第40話 灯台下暗し

 ベンジャミンの腰回りで浮遊して回る2つのコア。コアのカラーはハンナとエイダンを想起させる桃色と赤。


 なるほど………自分の命は彼らのためにあり、というわけね。


 しかし、もう1つのコアは見えない。

 体の内に隠しているのだろうか。


 その瞬間、ベンの大杖が光り出す。


「ハッ!! 使わせないわよっ!!」


 準備を始めた大杖に、私は即座に足を振り、外へと蹴り飛ばす。杖はガラスを割って地へと落ちていった。


「使わなくたってやれる、さッ!!」


 有利に立ったのも束の間。

 エイダンに胸ぐらを掴まれ、私の体は大杖と同じように外へ放り出された。


 コアは一定上のダメージを負うと壊れる。直接コアを壊す方が圧倒的に効率はいいが、コアが見つからないとなると、敵の体に攻撃する方が早くなる。コアはプレイヤーの急所と思ってもいい。


 だが、ベンジャミンは私のコアが見つからず、後者の戦法を選択した。落下ダメージでコアを壊すつもりだろう。判断としては悪くはない。


 でも、それは私が魔法を使えない場合に有効なだけ。優雅に着地する方法などいくらでもある。


 しかし、まぁ、ベンジャミンの最後のあがきだ。付き合ってあげましょう。


 空を落ちながら、私は杖を構え、後を追ってくるベンジャミンへ杖先を向ける。そして、クルクルと衛星のように回る、彼の赤のコアに向かって――――。


「イエロ・ラーミナ」

 

 大杖の先端に花が芽吹くように形成される鋭利な氷塊。生成されたそれに硬度を上昇させる強化魔法を付与し、鉄砲のように勢いよく放った。


 回避体勢に入っていたとはいえ、次の動きを読めていた。命中は確実――――1つのコアはいただいた。

 

「――――ん?」


 弾丸のごとく飛び出した氷塊。確かにコアに当たるはずだった。しかし、コアを破壊することなくスカッと突き抜け、暗闇の空へと消えた。


 ………………通り抜けた?


 狙いはよかった。ドンピシャ。普通ならベンジャミンのコアは花火のように散っていたはずだ。


 でも、当たった感触がない。

 まるでそこにコアがなかったかのよう…………。


 ………………ああ、なるほど。あれはダミーか。


 その答えに辿り着くこと、0.001秒。

 電光の速さで回答を出していた。


「随分と面白いことするじゃない?」


 騙されたにも関わらず、裂けんばかりに口角が上がる。沸々と闘志が湧きたっていた。

 

 うふふ…………戦闘ってこうじゃなくっちゃっね。


 空振った氷塊は消えてなくなったわけじゃない。まだその手綱は私の手にある。別のベンのコアに向かって、落ちてくる氷塊を調整。しかし、もう一つのコアも幽体のように、通り抜けていった。


「両方ダミーだなんて、全部コアを隠してるってことじゃない」


 あと数秒すれば、私は地面と衝突する。

 幸い落下地点には星型十二面体の転送装置があった。

 下に向き直り、私は星に向かって手を伸ばす。


 さぁ、どこへ出るかしら――――。


 落下の勢いのまま地面を転がる。だが、休む暇もなく、数秒後にベンジャミンも到着。すぐに禍々しい紫色の液体が飛んできた。毒液飛ばしなんて、またいやらしい魔法を使ってくるわね。


 地面をローリングし回避した私は、立ち上がり周囲を確認する。


 ここは…………新宿駅、かしら?


 真っすぐに伸びる通路。

 無機質でモダン的な通路だったような気がするが………。


 目の前に広がっていたのは、自然と人工物が組み合わされた芸術品。ツタや木の根っこがこれでもかと生え、その合間で咲き誇っていた花々が、暗闇の世界をほのかに青の灯りで照らしていた。森の奥地を連想させるその通路は植物に埋もれ、廃虚感満載。


 また、通路沿いにあった横に長い巨大モニターには、見覚えのある広告が映し出されていた。まぁ、ツタで大半が見えないが。

 

 幻想的な世界に見惚れていると、鼻先を水縹色の蝶が通り過ぎていく。植物だけではなく、虫たちもいるようだ。


 ………………あ、蛍もいた。綺麗ね。


「へぇ………エルフの世界みたいだね。君の世界にもこういう場所があったの?」

「いえ、こんなに植物は生えていなかったわ」


 多分ナアマちゃんが改造したものだろう。

 センス抜群の環境設定に感謝するしかない。


「選ばせてあげるわ、痛いのと恐怖に襲われるの、どっちがいい?」

「どちらも遠慮しておくよ。君はどちらがいいんだい?」

「どっちでもいいわ。好きな方でやってちょうだい」


 どちらであれ、スリリングがある。

 私はどの道勝てるから、心配はない。


「マーレオペリオ」


 ベンの詠唱はお得意の水魔法。彼の大杖先から水が滝のように溢れ出し、通路全てを覆った。波の勢いで柱、天井が破壊されていく。私の体も波にのまれ、離れていきそうになる大杖をぎゅっと握りしめる。


 危うく溺れかけそうになったが、上に向かって泳ぐ。何とか空気の層に顔を出し、息を確保できたところで。


「…………ヘレ・ラヴァっ」


 波に揺らされながら、杖を前へ伸ばし、マグマを生み出す。その熱で水を蒸発。自分の体に触れないようにしながら、マグマを流していった。


 湯気で思わず整いそうになったので、自分の近くには雪を降らせる。水が全て消えたところで、通路にベンジャミンの姿はないことに気づいた。

 

 逃げたであろう方向へ走っていくと、丁度改札を通り抜けていくベンジャミンを発見。階段を駆け上がっていた。私も追いかけ、階段を上るが、彼に追いつかない。


 上がった先で彼が待っていれば攻撃、加えて自分自身に状態変化系の魔法をかけて、コアを探し出しす。いなければ、追跡続行。


 しかし、上がった先に彼の姿はなかった。誰もいなかった。


「――――――――あ」


 口から単音が漏れた瞬間、私の手から離れた杖。地面に落ちたそれは、カランっと音を響かせた。


「水の中はどうだい? 苦しいだろう?」


 私はまた水の中で漂っていた。自分の体がすっぽり埋る水の球の中に。確かに息はできない。空気を吸いに外に出そうとしても、透明な膜で閉じられ、脱出は不可能。


 なるほど、隠れて待ち伏せね。

 ありがちなパターンだわ。

 うーん、面白みにはかけるわぁ………期待はずれよ。

 

 下を見ると、黒い水たまりがあった。その中からぬるりと姿を現したのはゴールド髑髏仮面の彼。水の檻に捕まった私を見上げていた。


 溺水を狙ってるのね…………確かにベンジャミンなら、私が死ぬまでの間水球を維持することなど容易いことだろう。私の方は水の中に入れるのはせいぜい10分…………。


「君、随分と余裕だね」


 仮面に開けられた目の穴から見えた、訝しむ緑の瞳。こちらが何か企んでいるとでも考えているのだろうか。企みも何も………………私は杖がなくたって戦える。


 杖は自分の魔力を調整し、魔法展開を容易にさせる補助的な物。魔法士は杖なしでも戦えるように、私もなしでOK。


「…………てんぺすとえんぺすと


 籠る水の中、詠唱。詠唱などいらなかったが、言えそうだったので一応発音してみた。


 水の中だから上手く言えなかった………威力は半分以下ね………。


 すると、水の球は爆散。暴風が巻き起こり、ベンから杖を奪って、私は可憐に着地。綺麗に決まった。しかし、服はびしょ濡れ、セットしていた髪型もハチャメチャになっていた。


 ベンは暴風から身を守るため、氷の壁を形成。その時に魔力をかなり消費したのだろう………一瞬ではあったが、コアが見えた。首元で回っていた赤と緑の宝石………あれが本物だろう。


「ベンジャミン、スカートを覗くなんて、あなたも変態だったね………心底ガッカリよ」


 風魔法をドライヤーの要領で使い、身なりを整えながら、私は呆れた声でこぼした。


 ベンジャミンって比較的真面目な方だし、戦闘中は性欲など湧かない健全な男子かと思っていたのに。


「いや、別にスカートの中を覗こうと思って擬態したわけじゃないんだけど………」


 そう言いながらも、足元の黒の水たまり自分のテリトリーへと逃げ、遠くに作った別の水たまりから抜け出して、通路を駆け抜けていく。

 

 ベンジャミンは次の攻撃を次のエリアで仕掛けてくる。

 なら、その前に私は狩ってやる――――。


 下へと繋がるエスカレーターを下りていくベンジャミンを追いかけ、私もエスカレーターをジャンプで落下。落ちていく瞬間、先を走っていた彼が足を止め、振り返っていた。


 そして、地面に私の踵がついた――その着地の瞬間を狙って大杖を構えて詠唱を始めるベンジャミン。

 

 ―――――――ああ、待っていたわ。

 

 魔法展開時、特に高度魔法を使った瞬間、一瞬ではあるが本物のコアが姿を現す。あえて捕まったのは、それを確認するため。でも、次は逃さない。


 ベンジャミンの首元で回る緑と赤のコア。

 落ちながらも準備していた大杖の先を、それに向ける。


 ――――捕えた。

 これで、ベンのコアを――――。




 ――――ピキッ。

 ――――ピキッ。




 呪文を唱えようとした瞬間、2つの光線が飛んだ。同時に2つの何かが割れる音が響いた。


「え?」「は?」


 ベンと私の口から同時に漏れる困惑の声。

 私たちは向き合ってフリーズ。


 私はコアを壊していない。

 ベンも壊していない。

 あの光線はのものじゃない。


 ――――――完全に不意打ち。


 驚くのは無理はなかった。

 だって、見えていなかった第三者にのコアを同時に粉々にされていたのだから―――。

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