第26話:特効薬

“リンカーン”に乗艦した日下はロボス大将に貴賓室に招かれる。


「ロボス大将、私は一潜水艦の艦長ですがこんな素晴らしい部屋に案内して頂けるとは光栄です」


 本音で感謝する日下にロボスは笑いながらこの艦に来る客は大体がこの部屋に案内するので気にしないで欲しいと言う。


「しかし、40万トン空母だけあって凄い広さですね? あの戦艦“大和”でもここまで広くは無いですね」


「ほほう! 大和ですか? まあ、色々な世界を旅しているのなら当然でしょうな」


 ロボスがお客用のソファーを勧めると日下はお礼を言って座るとロボス自ら紅茶ポットを手に取って熱いダージリンティーをカップに入れて日下の前に置く。


「ダージリンティーですか、良い匂いですね? 遠慮なく頂きます」


 そう言うと日下はカップを手に取ってゆっくりと口に運んで味わいながら呑み込む。

 何とも言えない独特な香りを楽しんでカップをテーブルに置くと姿勢を正して言葉を発する。


「実は……この世界とは別の平行世界でロボス大将……いや、米国上院議長『ロボス』氏にある物を託されたのです」


 日下の言葉にロボスも意表を突かれた表情になり日下の言葉を遮って逆質問をしてくる。


「Mr.日下? 私が上院議長になっているのですか? 違う世界で? あまりにもの突拍子内容ですので……信じられませんが?」


「ええ、提督は20歳の時に人生の岐路に立ったのではありませんか? 結婚して奥様の父上の地盤を引き継いで政界に出るか結婚を諦めて海軍の道を歩むか?」


 日下の言葉にロボスは相当、驚愕した表情になる。

 この事は彼しか知らない事で海軍に入った後でも誰にも言ってない事であった。


「……艦長、貴官はこの話を誰から聞いたのですか?」

「それは勿論、ロボス上院議長自らニューヨークの“シャランド”喫茶店で」

「…………」


 ロボスはう~んと唸って黙り込む。


 日下が言った“シャランド”喫茶店はマイナーな店で個人経営でやっている目立たないがサンドイッチが美味しい店であった。


「……私がお勧めしたサンドイッチの名を御存知ですかな?」


「ええ、鴨ロースのクラブサンドイッチでマスタードたっぷり付けて豪快に食べるのがお好きでしたね?」


 ロボスはここまで聞いてやはり日下のいう事は本物で平行世界を旅していることを信じる事にする。


「……誰にも言ってないしニューヨークで住んでいる人でさえ認識されていない喫茶店を外国人が知ることは不可能だからね? 勿論、ガイドにも載っていない」


 そう言うとロボスはやっと警戒を解いてリラックスな表情になると改めて日下が言った内容の事を聞く。


「現在、米国のみでしか発症しない子供専用の難病が蔓延しているのではありませんか? ちなみにもう一つの世界でも同じ病気が蔓延していました」


 日下の言葉にロボス提督の他にSP二名と参謀長も吃驚する。

 死にはしないが中度から重度の遺伝子病になるという病気に彼らの子供もなっていたのであった。


「その難病に効く特効薬を別の世界で困っている米国民に渡して救ってほしいと彼に言われたのです。そして、ようやくそれが実現したのです」


「……失礼ですが艦長、その特効薬を私が造ったのですか?」


「いえ、貴方が個人的に援助していた名もなき医師が開発したものです」


 そう言うと日下は持ってきた紙袋の中身を取り出してワクチン液が入った小瓶を机の上に置くとロボスはそれを手に取って眺める。


「……これが……特効薬? あの忌々しい難病が完治? ……にわかに信じられないがこれを本国に至急、運ぶが本当に特効薬ですか?」


「ええ、信じられないかもしれませんと言うか普通は信じる事なんか到底出来ませんが本当の事です! ちなみにこの世界ではどうやら名もなき医師は誕生していないと思います。そういう世界に行った時にこの特効薬を別の世界の米国に渡して欲しいと頼まれたのです」


 ロボスはじっと腕を組んで小瓶を眺め続けていて日下の目を見る。

 彼の目に嘘はついていない事はよく分かる。


「日下艦長、信じますよ。早速、これを本国に送ります」


 ロボスは傍にいる参謀の一人に直ちにF35を発艦させて各基地を経由して本国に持っていくように命令すると参謀も頷いて発艦準備を命令しに行く。


「日下艦長、どうやら米国民全てが貴方にお礼を言わなければいけませんが今だけでも全国民代表してお礼させて頂きます」


 そう言うとロボスは立ち上がり見事な90度の礼をする。


 日下も慌てて立ちあがり恐縮しながら私は只の運び屋ですのでと言うがこの機会にある事をお願いしようと思ったのである。


「提督、お願いがあるのですがもしかすると近々、国連による日本国への敵対条項が発令するかもしれませんが軍の中枢部や政界にコネクションを持つ提督の力で敵対条項に乗らないで欲しいと大統領にお伝え出来ますか? このワクチンに恩義を感じていただけるならば!」


 日下は深々と頭を下げてお願いするとロボスも驚いて米国は日本国と硬い同盟を結んでいるのでそんな事にならないと言う。


「そう願いたいものです! 絶対に大統領に申し出て下さい」


「分かりました! 先ずそんなことはないと断言できます! だが……万が一、米国も一枚噛んでしまえばどうするおつもりですか?」


 ロボスの言葉に日下はじっと目を瞑るが直ぐに開けてはっきりと言う。


「その時は、この伊400の持てる攻撃で国連軍を撃退します! 全滅させます」


 この時の日下の表情は、正に歴戦錬磨の海軍軍人の表情でありロボスも又、全力で貴艦を撃沈すると言い、暫くお互いの表情を見あうが表情を崩すと笑いあう。


「今度会うときは……もしかしたら戦闘の時かもしれませんね? お元気で、提督」


 日下とロボスはお互いに固い握手をすると日下は、再び伊400に戻っていく。


 無事に伊400まで戻ると日下は振り返ってロボスに敬礼すると彼も又、答礼をしてきてお互いに頷く。


 それから数分後、伊400は潜航開始して海中に消えて行ったが勿論、第七艦隊の全艦船は伊400を追うことは出来なかったのである。

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