける。
「――イデッ! お、おい、何するんだよ……っ」
「んー? どしたー?」
「手ぇ! 手を踏んでるって……!」
「ああ、悪い」
「くう……な、何しやがんだよぉ」
「悪いって言ったろ」
そうこうしているうちに、安達さんが走り出す。
安達さんは走り方もすごく綺麗だ。
確か部活はやってないはずだけど、すごく様になっていた。
一緒に走っているのは女子バスケ部の子だが、ぐんぐんと差が開いて、そのままゴールを切れば、女子たちの熱狂ぶりが最高潮に達する。
走り終わると、タオルを手にした女子たちが安達さんのところへ集まった。
まるで一試合終えた選手並みの待遇だ。
遠目でも安達さんが爽やかな笑顔でそれに応じている。
そして次の走者が走り出すが、半ばで転んでしまう。
そこへ誰よりも先に駆け寄ったのは安達さん。声がけをして手を貸す。でも転んだ女子は起き上がろうとしてすぐに蹲ってしまう。
きっと転んだ拍子に、足をひねってしまったんだ。
安達さんは肩を貸そうとするけど、身長差があってうまくいかない。他の女子も集まってきて肩を貸そうと試すようだが、こっちも足が痛むのかなかなかうまくいかないみたいだ。
と、安達さんがその子に背中を向けながらしゃがんだ。
遠目にもその子の戸惑う雰囲気が分かるものの、何度目かの安達さんの呼びかけに安達さんの背中にしがみつく。
安達さんはその子をおぶったまま先生のところへ立ち寄ると会話をして、校舎へ消えていった。
さすがは安達さんだ……。
※
体育の授業を終えて俺たちが教室へ帰ると、少し遅れて更衣室で着替えてきた女性陣が戻って来た。
捻挫をした女子は右足に包帯を巻いて、友人に付き添われながら入って来た。その後ろには安達さん。
一方、ケガをした女子はと言えば、どこか夢見がちな表情で身体を支えてくれている友人たちに語っている。
「もー、すごいの! 保健室の先生がモタモタしてるところを、横から『私がやりましょうか』って言ってくれて! テキパキ包帯を巻いてくれたの! それも、ぜんぜん痛くなかったのっ!」
大袈裟よ、と安達さんは苦笑する。
「昔、運動をしてたから、ケガの応急処置には慣れてるだけ」
「何の運動してたの? バスケ? バレー? あ、サッカー?」
俺は身を乗りだしたい気持ちをぐっとこらえて、耳をそばだてた。
「剣道を少し、ね」
「剣道!? もう私の理想通り……! 安達さんが剣道なんて、鬼に金棒じゃない!?」
「お、鬼……?」
安達さんは女子の過剰な反応に戸惑っている。
しかしその女子の反応を、俺は痛いくらい理解できた。
確かにイケメンな安達さんが剣道とか、マンガに出てくる男装の麗人ばりに似合っているだろう。と、橘さんが顔を出す。
「でも透って一年の頃から帰宅部だよね。うちって剣道部あるのに、どうしてやらないの?」
「やってたのは中学までだから。今は家のこととか、妹のこととかもあるから時間もないし……」
剣道をしていたことで盛り上がる周囲とは裏腹に、安達さんの表情に陰りが差したように見えた。
どうしたんだろう……。
「え! 透って妹さんがいたの! 本当?」
「言ってなかった?」
「初耳! 妹さんいくつ?」
「十五歳の中三」
「じゃあ、今年は受験シーズンで大忙しだよね。大変だ」
「ううん、妹は付属校に通ってるから、エスカレーターで進学できるから平気よ」
「えっと、このあたりの中学校って……」
「
「本当!? 妹さん、めっちゃ頭いいじゃん!」
「家ではすごくそそっかしい子なんだけどね」
そう言いつつ、安達さんはどこか誇らしげ。その表情は妹を自慢する姉そのもの。
「妹さんなんて名前なの?」
「静って言うの」
「静ちゃん! 写真とかないの? 透とそっくり?」
「写真はないわ。それに、私とはぜんぜん違うよ」
周囲は新キャラである静ちゃんの登場に、キャアキャアとさらなる盛り上がりを見せた。
さらに妹さんのことについて聞こうとするのを、安達さんはやんわりと止める。
「私のことより今は、ケガのことを考えて。今はアイシングしてるし、包帯で圧迫もしてるからさっきより痛みはマシになってるかもしれないけど、学校が終わったら年のために病院に行ってね」
「もし良かったら、おすすめの病院とか教えて欲しいんだけど」
「おすすめ? 触った限り骨は無事みたいだったから、整形外科ならどこでもいいと思うけど……」
「剣道やってた時に通ってた病院は?」
「え、そこなら教えてあげられえるけど……」
「ついてきてくれる?」
「ごめん。家の用事があるから」
「そっか。残念っ」
自分のケガすらも安達さんと一緒にいることに利用するなんて、これが安達さんのファンというものなのか。恐るべし。
「――なに見てんだよ」
「っ!」
びくっとして振り返る。和馬だ。
「なんて顔してんだよ」
「いや……」
「で、何見てんだ」
「別に何も」
「あぁ……」
誤魔化そうとしたが無理だったみたいだ。
和馬の顔が分かりやすくにやける。
なんて目敏い奴なんだ。
どうする? 何て言う? 何となく見てたって言うか? いや、すぐに見抜かれそうだ。
「――
「へ……?」
「隠すなって。俺とお前の仲じゃん。ていうか、お前、ああいう派手目なやつが好みだったのかぁ。女のセンスは悪くないな」
訳知り顔で、和馬がウンウンと頷く。
俺はなんと答えるべきか頭をフル回転させ、
「……ま、まあ」
結局、それくらいしか言い様がなかった。
ここでわざわざ安達さんを見ていたと言う必要もない。
橘朝沙子――橘さんは、ゆるふわな髪を明るい茶色に染め、学校でもメイクバッチリという見た目が派手な女子。かなりスタイルもいいし、可愛いし、ノリもいいと男女の隔てなく人気だ。実際、可愛いと思う。
「俺が声をかけてきてやるよ」
「ば……! 余計なことするなって!」
暴走気味な親友の手を掴んで、必死にやめさせる。
「お前な、そういうところだぞ。一生、彼女ができないままでいいのか?」
「な、なんで、俺が彼女できたことがないって話になるんだよ」
「なんだ。出来たことあんのか?」
「……ない、けど」
「じゃあ、ここは玉砕覚悟で立ち上がれ。俺が背中を押してやるからっ」
「お前、本当に親友か!?」
「親友だからこそ、背中を押そうとしてるんだよ。ありがたく思え」
「余計なことするなって」
「マジな話、朝沙子のラインが知りたかったら、教えてやるけど?」
「知ってるのかよ。まさかお前……」
「付き合ったりしてないから安心しろ。可愛いと思って四月に交換しただけだから。てか、その反応、やっぱり朝沙子が気になってるじゃねえかっ!」
ニヤニヤしながら脇を小突かれる。
いや、気になってるのは、お前の手の早さだって!
そこまで考えて、とあることを思ってしまう。
まさか、和馬のやつ、安達さんのラインも知ってたりするのだろうか。
うまく説明できないけど、知らないでいて欲しい……。
「今週末、遊びにでも誘えよ」
「だからいいって……俺の恋は忍ぶ恋なんだよ……」
「お前、キモいぞ」
「うるせえ!」
「安心しろ。恋愛の指南約として俺も一緒に行ってやるから。朝沙子にももう一人女子を連れてきてもらってさ」
「……なんだよ。俺の為とか言いながら、ちゃっかりお前も楽しもうってハラかよ」
「当たり前だろ。野郎とつるんでも楽しくねえな。安心しろ。俺がバッチリ、アシストしてやるからっ」
「放っておいてくれ……」
「どーせ週末は毎回、家でごろごろしてるだけだろ。何にもしないとか不健全じゃなないか? 青春を満喫しようぜ」
ため息混じりに何気なく視線を巡らしたその時。
「――っ!」
安達さんと目が合った、ような気がした。
安達さんはすぐにケガをした女子との会話に戻っていったから、本当に聞こえたかどうかは分からないけど……。
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